The point of view
by Osamu.Mあまり知らない人と自ら話す事は無いし、用事が無いならその必要も無いという考えを持っている。が、部活動という場においては他人とのコミュニケーションが少なからず必要だ。
幸い侑と一緒に居れば「双子なんや」「すごいなあ」などと周りが騒いでくれるので差し支えない程度に微笑んで返す、という対応をしているだけでなんとなく先輩たちには顔や名前を覚えてもらう事ができた。
しかし時にはあまり良くない覚え方をされている事もある。
「侑…じゃないほう。」
ゴールデンウィークの合宿時、声をかけてきた男はそのように言った。失礼極まりない言い方である。しかし不機嫌に返事をしてしまった場合、まかり間違って先輩だったらいけないので「はい」と返事をしてみた。
「あ、合ってた」
「治です」
「おさむ、かあ。覚えとこ」
「…失礼ですけど…?」
あんたは誰ですか、という意味を込めて見返すと、彼は切れ長の目を少しだけ丸くした。
「角名倫太郎。自己紹介の時に名乗ったじゃん、同級生だよ」
「…なんや、同いか」
そういう事なら「自己紹介の時に名乗ったじゃん」はこちらの台詞だ。俺だって侑の後にちゃんと名前を名乗ったんだから。
しかし見たところ角名と名乗ったこの男も、あまり周りの事を気にしない・気を配らないタイプのようなので他人の名乗りなんか聞いていなかったのだろうと思う。
「双子なのにポジション違うんだ」
「はあ、まあ。ポジションまで一緒やったらキモいやろ」
「そう?」
「ま、俺はドコでもやれるけど」
少しの嫌味を込めてそのように言うと、角名と名乗った彼は顔をしかめた。
「関西人こわっ」
「なにが」
「がめついっていうか」
「んな事ないわ」
関西人イコールがめついというイメージを持たれてはたまらない。がめつさをアピールする目的で言った言葉じゃないし。あんまり俺に構ってくれるな、という牽制だったのだが通用しなかったらしい。
角名倫太郎は産まれが東のほう(何故か濁された)で兵庫に来たばかりだと言う。それならばもっと、彼のイメージに近い関西人を紹介してやろうではないか。
「あいつは結構がめついで」
と、交代でコートを使っての練習をしている侑を指す。角名は「ふーん」と侑をちらりと見たものの、あまり興味は無さそうだった。
「…で、何の用なん?」
俺がひとりで休んでいるところへわざわざ声を掛けてきたという事は、目的があっての事だろう。と思ったけれど彼は首を振って近くに座った。
「なんでもない。友だち作ろうと思って声かけただけ」
「…はあ。」
「1年の中では治が一番俺と波長が合いそうだったから」
角名倫太郎は少しだけ唇に孤を描いた。敵意は無いよ、という意味だったのだろうがちょっと不気味である。俺に対して変な感情を抱いているのではないかと。
念のため「俺、ゲイちゃうで」と伝えると、「やだなあ俺はストレートだよ」と笑っていたのでほっとした。
◇
3泊4日、学校に缶詰だった合宿を終えてやっと我が家に帰ることが出来る。
自慢じゃないけど多少の練習にはついて行く自信があったが、稲荷崎は「多少の練習」では済まされないほど部員をしごくスタイルらしい。身体じゅうがバキバキで胃の中は空っぽだ。
「はー疲れた…」
学校からの帰り道、侑は解放感のせいか思い切り両手をあげて伸びをした。俺も同じようにしたかったけど、いつどこで誰が見ているか分からないので我慢しておいた。監督に見られたら良い印象を与えないだろうし。
合宿中に知り合った角名倫太郎も加わって三人で歩いていると、侑は今更ながらに角名へと質問した。
「方向こっちなん?えーと…名前なんやっけ?」
「角名やで」
「そうそう角名。なに治、友達なん」
「ちゃう」
「ひど」
まだ胸を張って友達と名乗れないと思っていたが、角名の様子を見るとどうやら俺たちは友達らしい。まだ俺は角名が「ゲイではない」という情報しか知らないけど。
「俺もこっち。いま親戚の家住んでるんだけど、今日は親戚一家がご飯連れてってくれるから駅で待ち合わせてんの」
「ほーん」
聞くところによると彼は元々関東に住んでいたが、稲荷崎バレー部からの誘いを受けて越してきたそうだ。学校には寮もあるけれど、大勢の生徒と同じ建物に寝泊まりするのは嫌なのだとか。
そんな事より角名が親戚と夕食を食べに行くというのを聞き、侑と俺の頭は空腹を思い出してしまった。
「…俺も腹減った」
「俺も」
「晩飯なんやろな」
我が家の親は今日、愛する(たぶん)双子が合宿を終えて帰宅してくるのを知っている。きっといつもよりは張り切った食事を用意しているに違いない。違いないのだが。
「…治」
「なに」
侑が俺の名を呼んだ、彼の鼻はすんすんと動いている。俺も恐らく同じように鼻をすんすん鳴らしている。とても良い香りが漂ってきたからだ。白石さんの母親が経営するパン屋の方角である。
「めっちゃクリームパン食べたい」
「……異議なし。」
「よっしゃ!」
「クリームパン?」
何故俺たちの口から突然クリームパンが出てきたのか、角名は不思議がっていた。そりゃそうだ。
「このへんで治のクラスの子がパン屋しとんねん。クリームパンめっちゃうまいで」
「へー」
「角名も行く?」
「んー」
角名は首をひねって唸った。確かに今から親戚と外食予定という事は、それまで何も食べない方が良いかも知れない。
「…もうちょっと時間あるし、行ってみる」
「ほんなら決まりな」
「俺、パンより米派だけど」
「オイ!それ店ん中で言うなよ」
「わかってる」
そんなこんなで米派だという彼も同行する事になり、二度目のパン屋訪問を行う事になった。俺もどちらかと言うとパンより米派だから、やっぱり角名とは波長や気が合うのかも知れない。
「いらっしゃいませー」
前のようにからんからんと来客を知らせる鐘が鳴り、白石さんの声が出迎えてくれた。連休中も家の手伝いとは驚きだ。
「あ!宮くん、アンド宮くん」
「侑と治で覚えてや」
「ごめんごめん」
「こいつ新キャラの角名。」
「新キャラて」
侑が角名のことをやや雑に紹介すると、角名と白石さんは「角名です」「白石です」と互いに頭を下げた。どうやら初対面のようである。
「今日も部活やったん?大変やなあ」
「合宿やってん」
「合宿!?学校で?」
「そー」
「うわあ、やばー」
何の部活にも属していないという白石さんは、ゴールデンウィークのあいだ学校に缶詰されていたバレー部に驚いていた。俺も俺で、ゴールデンウィーク最後の日にこうして店に立つ彼女の姿は尊敬できるなあと思う。
その白石さんを侑はどんなふうに思っているのか知らないが、頭の中は食べる事でいっぱいのようだ。
「めーっちゃ疲れたからさあ、甘いもん食いたなってん。なあ」
「せやな」
「うん」
「やからクリームパンみっつ!」
「全員クリームパン固定なんだ」
「おすすめやねんで白石さんの!人間国宝さん紹介されてんぞ!なあ?」
「う、うん」
白石さんは苦笑いであったが、すぐに用意を始めてくれた。侑の言う「人間国宝さん」を知らない角名には俺が簡単に説明してやり、同時にクリームパンがみっつ、先日と同じく簡単な包装が施されていく。
しかしその間に俺は思い出した。角名が「これから夕食を食べに行く」と言っていたのを。
「…角名、今から親戚とゴハン行くんちゃうの」
「あ、せやった」
「そうなん?パンやめとく?」
「大丈夫。俺いま超腹減ってるから」
角名は自らの腹に手をやりながら言った。もしかして侑が勝手に「クリームパンみっつ」と言ったから気を遣っているのかも知れない。いつかお詫びしよ、そんで侑シバいとこ。
「はい!」
「ありがと」
「どうも」
それぞれにパンを受け取り、今日は侑もしっかりと130円を支払ってクリームパンを手に入れた。目の前にするとさらに空腹感が増していく、早く食べたい。
「ほんならまた明日、学校で」
帰り際、やはり出入口まで送ってくれた白石さんに声をかけると彼女は驚いた様子でカレンダーを見た。曜日感覚が狂っているらしい。
「あーもう明日から授業やもんなあ。ゴールデンウィークまるまる合宿やってんな」
「せやねん。鬼やろ」
「鬼やな」
と、言いながら白石さんはけらけら笑っていた。この時何故か、パンみたいに膨らんだ頬だなあと思ったのが不思議だ。
「…じゃ、皆お気をつけて〜」
白石さんに見送られ、図体の大きな男三人は並んで駅までの道を歩くこととなった。
侑は早速がぶりとクリームパンにかぶりついて、はみ出たクリームが口元に思い切り付いている。俺も角名もそれには気付かないふりをして(ここでも角名と心が通ってしまったらしい)、自分のパンにかぶりつく。と、角名が先に感嘆の声をあげた。
「うっま」
米派だと言っていた角名に開口一番「うっま」と言わせたクリームパン、やっぱり人間国宝さんの名は伊達じゃない。侑は我が事のように喜んで角名に「せやろ!?」と言った。
「うますぎ」
「やんな」
「なあ、白石さん、あの店継ぐんかなあ」
「さあな」
口の中に広がる甘すぎないクリームを溶かしつつ、あの子将来どうすんのかな、と想像してみた。
店を継ぐなら出会いが少なそうだ。でももし製菓の学校に通ったりするなら、そこで跡継ぎの婿養子が見つかるのか?なんて他人の出会いを勝手に心配してしまう。心の中で謝っておいた、そしてその話題を出した侑を心の中でシバいた。
「治おんなじクラスやろ、仲良くなってパンもろてきて」
「いや引くわ」
「冗談やんか!」
「冗談に聞こえなかったよね」
「コイツはがめつい言うたやろ」
「あ、そういえば」
「冗談やってば!」
ああ帰ったらやっぱり直接シバいとこ。と思ったけれど帰りの電車に乗る時もずっと侑の口元にクリームが付いていたので、それを家まで内緒にしておくことで勘弁してやる事にした。
Candy , and Guilty