The point of view
by Rintaro.S


なんだかちょっと避けられ始めたな、と感じるまでに時間はかからなかった。
翌日から白石さんは俺の姿を見つけると顔を伏せてしまって、目が合わないようにしているのが丸わかりである。
嫌われてしまったのかと思ったが、そういうわけではない事もすぐに分かった。伏せた顔が赤くなっているのは俺の事を「嫌いだから」では無いはずだ。

我ながら突然女の子の手に顔を近づけ、持っていたチョコレートをぱくりと頂戴する日が来ようとは夢にも思わなかった。急に白石さんのびっくりした顔を見たくなったのと、美味しそうに食べる姿が可愛いなって思ってしまったのだ。

女の子を好きになるきっかけとは様々あるだろうし、気づいたら好きになっている事が多いけれども、この時ばかりは断言できる。俺はあの瞬間に恋に落ちたのだなあと。


「白石さん、勉強得意?」


俺は好きな女の子の様子を長期間にわたって伺ったり、機嫌を取ったりするのが苦手である。苦手というか、そんな事は未経験だ。
だから気にせず休憩時間に話しかけに行くと、彼女は驚いた様子で顔を上げた。


「え、勉強…?」
「そ」
「得意ではないけど…」
「そっか。まあいいや、座るね」
「え」


白石さんが戸惑っているうちに、俺は彼女の前の席に腰を下ろした。もちろん身体を後ろ向きにして、白石さんと会話ができるように。


「ちょ、角名くん」
「さっきの化学のさあ」
「ちょ…」


一応、話しかけるための口実にした勉強道具を開きながら話しかけてみる。
化学はわりと得意なほうなのだが、教科は別に何だっていい。むしろ俺の得意な科目について白石さんがどのように教えてくれるのか、それも気になる。
しかしまだ白石さんは状況を飲み込めていないようだった。


「この化学式って分解したらどうなるの?」
「は、え?」
「教えて」
「……あの、ちょっと…ここさっきの授業んとこと違うんやけど…」
「そうだっけ」


ページを適当に開いてしまったせいで、タイムリーではない内容を聞いてしまったらしい。
俺の突然の無茶振りに、こうして慌てながらも真面目に答えてくれるところがいい。と、話していくたびに白石さんの良さが出てくるのだった。


「白石さんって何の授業が好き?」
「……現代文、」
「おっけ、じゃあ現文の事聞くね」


とは言ったものの現代文のノートは自分の席に置いてきてしまった。どんな質問をしようかと考える俺を、白石さんは訝しげに伺っているようだ。


「…なあ」
「なに?」
「自分、勉強苦手ちゃうやんね?」


普段はにこやかに、柔らかい表情しか見せないというのに。今は俺の事を疑って睨んでいるようにも見えた。俺は授業中、時々先生に当てられても問題なく回答できているし。


「得意なほうだよ」
「ほんならいちいち私に聞かんでもええやんか」
「それはそうなんだけど」


俺は白石さんとクラスメートではあるけれど、席も近くないし話す機会は少ない。
そんな状況で彼女の事をもっと知り、知ってもらうにはきっかけが必要だ。無理矢理にでも話題を作らなければならない。だが「勉強教えて」はどうやら失敗のようだった。


「勉強以外に口実作って話しかけてもいいの?」


純粋な疑問として尋ねてみたが、白石さんからは笑えない冗談に聞こえたかも知れない。


「…どういう意味やねん、」
「どういう意味だろう」


無理矢理チョコレートを奪ってしまった罰だろうか。まだ白石さんからの警戒心は解かれていない。むしろ強まっている。
でも俺が何故、口実を無理に探し出してでも話しかけたいのか。白石さんには分かるはずだ。


「現代文が得意な白石さんなら、分かってくれると嬉しいんだけど」


そのように伝えると、白石さんの額からはたらりと冷汗が流れたかに見えた。





そんな感じで俺の恋路はあまり上手くいかないまま、ある日の帰り道。

バレーの練習は滞りなく進んでいるが、そのぶん宮治の考えている事は定かでない。もしかしたら治は白石さんに気があるのかも、という程度。
なんたって治は全く白石さんの話を出さないし、過去にパン屋に行った時の治の様子を思い返してみても、表情の変化などは見られなかったからだ。

俺は白石さんへのアプローチを辞めることは無かったが(あからさまに避けられるので、前ほどのアプローチは出来なくなったが)、治が白石さんと関わる様子をもう一度じっくり見てみたい。俺の予想が確信に変わるかどうかを。
その機会は皮肉にも双子の片割れ、侑のほうが与えてくれた。


「角名!治!腹減った」
「同じく」
「白石さんち行こ、白石さんち」


その日もくたくたになるまで練習し、侑は家に着くまで空腹を耐えられそうになかったようだ。俺も治も断る理由はないので侑の提案に賛成し、駅までの一本道をひとつ曲がる事にした。


「侑って毎回クリームパンだよね」
「うまいやん」
「まあそうだけど」


見たところ、侑がクリームパンにこだわる事には白石さんは関係していない。最初におすすめされたクリームパンが美味しかったから、店のおすすめだから、それを食べ続けているのだろう。
じゃあ治はどうか?間もなくそれを観察できる時間が来る。


「こんちわー」


からんからんと鐘を鳴らして店内に入ると、白石さんがトレーを布巾で拭きながらカウンターに立っていた。宮兄弟、そして俺を見てぎくりと顔が引き攣ったのは気のせいじゃない。


「い、いらっしゃっひ」
「どないしてん」
「いや…」


噛んだ、というよりは俺が現れたことへの動揺で声が上ずってしまったらしい。もっとどんな反応を見せるか試してみる事にした。白石さんと、治の反応を。


「白石さん」
「う、はい」
「今日のおすすめは?」


何の変哲もない質問だ。それをすっと答えられない白石さん。その白石さんを無言で見つめる治、と侑。この時点では双子の様子に変わりがない。顔が全く同じなもので厄介だ。
やがて白石さんは泳がせていた目線を一周させたあとに言った。


「…クロワッサン」


クロワッサンは好きである。お腹もすいている。そして俺は白石さんの事をいいなと思っている。これだけ揃えば迷う理由は無い。俺は素直に彼女のおすすめを買うことにした。


「じゃあそれ」
「俺も」


ああ、きた、治も続いておすすめを選んだ。侑は即決した俺たちを見て驚いている。


「え!?お前らまた?俺もクロワッサンにしよかな?」
「いや侑はいいじゃんクリームパンで」
「食いたいの食えや」
「自分ら俺に冷たない?」


冷たくしているのではない。ライバルではないと判断し、放っているのだ。治はもう少し観察が必要かも。
パンが用意されるまでは空腹に耐え凌ぐ侑、ぼんやり外を見たり陳列されたパンを眺める治、と特に何の変哲もないであった。


「どぞ…」


そして!パンが用意された時。白石さんは一番に俺に渡してきた。


「ありがと。あのさ、」
「そんで!これが侑くんの!こっち治くんの!」


受け取るタイミングでまた何か話しかけようかとしたのに、分かりやすく逃げられてしまった。俺の顔なんかひとつも見ないで侑・治のほうを向き、パンをそれぞれに差し出して。


「白石さんて、毎日手伝いしとんの?」


ふたりはそれを受け取って、侑が質問した。侑からの何の他意もない質問にホッとしたのか、白石さんは表情を和らげた。


「毎日ちゃうよ。でも大体は家に居てるから…ここにおらん時は晩ご飯作ったりしてる」
「晩飯まで作ってるんや」
「うん、おかあさんの代わりにな」


なんだろう。白石さんが侑とにこやかに話している事すら気に入らない。俺は相当彼女に入れ込んでいるようだ。しかもここで、治が会話に参加してきた。


「白石さんて、めっちゃ家庭的やんなあ」


その言葉を聞いて侑は何も言わずにうんと頷いただけだったが、白石さんは驚いたらしく一瞬の間が空いた。
俺も驚いた。治のやつ、女の子に向かって「家庭的」という褒め言葉を使ってみせるとは。


「そ、そうかな?」
「凄いで実際。そんな毎日親の手伝いやってるやつなんかおらんのちゃう」
「いやいや治くん、褒めすぎやわ」
「そうやで治、お前媚売ってんと違うか?自分だけオマケもらう気か?」
「お前と一緒にすなや」


最終的には侑が入ったおかげで、他愛ない会話として終わってしまったが。あまり自分のこと、バレーのこと、食べ物のこと以外に興味を示さない治が女の子を褒めた。家庭的であると。親の手伝いをして凄いと。
幸か不幸か、俺の予想は「確信」の一歩手前までやって来た。


「角名ってさあ」
「ん?」


きちんとお金を支払ってから店を出た帰り道、治が俺に話しかけてきた。もしかして白石さんについての話題だろうか?


「なに?」
「なんか、さっき…」


治の目は俺を見てはいなかった。でもその意識は確かに俺に向けられており、何か俺に言いづらい事を伝えようとしている。
何だろう。何でも聞いてやろう。と思っていたが、治はゆっくりと首を振った。


「…やっぱええわ」
「なにそれ」
「忘れて」
「分かった」
「おう」
「ようそんな会話が成り立つな、自分ら」


呆れながら侑は言ったが、会話は充分に成り立った。少なくとも俺の中では。治はほぼ間違いなく白石さんに気があるようだ。

Candy , and Guilty