20170808


朝、テレビをつけてニュースを流しているととてもおめでたい報道が流れていた。芸能人カップルが深夜0時過ぎに入籍したとか、スポーツ選手が入籍したとか。
どうして今日に限ってこのようなニュースが多いのかなと思いながら朝ごはんを食べていると、「末広がりの8月8日」というフレーズがニュースから流れてきた。末広がり、かあ。


そんなおめでたい日に生を受けた私の恋人は、本日も例外なく部活に参加している。
同じクラスの黒尾くんといつも部活の話しかしていないけど、そんなストイックなところが魅力なのだ。だから今日は部活お疲れ様、これからもよろしくという意味を込めて何かプレゼントを買いに行く約束をしている。


衛輔の部活が終わるタイミングで学校まで迎えに行く予定なので(学校からのほうが買い物に便利だから)、お母さんに見てもらいながら選んだ服で家を出た。
暑い。こんな中外を走ったり、蒸し暑い体育館で身体を動かすなんて大尊敬だ。


午後3時過ぎ。1日の中で最も暑い時間…をちょっと過ぎたころ。体育館を除くとすでにボールや道具が片づけられていたので部活は無事に終わったらしい。同時に衛輔から『今から着替える!』というメッセージが来たので、部室棟へと向かう事にした。


「…あーーーつい!」


部室の近くまで来ると、とっても大きな声で叫ぶ非常に大きな人が。彼の名前は衛輔から聞いたことがあるけど忘れてしまった。どこかの国のハーフの人だ。


「こんにちは」
「ああ!夜久さんの彼女さん」
「暑そうですね…」
「暑いっす、超暑いっすけどどうにもならなくて!夜久さん呼びますか?あッ俺年下なんで全然敬語とか要らないんで!」


彼は色んな情報を一気に喋ってくれたので、どのタイミングで何に答えるかを掴み損ねてしまった。衛輔が扱いに苦労するのも分かる気がするなあ。
と思っていると、ちょうど待ち人が現れて彼の脇腹をごつんと突いた。


「うるさいリエーフ」
「ぃいいッたい!脇腹は痛い!」
「普通なら肩パンの高さなんだよ。お前がでかいんだっつーの」
「夜久さんの普通と俺の普通は違っ」
「は?」
「い、いいえ…あの、夜久さん。彼女さんが」


そうだ、リエーフくんだ。横文字は覚えづらくて困る。リエーフくんは衛輔に小突かれた脇腹を押さえながらも、私が迎えに来ている事を手で示してくれた。


「あ!お待たせ」
「ううん、大丈夫」


シャワーを浴びたばかりなのか衛輔の髪はまだ少しだけ湿っていて、そんなに私のために急いでくれたのかなあと思ったり。…まあ今日は衛輔の誕生日なんだけども。


「デートですか?」
「そう。邪魔すんなよ」
「しませんってば!楽しんでください」
「さんきゅー。いこ!」


なんだかんだリエーフくんと仲の良いらしい衛輔は軽く手を振ると、振った手をそのまま私に差し出してきた。
いつもこうして彼のほうから手を繋いでくれるのはすごく嬉しい。身長は私よりちょっと高いだけなのに、ちゃんと関節が太くて分厚い手のひらを感じられるのだから。


「…えっと。誕生日オメデトウ」


一応電話でも伝えてあるけど。会ってからも言おうと思っていたので伝えてみると、衛輔が小さく照れ笑いするのが聞こえた。その声は私に隠そうとしているらしかったので、逆にこっちが恥ずかしい。けど、そんなところも結局好き。


「ありがと。もう18かあ」
「大人だね」
「全然実感沸かねえわ」


そう言って笑う衛輔の顔はまだまだ大人とは言えないけれど、大人になって何かが変わるくらいならずっとこのままで居たいというのが本音。そんな事言ったらたぶん引かれるから言わないけどさ。


「プレゼント、欲しいの決まった?」
「うん!スマホケース!」
「えっ、そんなのでいいの?」
「ちょっと良いやつなんだよ。防塵のやつ!自分で買うのは躊躇するくらいの値段だから」


何でもいいよと伝えていたけど、まさかスマートフォンのケースで良いとは思わなかった。アクセサリーとかをじゃらじゃら付けるような人じゃないし、これまで付き合ってきて物欲が無さそうな人だとは分かっていたけど。本人がそれが良いって言うなら良いか。


「…ところでさあ」


歩きながら衛輔が言った。


「えらい涼しそうなカッコしてんな」
「えっ、うん…変?」
「や、そうじゃなくて」


そうじゃない、と言うわりにごにょごにょ言葉を濁される。ええ、もしかしてせっかく選んだワンピースなのにお気に召さなかったか。露出しすぎ?膝丈だからそんなことは無いと思うけど。暑いはずなのに冷や汗が流れそうになった時、衛輔も同じく汗を流しながら言った。


「超いいと思う…けど。良すぎるからあんま見られないんですけど…」
「………。」


そんな衛輔の顔を私もあんまり見る事ができない。彼の顔は真っ赤なはずだし、私も顔だけがぐんぐん赤くなるのが自分でも分かるからだ。代わりに握った手の力がぎゅううと強くなったので、私も握り返しておいた。





無事に駅前のショッピングモールにある雑貨屋さんで、お目当てのプレゼントを発見した。グレーがいいかな?ネイビーかな?と見せてくる衛輔が無邪気で可愛かったのが印象的である。
結局ネイビーのほうをプレゼントしてあげると、早速包みを開いてスマートフォンに装着していた。


「かっけー!すっげえー」
「すごいね防塵…強そう」
「凶器になりそうだな」
「こわっ」


そんな他愛ない話で盛り上がっていると、ふとあるものが私の目に入った。女性向けの商品が扱われているお店で、一番目立つところにすっごく可愛いデザインのリップがきらきらのポップとともに並んでいるのだ。


「…かわい」
「ほんとだ。すげえ…おもちゃみたい」
「ねー。お姫様みたい」


思わずふらふらと歩み寄ってしまい、6色ほど並んだリップたちを眺める。真っ赤はちょっと抵抗あるなあ、オレンジもちょっとなあ、やっぱりピンク色かなあ…なんて思いつつ見ていると、はっと思い出した。今日は衛輔の誕生日なのだった。


「ごめん!行こう」
「え、うん。要らねえの?」
「だいじょうぶ…」


だってちらりと値段を見たらちょっと高かったんだもん。今度お母さんと買い物に行った時にそれとなくねだってみる事にする。
そう思って歩き始めようとしたけど、衛輔が私の手を握ったまま立ち止まっているので前に進めなかった。


「…ほんとに要らねえの?」


さらに、こんな事を言う。お金はまだ残ってるけど、こんなのぽんぽん買ってたらお菓子も我慢しなきゃいけないから我慢したいのに!


「今日は我慢しようかな…」
「…ふーん。我慢はよくないと思うけど」
「だってさあ」
「買ってあげる」
「ええ!?」


売り場を離れかけていた私の手を引いて、衛輔は再びきらびやかなリップたちが並ぶ場所へと戻ってきた。改めて見ると女の子が憧れる要素しかない色使いとデザインだ。けどこれを今日誕生日の彼に買わせるのはちょっと…


「その代わり、色は俺に選ばせて」
「え…な…え、だめ、悪いよ」
「悪くなーい」


そう言うと、衛輔は私の手を離してじっとそれらを眺めた。かと思えば私の顔を凝視、と思ったらまたリップたちを凝視。やがて一本、ピンク色のものを手に取り私に見せた。


「これじゃね?一番似合うの」
「あ、私もそれだと思ってた…」
「じゃあ良いじゃん!」


実は私も買うならそれが良いなと思っていた。アプリコットみたいなピンク色。カジュアルすぎず、大人過ぎない感じが。子どもと大人の狭間なので、結局どちらかに傾くと変になってしまうからなんだけど。


「でも衛輔の誕生日なのに」
「俺の誕生日だからだろ!俺好みのすみれになってよ」


俺好みの私って、なんだ!今まで読んだどの少女漫画にもそんな台詞は出てきた事が無い。驚きと嬉しさと照れで唖然としていると、衛輔は何かを失敗したと感じたらしく慌て始めた。


「…あ、べつに今のままでも可愛いけど!?より一層な!一層可愛く!」
「わ、わかった」


そういう意味で捉えたんじゃないのだが。照れてしまった自分がちょっと恥ずかしい。
結局そのまま衛輔がレジまで行ってしまが、会計をしてもらった。さっきの私たちの様子がレジから見えていただろうなあ、店員さん忘れてくれますように。

今度こそお店を出ると、衛輔は「はい」と購入したリップを私に差し出した。


「…ありがと…」
「つけてみて」
「えっ、今?」
「あそこトイレあるから!ダッシュ」
「う、うん」


ちょうどよく、そのお店のすぐ隣がトイレなのであった。
指示されたとおりトイレ内の化粧室に行って、すごく可愛い包装紙をていねいに取り除く。…美少女ヒーローにでも変身できそうなリップだな。小さい頃憧れたっけ。
そんなことを思いながら蓋を開け、自らの口元へ塗っていく。きれいな色だ。今の私、たぶん唇だけならこのショッピングモール内で一番美人だ。


「…超かわいいんですけど」


唇と一緒に目元とか髪型に変なところがないかを確認してから衛輔のところへ戻ると、大袈裟なくらい感動された。衛輔は普段から私を褒めてくれることが多いけど、ここまでの反応をされたのは初めてで逆に嘘くさい。


「うそだ」
「嘘じゃねえし!すげえ似合ってる」
「恥ずかしいってば…」


口元ばっかり見つめられると変な気分になってしまう。あんまり見ないでと伝えるととりあえず頷いてくれて、今度はそっぽを向かれた。それはそれで恥ずかしいのだ。耳まで赤いのが丸見えだから。


「いこ」


そのまま立っているのはやはり耐えられなくなったのか、衛輔はごほんと咳払いをして歩き出した。
一歩出遅れて後に続くと、前を向いたままの衛輔が後方の私に向けて手を出してくる。その左手に右手を合わせると今度は少し引っ張られ、その勢いで私は彼の真横まで進んだ。


「いい誕生日だなあ」


独り言っぽく呟いた言葉は恐らく私に向けての言葉でもあるんだろうなと思う。


「うん。しあわせだね」
「おー」
「ずっとこのままが良いなあっていうくらい…」


そのくらい幸せだなーって意味だったんだけど、衛輔が横で「え」と言うのが聞こえた。なんだなんだ変な事言ったかな私。もしかしてまだ見ぬ地雷か何かがあったのかだろうか。冷や冷やしていると歩きながら衛輔は続けた。


「それは無理じゃね?」
「え。」
「大学が別々になるかも知れねえし」
「うっ」
「就職先も違うかも」
「うう…」
「いつかは家族も増えるんだし」
「!?」


そっちの意味?と隣を見ても、衛輔はすでにいつもの顔色で前を見ていた。
けれど私があまりにも驚きの眼差しを向けるので、ちょっと恥ずかしい台詞を言っちゃったのを自覚したらしい。ちらりと私と目を合わせたあと再び頬を赤く染めて、かと思えば「腹減ったからなんか食べよ!」と飲食店を探すふりをしながら反対側を向いてしまった。


「ちょっと、衛輔…」


もっと聞きたくて声をかけようと思ったけど。ふと目にしたショーウィンドウには唇と同じくらい頬をピンクに染めた私が写っていたので、見られなくてラッキーだったかもしれない。

末広がりの未来の二人を想像した私たちは結局入るお店が決まらないまま、手を繋いでぐるぐるぐるぐる八の字のように歩き回っていた。

Happy Birthday 0808