04


白石さん本人の口から「佐々木先生が好き」と聞いてしまった瞬間から、俺にとって耐え難い日々が始まる。
先生の話をされ過ぎて鬱陶しいという訳じゃない。声に出さなくたって言葉にしなくたって、白石さんの仕草・目線で「ああ、いま佐々木先生の事を考えているんだ」とすぐに分かってしまうのだ。

研磨ほどではないけどある程度勘が良く育ってしまった俺は、白石さんとの体育委員の仕事が辛くなり始める。だからと言って仕事を投げるのは嫌だし、白石さんと一緒に過ごせる時間が減るのも嫌、白石さんが佐々木先生の事を考えるのも嫌、何もかもが嫌だった。

ただひとつ良い事は、白石さんが前よりも俺に話しかけてくれるようになった事。
同じ体育委員だからというのもあるけど、彼女の片想いの相手を知るのが俺だけ(黒尾と研磨にも言っちゃったけど)だからだと思う。

そんなわけなので話しかけられても体育祭の話か佐々木先生に関する話なのだ。
でも、佐々木先生のことを話す白石さんの表情と来たら夢見るようにうっとりと輝いていた。その美しくも可愛らしい顔を見られる事だけは「良い事」である。そう考えなきゃやってられない。


「佐々木先生、もうすぐ誕生日なの」


委員会も何も無い日の昼休み、白石さんが普段より高い声で話しかけてきた。先生の話をする時はいつも高めのトーンだ。


「そうなんだ。いつ?」
「9月22日!」
「おお、来週じゃん。何かあげたら?」


俺はそのように提案した。きみの恋路を応援するよ、という芝居をするにはこう言うしか無かったから。


「何をあげるかが問題なんだよね…」
「佐々木先生って好物ある?」
「焼きうどん」
「プレゼントしづれえな焼きうどんって」


それでも一応、何を渡せば良いのか考える。佐々木先生は確か30歳前後だったか、あまり子供っぽいものは良くないだろうしお菓子の詰め合わせとかも違うし。手作りなんて以ての外だ。白石さんの手作りを他の男が食べるなんて想像したくない。
俺の顔はマイナスな事を考えているせいで険しかっただろうが、白石さんからは「真剣に考えてくれている」と見えているかな。


「ねえ、男の子って女子とおそろいのモノとかどう思う?」
「…おそろい?」
「うん、ミサンガとか」


おそろいのミサンガなんて、どこの少女漫画だよ。
目の前にいるのが白石さん以外の人間だったなら、俺はきっとこう言ったに違いない。
白石さんとのおそろい、喉から手が出るほど欲しい。けど、彼女が渡したがっている相手は俺じゃなく佐々木先生だ。


「……俺は…俺の意見だけど…」
「うん」


白石さんは身を乗り出して俺の言葉を待った。心底申し訳なく思う。一般的な男としての意見ではなく、夜久衛輔個人としての答えだからだ。


「…好きな子となら喜んで」


俺がそう言うと、白石さんは乗り出していた身体を元に戻して「そりゃそうかぁ」と口元に手を当てた。


「佐々木先生、好きな人居るのかな…」
「恋人居るかとか話してねえの?」
「ずーっと前に聞いたけど、はぐらかされちゃった」


生徒にはプライベートな事をあまり話さないのか。そういうところもことごとく尊敬できる先生だ。せめてあの人に欠点があれば気が楽になれるのに。
白石さんはそんな俺の苦悩には気付かず、ああでもないこうでもないとぶつぶつ言っていた。


「…けどお揃いは引かれるかな?大人だし。タオルなんてどう!?」
「あー、タオル…良いと思う、使えるし」
「だよね!よしっタオルにしよ!」


どうやらプレゼントは決定だ。とても苦痛な時間だった。無理やりポジティブに考えるとすれば、白石さんのプレゼントを選ぶセンスがごく普通で安心したって事。


「あ、ねえ、ちなみになんだけど…」


自席に戻ろうとした白石さんが数歩戻って来ながら言った。ごほん、と咳をしたあと顔を近づけてくるもんだから心臓が飛び出そうになったが、小声で耳打ちをしてきた。


「一緒に手紙とか渡されたら、どう思う?」


すごく小さな声で周りには聞こえないように。

これは俺だけに相談している事なんだ。俺は誠意を持って答えなければならない。彼女の恋路を邪魔してはならないんだ。協力するって言い出したのは自分だろ、手紙はやめておけなんて言えるわけない。 やめて欲しいなんて死んでも言えない。


「…俺は、嬉しいと思うよ」


俺ならきっと、白石さんに手紙をもらったら飛び上がって喜ぶだろう。佐々木先生がどう思うかは分からない。でも、そこまで話す元気が出てこなかった。





「よく頑張りましたな」
「うるせー」


部活前、昼休みを耐え凌いだ俺に黒尾は賞賛の声を浴びせた。同じクラスだからこっそり様子を見られていたらしい。


「拷問だろ実際、好きな子の恋愛相談なんて」
「…すげえ拷問」
「前世で犯罪でも犯したんじゃねーの?」


それなら俺は佐々木先生でも白石さんでもなく前世の自分を呪うしかない。目の前で好きな女の子が俺に向かって話してくれている、その内容が別の男性へ渡すプレゼントの相談なんて。


「……つら…」


思わず本音がぽろりと漏れた。やばい聞かれたかと思ったが黒尾は別の何かに意識をとられていた。研磨の鞄の中から何かがひらりと落ちたのだ。


「ナニコレ、研磨落としたぞ」


黒尾は落ちたものを拾い上げると、研磨に返す前にじっくりとそれを見た。
俺も一緒に見てみるとそれは研磨にしては珍しく、ハート型のメモ用紙か何かだった。しかもピンク色。


「何でもない。」
「可愛らしい紙じゃん、誰かに告白?」
「うるさい違う」


あまり見られたくないものだったのか、研磨の口調は刺々しい。黒尾の言い方も嫌らしいけど。


「…クラスメートの誕生日だから、寄書き書けって渡されたんだよ」
「どんだけ仲良いクラスだよ」
「いいじゃんもう、返して」


研磨が手を伸ばすと黒尾はやっとハート型の用紙を返した。ひったくるように、けれどシワにならないように受け取った研磨は鞄の中にそれを戻す。
クラスメートの誕生日に寄せ書きって、確かにすごいな。ハートって事は女の子宛だろうか?女子ってそういうの好きだもんなあ。


「…夜久くん、あれからどうなの?」


研磨はすでに鞄をロッカーに仕舞い込み、ジャージに着替えている最中だった。


「どうって?」
「白石さん」
「ああ…どうもないよ。進展なし」
「そっか」


進展なんて簡単に出来るものじゃない。しかも俺は佐々木先生への片想いを応援する立場だ。
研磨はその後は何も言わずに着替え終えると、さっさと部室を出ていった。

きみよどうか盲目であれ