転校生がやってきた日、心臓がどくんと跳ね上がった。ものすごくものすごくタイプだったからだ。

そして女の子との上手な距離の取り方を知らない俺はすぐに仲良くなろうとアプローチをした。そして告白した。


「ごめんなさい。」


もちろん振られた。





「つとむクーン?顔が険しいね」
「怖い顔してれば強くなれると思ってんですコイツ」
「そこまで馬鹿じゃありません!」
「あーはいはい」
「イメトレは大事だよネ」


その日の午後、バレー部の練習。
失恋のショックから立ち直れていない俺を心配して、または茶化して、はたまた馬鹿にして先輩たちが寄ってきた。


「…天童さんはいつも元気ですね」
「おっ?元気に見える?」
「…天童さんはいつも能天気ですね」
「ウンまぁどっちかと言えばソレだわ」
「失恋した事あります?」


こんなにいつも同じテンションを保っている人に、気持ちの浮き沈みがあるのか不思議だ。
失恋したら、または彼女ができたら、その動きや読みには何か影響が出るのだろうか?


「つまり失恋したのね?」
「ちがッ、俺は天童さんに聞いてるんです」
「工がそんな質問するって事は、たいてい自分のキャパシティを超えた経験をした時に誰かの意見を参考にしようとしてるんだモン」
「………」
「んん?どう?」
「…そうです」


何でこんなに簡単にバレるんだよ。
天童さんの観察眼が鋭いのか、俺が隠し事が下手くそなのか分かんない。この際バレたなら仕方ない。


「今日初めて失恋しました!!すげえショックでどうしたら良いか分かりません!!」
「えらい大声で失恋発表するね」
「こんなに女の子の事考えるなんて初めてなんです」


そのお陰でサーブも入らないスパイクも決まらない、走れば何かにぶつかるし危うく顔面レシーブをするところ。

牛島さんも俺の不調には気付いていたけど何も言われなかった。自分でどうにかしろって感じかな。牛島さんには頼らないけど!

天童さんは何となく話を聞いてくれそうなので、転校生の白石さんの魅力やいかに好きであるかなどを語ろうとしたその時。


「なんか女の子が居る」


白布さんが体育館の入り口を指差しながら言った。
そりゃあ女の子ぐらい入ってきますよこの体育館の中に倉庫があるんですからね、と頭の中で流暢に話しながら振り向くと。


「んぬあッ!!!」
「オッ?何何」


何とそこに立っているのは白石すみれさん、つまり今日から白鳥沢学園1年4組に転入してきた俺のアイドルではないか。

体育館内の誰かを探しているのか、きょろきょろと見渡している。そして見つからなかったらしく、1番近くにいる俺たちのところへやってきた!


「すみません、牛島って人いますか」


…しかしあろう事か、牛島さんを探していたようだ。並々ならぬ闘争心にさらに火が点いてしまった。


「若利クンなら…どこだっけ?」
「さっき進路指導の先生に呼ばれてましたね」
「来るまで待ってても良いですか?」


白石さんが天童さんを見上げながら言った。この中で一番背が高く、堂々としているから最上級生だと思ったのだろう。

目当ては牛島さんであるとは言え、ここに少しの間滞在するなんてチャンスだ!


「白石さん!」
「わっ…は、はい」
「俺、悪いところがあるなら直しますから!付き合ってくださいッ」
「つ、つとむッ??」
「初めて見た時からずっと白石さんの事しか、あの、だから」


しどろ、もどろ。

ああうまく言葉にできない、これが恋ってやつなのか…白石さんは目をぱちくりしている。なんて可愛いんだ。こんな子が同じクラスに転校してきただけでも奇跡だ。


「工が振られたのってこの子?」
「そうです!」
「お前フラれた当日に再アタックすんなよ…」
「白布さんは自分の気持ちを抑えきれないほど好きになった女性が居ないからそんな事言えるんです」
「はあ?」
「…あの、すみません」


おずおずと白石さんが手を挙げた。そして、その手をそのまま俺のほうへ傾ける。


「私、あなたの事知りません」
「え!!!」
「ぶっは」


大きなトンカチで頭をかち割られるような衝撃が走り、横では天童さんが堪えもせずに吹き出した。大平さんでさえ口元を抑えている。


「知らないって、あの、さっき名乗ったじゃ…」
「うん、五色くん」
「そう!五色工!」
「でも名前しか知らないし、付き合えない…です」
「な!名前以外の事なんてこれから知っていけば良いと思います!俺も白石さんの事は名前しか知らないし!」
「待て工。名前しか知らないって何だ」


いいところで白布さんが話を止める。
名前しか知らないって、そのままの意味だ。彼女は今朝転校してきたんだから、白石すみれと名乗った名前くらいしか知らない。

得意科目や苦手科目、好きなスポーツ(バレーだといいなあ)や好きな食べ物、何も知らない。でも一目惚れしたんだから仕方がない。


「つまり?転校初日?いきなり出会って?惚れて告白?馬鹿ジャネーノ」
「なっなんですか!好きになっちゃったんですから仕方ないでしょう!好きなら告白するでしょう!」
「選択肢それだけかよ」
「ぐうぅぅぅ」


悔しい。
白石さんはすでに俺のことなんか見ておらず牛島さんの姿を探していた。そして、ちょうどそのタイミングで牛島さんが遅れて登場してきた。


「あ、若利くん」
「なんだすみれか」
「ふぁっ!?」


何ということだ二人はすでにファーストネームで呼び合っている!俺の入る隙間なんか初めから無かったという事か?

どちらからともなく歩み寄りそのまま抱き合う…のではなく、白石さんが鞄の中から何かを取り出した。


「これお母さんが渡してって〜」
「何だこれは」
「東京バナナ」
「いつも悪いな」
「何何、ふたりは家族ぐるみのカレカノ?」
「いとこだ」
「イトコー!?」


天童さんが大声で叫んだ。すでに体育館に集まっている他の部員も驚いて天童さんに注目する。しかし俺もそれ以上の驚きである。


「父親の転勤で宮城県にきました。今日から白鳥沢の生徒です」
「若利クンにこんな可愛いイトコが居たとはね」


いとこ、という事はごく稀に親類同士の熱い恋もあるけれど、ひとまず牛島さんが白石さんと付き合っているとかそんな感じでは無いようだ。

それならばともう一度白石さんに向き直ると、彼女は神妙な面持ちでこちらを見ていた。


「…あの、気持ちは嬉しいんですけど付き合えませんから」
「え…」


そして、また振られた。

気持ちは嬉しいのにどうして駄目なんだろう?笑いをこらえる白布さんと大平さん、我慢せず笑う天童さん。

そこで、ぴくりとも笑わない牛島さんが突然言った。


「いいじゃないかすみれ、五色はいい奴だ」


その場の全員、俺含め、驚きで時間が止まったかのように思えた。


「わ…若利くん!?」
「一生懸命だし誰かの悪口も言わず、良くも悪くも裏表がない。背も高いしバレーも上手い、部員の多いウチのバレー部で1年にしてスタメンだ。女子はこういう男が好きなんだと思っていたが」
「いや褒めすぎっしょ」


牛島さんが俺を売り込んでくれている。
悪口を言わないなんて、俺そんなに性格良くないと思うのに(牛島さんには張り合ってばかりだし)これからはもう少し敬意を払おう。


「若利くんがそう言ったって今日初めて会ったんだから」
「…分かりました」
「?」
「俺、待ちますから」
「!?」
「だから俺の事、知ってくれませんか!」
「やべぇ工が輝いてる」


そうだ、知らないなら知って貰えば良いのだ。図らずも牛島さんに背中を押された俺は声高らかに叫んだ。
体育館内にこの声が響き渡っている事なんて気にしない、今日は監督が居ないから。


「…そんな堂々と言えるのは凄いけど私の気持ちも考えてください恥ずかしい」
「ぶはは」
「!!ご、ごめんなさいッ」
「でもそこまで言うなら、それだけの事してくれるんだよね」


白石さんが足元に転がっていたバレーボールを拾い上げ、両手で俺へと差し出した。


「バレーで見せて?」
「……!わ、分かっ…試合、観に来てくれたら俺、白石さんのためにスパイクうちま、」
「そんな事する必要ない」
「へっ」
「今日から私、マネージャーですから。」


うわあああ!
…と歓声をあげたのは俺の背後にいるたくさんの部員たちで、1年生の可愛いマネージャーが入った事に全員が喜びで満ちた。

その叫びを聞きながら呆気にとられた俺は、白石さんが胸元に押し付けてきたボールを受け取り、顔を上げると目が合った。


「若利くん以上のスパイカーになってくれたら、考えるね」


そして俺に向かって素敵な笑顔を向けたのだった。


かくして俺はエースの座を勝ち取るべく、これまで以上に牛島さんへの敵対心を燃やす事となる。
なぜか周りもそれを止めず、牛島さんも嫌がらなかったので熱心に熱心に熱心に練習に打ち込んだ!

そのおかげで、天童さんと白石さんがその後どのような会話をしていたのかは聞こえていない。


「…すみれチャンはああいう男の扱いが慣れてるネ」
「慣れてないです。正直ちょっと素敵だなって思っただけです」
「えええ……俺も熱血目指そうかなァ」
真っ直ぐ進め!