The point of view
by Osamu.M


白石さんの食あたり事件から2カ月ほどが経過した。
その間にインターハイは終わってしまい、俺たち双子はほんのわずか試合に出ただけで、全国制覇を果たせず悔しがる先輩たちと同じ土俵には立てていない。「負けた」事に対して立派に悔しがれるという事が羨ましかった。こっちは「試合に出られない」事が悔しくて仕方がないのである。

まだまだ残暑の残る9月、朝練のおかげで朝はピーク時よりも少し早い時間帯の電車だが、帰りは満員電車に揺られる事となる。ほんの10分足らずだが苦痛だ。俺と侑は二人いるだけでスペースを取ってしまうし、互いに大きなスポーツバッグを抱えているので周りへの申し訳なさもある。
…侑はそんな感情を持ち合わせていないかも知れないが。


「宮くん、ごめんなあ」


2学期の席替えが行われたのは数週間前のこと。俺の隣の席には、パン屋の娘である白石さんの姿があった。
席替えをして一番最初に言われたのは上記のような謝罪の言葉で、何に対して謝っているのかはじめは分からなかった。


「差し入れするわって言うてたのに、行けんかって…」
「…ああ」


あれは単なる社交辞令だと思っていたのに、本気で何かを持って来てくれるつもりだったのか。侑が泣いて喜びそうだ。


「ええよ別に、負けてもおたしな」
「…うん。ニュースで見た」
「俺も侑もあんまり試合出てへんし…」
「角名くんも?」


彼女の口から角名の名前が出てきた事に少々戸惑う。角名と一緒に白石さんの店に行ったのは数える程度だ。角名の存在がそこまで彼女の頭に残っていたとは驚きである。


「一年はあんまり、ちゅうか全然出れんかったなあ」
「へえ…」
「そもそもインハイは関東やったから。そんなとこまでナマモノ持って来てたらまた腐るやろ」
「あはは、そらそうやわ」


はじめて白石さんと隣の席になり、はじめて彼女が俺だけに向けて笑った時、この2学期に何か心躍る出来事が起こるのではないかと予感した。部活以外の学生生活に何らかの期待を持ってしまったのだ。





「…体育館使用不可、かあ」


バレー部の誰かがぽつりと言うのが聞こえたのは、9月末。稲荷崎高校では間もなく学園祭がやってくる。
中間テストの直後に行われるというふざけたスケジュールに叱咤しつつも俺はなんだか楽しかった。各クラスの用意の為に体育館やグランドが使えなくなっても、出し物の打合せが面倒臭くても、隣の席で白石すみれが楽しそうにしていたから。


「治んとこ何するんやっけ?」


1年1組の侑は超ありきたりなお化け屋敷をするらしい。侑は図体のでかさを利用して客を脅かす役をするそうだ。しょおもな。


「ふつーの喫茶店やで」
「喫茶?地味ッ」
「それ白石さんの前でも言えるか?白石さんのパン出てくんねんぞ」
「え」


侑は馬鹿にしていた顔が凍りついたがもう遅い。後悔するがいい。


「まあ侑にとってはしょおもない店やろし、無理して来んでええで」
「いや待て行くわ!行く行く」
「出禁にしとくわ」
「ふざけんな」


しかし、侑は何がなんでも来るんだろうというのは分かっている。白石さんの焼いてくれるパンは最高に美味しい。
彼女の家がパン屋であることは既にクラスみんなが知っている。そして白石さんは、褒められると嬉しそうにしている。鼻にかけているのではなく純粋に嬉しいのだと思う。それがちょっと心配なのだ。


「めっちゃ張り切ってそやなあ、白石さん」


思考回路が俺と同じ造りになっている侑も同じ結論に至ったらしい。こいつの言うとおり、白石さんは張り切っている。みんなが自分のことを頼ってくれるのが誇らしいのだ。隣でいつも「ええねん、作るん大好きやから!」と美味しそうな顔して笑ってる。


「…せやねん。それが問題やねんけどな」
「問題、かあ」
「こういうの張り切る人間がおったら、何にもやらん人間出てくんねん」


責任感が無いというわけではないが、自分以外の誰かが動いていると「自分はやらなくてもいいかな」と思ってしまう。既にクラスの何人かはそういう雰囲気だ。


「…おまえは?」


いちいち聞かなくても見抜かれていそうだが、侑は俺に聞いてきた。とても答えづらいことを。


「……いまんとこ何もしてないな」
「クズやん」
「うるさいねん。何したらええか分からんのじゃ」


けれど白石さんや、その他の女子達は特にそれを咎めない。強要する事ではないと考えているのだと思う。それに甘えているあたり俺はやっぱりクズなのかもしれない、明日なにか聞いてみようか。





翌日の放課後、部活の時間は少々削られて、各クラス学園祭の用意を進めることになっていた。

バレー部も全国区だからと言って免除されることはなく、きちんと行事には参加させられる。普段ならそれが億劫に感じてしまうのに、白石さんが生き生きとしているのは見ていて楽しい。今日も存分に頬をパンのようにふくらませて、メニューの絵を描いたりしていた。


「…あのー。」
「ん?」


白石さんの丸い頭の後ろから声をかけると、彼女はくるりと振り向いた。口角は上がり、手にはマジックを持っている。その蓋を閉めながら「どしたん?」と俺を見る上目遣いは予想外だった。俺は立っていて、白石さんは座っているのだから当たり前なのに。


「何か手伝う事ないんかなと」
「え!」


がたんと白石さんが立ち上がった。とても嬉しそうに口を三角に開いて。それだけで勇気を出して「手伝うことはないか」と聞いた自分に花マルをやりたい。


「せやなあ…看板は美術部の子が描いてくれとうしな…えーと…前日に机移動さしたりすんの、やってくれると有り難いけど」
「ん。」
「でも練習あんねやろ?他の男子もやってくれるやろし、別にええよ」


気持ちだけ受け取っとくわ、といったように白石さんは笑った。
気持ちはもちろん受け取ってもらいたいのだが、他の男子に向かって彼女が「ありがとう、助かったわあ」なんて言うシーンはあまり見たくない。出来ればそれは俺に向けてもらいたい。
こんな限られた1クラスの机の移動なんか、時間はかかるけどひとりでも出来る。でもそんなこと熱心に言えるキャラじゃないし、度胸はない。


「や…まあ…クラスの事やから」
「……ん?」
「クラスの行事やから、一応」


だから協力する。という建前を伝えるだけで精一杯だった。
でも本音は白石さんの力になりたい、どうにかして他の男子とは違う立ち位置に立ちたい、俺が特別な感情を持って接していることに気づいて欲しい。


「なんや宮くん、意外と行事とか好きなタイプなん?」


でも俺の発した台詞からは、そんな俺の感情が彼女に伝わるわけは無かった。俺が学校行事に積極的に参加する理由を履き違えられている。俺は行事が好きなのではない。


「…すきやで。意外と」


白石さんのことが、俺はきっと好きなのだ。でも俺よりも頭ひとつぶんほど小さな彼女には、俺が言葉に込めた気持ちまでは伝わりきらなかったようである。

Candy , and Guilty