The point of view
by Rintaro.S


合宿も何度か経験すれば慣れてくるんだなあと実感した。去年より体重が重くなっているつまり筋力がついているのも分かる。にも関わらず去年よりも動けているのは自分の成長を感じる事が出来てうれしいものだ。
と言うのも入学してから1年ちょっと経った今日、二度目のゴールデンウィーク合宿をやっと終えるところなのである。


「侑!ちょけんなや!」
「ちょけてへんわ」


こんな声も去年1年生だった宮兄弟からは聞こえてこなかった。去年の今頃は猫を被っていたらしい、俺もだけど。
関西人の言う「ちょける」とは「ふざける」という意味らしく、治の口からはよく「ちょけんなボケ」と発せられる。何だかその響きが面白くて俺も時々使うようになってしまった。知らない土地で過ごすこの3年間、同級生の存在は意外と自分の心を穏やかにしてくれているようだ。


「やーっと終わったなあ」
「ほんまな」


治のほうも去年よりいささか自分を表現しているようで、学校の近くでもお構いなしに「あー疲れた」などと言うようになった。侑は相変わらずだ。


「まあでもアレやな、去年はめっちゃ疲れたでなあ」
「おう。帰って動けんかったわ」
「俺も」


去年は合宿帰りに、駅の近くで親戚とご飯を食べたのだった。たらふく食べすぎたのと身体の疲れとで、帰って風呂を出た瞬間に眠ってしまった記憶がある。


「そういや去年の今日、三人で白石さんとこ行ったんやっけ」


侑がふと思い出したように言った。


「あー…そうだっけ?」
「せやで」


よくよく思い返してみると去年のゴールデンウィーク合宿で治と親しくなり、帰り道にパン屋に寄らないかと双子に誘われたのだった。
そう言えばあれが、俺が初めて白石さんのお店を訪ねた日だ。


「そっか。1年経つの早いね」
「今日も行かん?記念に」
「なんの記念やねん」
「オトモダチ1周年記念に決まってるやんか」
「女子か」


治はそのように突っ込みつつも「ええで、行こや」と乗り気であった。確かに今回の合宿も、去年ほどで無いとはいえ疲れた事に変わりない。俺も結構空腹だ。


「…ふたりが行くなら行きたいかも。お腹すいた」
「おお!行こ」
「侑の奢りな」
「なんでやねん」
「こないだ500円貸したやろ」
「忘れろや」
「シバくぞ」


侑と治はいつもの調子でじゃれ合いながら真っ直ぐに店まで歩いていき、慣れた様子でお店のドアを開けた。


「コンニチハー」


声を出したのは侑のほうだ。続けて俺と治も「ちは」と軽く挨拶をしながら入ると、いつもの場所に白石さんの姿があった。
寄るたび寄るたび彼女は店番をしているけど、友だちと遊ぶ暇があるんだろうか?なんてお節介な事が頭を過ぎる。


「お疲れー。合宿やったん?」
「せやねん。鬼合宿!去年も合宿帰りに寄ったなあ思て」
「あー、そういやそうやっけ」


侑は白石さんとそんな事を話していたが、治のほうは空腹が勝っているようで並べられたパンを隅から隅まで眺めていた。
俺も隣で見てみるけど、やっぱりすごく美味しそうでいい匂いがしてくる。双子に誘われなければ、こんなパン屋のパンを食べる機会なんて無かったかも知れない。


「どれも美味そやなあ」
「治、唾飛ばしなや」
「飛ばさへんわ」


その言い合いのせいで唾が飛んじゃう気がするけどなあ、というのはさて置いて。
パン作りが好きな白石さんは時々自分でパンを焼く練習をしていると聞く。どうせならクラスメートの子が焼いたパンを食べたいなと思うのは、大して不自然ではないはずだ。


「白石さん」
「んー?」
「白石さんが作ったやつ無いの?」


俺が尋ねると、宮兄弟も白石さんも一瞬だけきょとんとした。そんなに変なこと言ったっけ。


「あー、店頭には並んでないんやけど…ある事はあるよ」
「俺、白石さんのが食べたいんだけど」
「ほんまにい?練習で作ったぶんやで?」
「だいじょぶ。お金払うよ」
「いらんいらん!ええわ、持ってくるから待ってて」


そう言って白石さんは、カーテンの奥へと引っ込んでいった。ラッキー、ただで食べさせてもらえるんだ。


「…何でご指名なん?」


隣に立つ治が静かに言った。
何でと言われても、特に深い意味は無い。強いて言うなら白石さんが作ったものならきっと美味しいだろう、という安心感。そして少なからず「同じクラスの女の子」の手作りに興味があるから。俺も一応男だし。
でも、そこまではいくら治でも言いたくないので濁しておく事にした。


「この前貰ったやつ美味しかったから」
「ふーん…」


治は軽く返事をすると、店内をうろうろし始めた。じっとして居られないほど腹ぺこなんだろうか?


「お待たせー」
「おおー!俺らのもあんの」
「うん。いっぱいあんで」


戻ってきた白石さんの持つかごの中には、いくつかの種類のパンが入っていた。店頭には並んでいない形のものもある。売られているものも勿論美味しそうだけど、こっちのほうが手作り感があって俺は好きかも。
侑はその中のチョコレートが入ったパンに目を奪われたらしく、感嘆の声をあげた。


「すげ!チョコ入ってるやん」
「甘そう」
「あ、うん…私が甘いの好きやねん、ていうかチョコ好きやねん」
「へー女子!」


俺も、たぶん宮兄弟も普段から好き好んで甘いものは食べないほうだと思う。やっぱり女の子はこういうのが好きなのか。しかし実際に目の前に出されると、やはり美味しそうである。


「どれでもええよ、タダであげるわ」
「マジで!?」
「まじまじ。趣味で作ったもんやし」
「うわあ、どうしよ」


侑はうきうきしながら選び始めた。どれでもいいならどうしようか、めちゃくちゃお腹が空いてきた。


「治くん、どうする?」


白石さんが声をかけると、治は即答できずに唸っていた。
彼は食べるのが好きだから、たくさんある中のひとつだけを選び抜くには時間がかかるのかも知れない。その証拠に、まだ時間が足りないらしくこう言った。


「…スマン、もうちょい考える」
「そ?角名くんは?」


続いて俺に話を振られた。俺も正直決めきれていないんだけど、きっとどれを食べても美味しいんだと思う。それなら彼女に決めてもらおう。


「一番の自信作ちょうだい」
「え、どしたん角名」
「だって食べるなら一番おいしいやつがいいじゃん」


なるほどな、と侑。白石さんは「せやなあ」とかごの中にある白いパンたちを指さして言った。


「自信作これ!米粉のパン!」
「おお!ふわっふわ」
「じゃあこれ」
「早」
「俺もそれ」
「治も!?ほんなら俺も」


俺は白石さんのおすすめで即決し、先程まで悩んでいた治もどうやら同じものにしたようだ。つられて侑も米粉のパン。これじゃああんまり特別感が無いなあなんて、少しがっかりしたのは内緒の話。
それならばと、「どれでもええよ」と言った白石さんに甘えて俺はもうひとつ要望を出した。


「あとチョコが入ったやつも」
「えっ?うん、ええで」


戸惑いながらも了承してくれた白石さんは、袋の中にふたつのパンを入れてくれた。これで家まで腹がもちそうだ。侑は「お前がめついな」と言っているけど、一連の様子を眺めていた治も片手をあげた。


「俺もいる」
「マジで?」
「ええねんええねん、弟に食べさす予定やっただけやから」


餌に群がるハイエナのような俺たちを、菩薩もびっくりの優しい笑顔で受け入れてくれる白石さん。腹が減った高校生男子にはやはり食欲を満たしてくれる子が魅力的に見える。
結局三人ともが二種類のパンをもらう事になり、白石さんへは何度もお礼を言って店を出たのだった。


「…俺ら、貰い過ぎちゃう?」


と、言いつつも侑はしっかりパンを頬張っている。治は早くもふたつめを食べ始めるところだ。
確かに、まさかこの二人もチョコレートのパンを欲しがるとは思わなかった。合計6個のパンを無料で貰ってしまったのだから、相当な量だ。


「ふたりががっつくからじゃん」
「角名が最初に言い出したんやろ」
「だって食べたかったんだもん」


食べたかったし、少しだけ特別感を味わいたかったのである。


「お前、染まって来たなあ」
「え、なに」


染まるってもしかして関西のノリに?そんなつもりは無いんだけど。侑は俺をじいっと見ると、アニメの主人公みたく歯を見せて笑った。


「がめつぅなってきた!」


そして、ばしんと背中を叩かれたもんだから手からパンを落としそうになってしまった。
仲間認定してくれるのは嬉しいけれども、俺は決してがめつくはない…と思う。もう遅いのか、無意識なのか。

その間も黙々とパンを食べ続ける治を見ながら、やっぱり貰いすぎたことを後悔した。
今度何かお礼をしたほうがいいよな、うん。

Candy , and Guilty