2学期になった瞬間の席替え・班決めは重要だ。高校2年の2学期、修学旅行と言うビッグイベントは大半の生徒が楽しみにしている行事で、旅行中には班行動をしなければならない場面が多々ある。
その時にどの人間と同じ班になっているかで修学旅行の充実具合は大きく左右されると思う。

幸い仲の良い女の子と小細工をしながらも同じ班になった私はある事に悩まされていた。くじ引きで班長に選ばれてしまったのだ。
それはまだいいんだけど、副班長に決まったのが自発性の無い宮治、「みやぢ」じゃなくて「みやおさむ」。


「宮くん、行きたいとこある?」
「どこでも」


このやりとりを何度繰り返したことか分からない。稲荷崎の修学旅行先は香港、そのうち半日だけ自由行動の日があり、何をするかを班ごとに決めて班行動をする事になっている。それを班長・副班長の私たちで決めるんだけど、この人は全く案を出してくれないのだ。


「さっきからドコでもばっかやん、なんか興味あるもん無いん」
「行った事ないしな…」
「私も無いけどや、さすがにそのへんでダラダラ過ごすんはあかんやろ」


香港のガイドブックをぱらぱらとめくりながらも、目を通しているのかいないのか分からないこの男。ショッピングビルとか有名な商店街とか色々候補地はあるというのに。私の行きたいところだけをピックアップするのも良くないからこうして相談しているというのに!


「あ、ここ」
「どこ?」
「マカオ」
「何すんねんマカオで」
「カジノとか」
「高校生は無理やで」
「なんや、そっか」
「しかもなあマカオて、フェリー乗らな行かれへんて書いてるやん。もうちょい真面目に考えて」
「真面目やねんけどな…」


ぼんやりとした彼の目はどこからどう見ても真面目には見えなかった。が、そういえば宮くんはいつだって眠気眼で授業中も「起きてるか?」と先生から注意を受けているのを思い出す。


「…ほんまに真面目?」
「ほんまやで」


いまひとつ説得力に欠けるので、真面目・不真面目論争はこのくらいで止めておこうか。
諦めてガイドブックに目を落とし、無難に都会でお土産物を漁ろうかと思っていると今度は宮くんが話を振ってきた。


「白石さんはどっか無いん」


そう言えば私も宮くんに聞いてばかりで自分の意見を言い忘れていた。私の行きたいところも実は一応調べてある。100万ドルの夜景で有名なあの場所だ。


「私なあ、ここ行きたいねん。ヴィクトリアピーク。夜景見えるとこな」
「うわあ、女子か」
「女子や!…自由行動は昼間やから、ただの明るい景色見るだけになってまうけどなあ」
「ほんならソコにしよや」
「え」


ガイドブックの写真を見ていたところへ降ってきた宮くんの言葉で、私は顔を上げた。
ソコにしよや、って、出来るならそうしたいけど景色なんか男子は興味ないだろうし。しかも万が一当日の天気が悪ければ最悪だ。


「ほんまにええん?」
「まあ俺はどこでもええし」
「他の人、賛成する思う?」
「文句は言わんやろ」


俺らに丸投げなんやからな、と宮くんは椅子の背にもたれて伸びをした。自分の意見が無いのは少々困りものだけど私の行きたいところを優先してくれるのは有り難い。


「…じゃあここにするわ。やった」


なので、ちょっとずるいけど今回は甘える事にした。これも班長になった特権である。けど、もし他の人に「そんなんつまらんわ」と言われると困るので、あと何カ所か探した方が良いかも知れない。


「他は?なんぼか候補出しとこや」
「んー…うん」


もう一度宮くんに聞いてみると、空中を見ながら何かを考えている素振りを見せた。これまでの会話から考えるとこれはただのポーズで、特に何も考えていない気がする。


「…まあ、どこでもええわ」
「ほんまにい?」


後から文句を言われてはかなわないので念を押して聞いてみると、うんと頷いたのでこの話ももうお開きにしたほうが良さそうだ。
それに相変わらずぼんやりしているし、副班長には自ら立候補したわけでは無いし(私もくじで班長になったのだが)、すべてが滞りなく終わりさえすれば良い、という様子。双子の片割れとはえらい違いだ。


「宮くんてさ、いっつもそんな感じなん?兄弟おるやん、あっちの宮くんはガツガツしてそうやのに」
「侑?…うん、せやな」
「喧嘩とかせんの?」
「せえへんなあ」


しないんだ、とても意外。でも高校2年と言う年齢を考えれば納得できるか。もしかしたら片割れの『侑くん』の意見に、『治くん』が合わせていたりして?今の私と彼のように。
家でもそんな感じだから、人前で自分の意見を言うことに慣れていないとか?だとしたらちょっと可哀想である。


「けどさあ、せっかく一緒の班なんやしどうせならみんなが楽しめる内容にしたいやん?何か宮くんの意見も出してや」
「…俺の?」
「そう!」


宮くん、私はあんたの味方やで、という意味を込めて言ってみると宮くんは目を丸くした。兄弟間で発散できないぶんをここで言ってくれたまえ。


「あんまりないけど…」
「嘘やん、何でもええから言うてみいや」


頬杖をついたままの宮くんは、また無言になった。今度は目が泳いでいないので本当に何かを考えている様子だ。やっぱりさっきのは「考えているふり」だったらしい。
しばらく考え込んだ後、宮くんは頬を手のひらに乗せたまま目線だけを私に向けた。


「言うたろか?」


じっ、と効果音が聞こえてきそうな目で見られると一瞬身動きが出来なくなる。また「なんもないわあ」と躱されるかと思ったのに。


「うん。どうぞ?」
「じゃあ」


と、言いながら宮くんは後ろにもたれていた身体を起こして前のめりになった。突然にゅっと彼の顔が近づいてきたのでびっくりした私が今度は身体を仰け反らせる。
背が高いのは知ってるけど座高も高い、ちょっと身体を突き出されるだけでオデコがぶつかりそうだ。


「ちょ、待って」
「なんやねん」


宮くんは仰け反る私の腕だけでも逃がすまいと手首をつかんだ、あれ、どうして、何が起きてる。
今私は修学旅行で行きたい場所が無いか、どうしたら楽しめるか意見をちょうだいと伝えたはずなのだが。


「…やっぱ何も言わんといて」
「自分が意見言えゆうたんやろ」
「もしかして修学旅行と関係ない事言おうとしてへん?」
「せやで」
「あかんあかん!」


私は思い切り立ち上がって宮くんの手を振りほどこうとしたけれど、かなりの握力で手首を掴まれている。やばいやばい予想もしなかった事が起こりそうな気がする、不運にも教室内は私たち二人だけで他の生徒は帰宅済み。廊下に出ようと逃げる私の手首を引っ張り、教室の壁にべったりと背中を張り付けられてしまった。


「…ちょ、宮くんほんま、あかんで」
「もう遅い」


宮くんの影で視界が暗くなっていく。どんどん近づいてくる眠気眼の奥がぎらりと輝いているのが見えてしまい思わず目を閉じる。

今から何をされるのか予想が付いた私は思い切り顔を横に向けたけど、それも宮くんの手で簡単に定位置に戻されてしまった。離せ離せと彼の胸を押し返してもびくともしない、さようなら私のファーストキスよ。

…と覚悟を決めた時、ぶっと吹き出す音がした。恐る恐る目を開けると、宮くんが必死で笑いをこらえているではないか!ぶっ飛ばすぞ。


「なんなん…」
「今ので分からんかった?」
「……」


イケメンだなんだとちやほやされているからって、一般人の私に向かってこんな仕打ちはあんまりである。
もうどいて、ともう一度押し返してみるけど宮くんは動かなかった。おかしい。もう一度、強めに押す。…動かない、おかしい。


「…真面目にしてや」
「真面目やで、さっきも言うたけど」
「嘘やろ、もうええ」
「嘘やったらどうする?」
「張っ倒すわ!嘘でこんな事」
「じゃ、本気やったら?」


その言葉と同時に宮くんの手が再び私の頬へ伸びてきた。いやだ、と顔を振ると宮くんは顔から手を離し、私の髪をするすると触っていく。猫の毛でも撫でるかのように優しくゆっくりと、そして、猫にでも話しかけるかのように耳元で低く、こっそりと。


「ほんまにドコでもええねん。白石さんとおんなじ班やから」


くすぐったい、と感じた時には私の口は、嘘も本気も言葉にできないようにしっかりと、けれどほんの一瞬だけ塞がれた。

何が起きたのか理解するまでのあいだに視界が明るくなる、宮くんの顔が私から離れたのだ。
にっと笑った宮くんは、修学旅行たのしみやなぁ、といつものぼんやりした声で言ってみせた。
たのしみやなぁ、って、どういう意味やねん。それをいつものテンポで聞き返す力はさきほど、唇から吸い取られてしまったみたい。

ワンダーフェイカー
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