Happy Valentine's Day! 2017赤葦くんとのバレンタイン と繋がってます同じクラスの赤葦くんにバレンタイン、ブラウニーを渡そうと朝早くに出かけて体育館前で待っていた。しかし、私は別に赤葦くんのことが好きだとかそう言うわけではない。
それがなぜ赤葦くんにブラウニーを渡す事になったのかと言えば、昨日の夕方に遡る。
友達と一緒にうちの家でブラウニーを作っていたんだけど、互いに渡したい相手もおらず「写メってインスタに載せてから自分で食べるか」なんて話してた。
「梟谷って生徒数多いじゃん?カッコイイ人とか居ないの?好きな人とか」
と、隣町の高校に通う友達が言った。
確かに梟谷学園はマンモス校の類いで、校舎もグラウンドも体育館もいくつもある。でも今のところ「いいな」と思える人には出会っていない。
「んー、いないかも。生徒はいっぱいだけど」
「マジかー。クラスの写真とかある?」
クラスの写真ねえ、そういえば体育祭の集合写真があったかな。
ブラウニーが焼き上がるまで暇だったので、引き出しの奥から秋の体育祭の写真を漁る。数枚だけ集合写真が見つかったので机の上に並べてみた。
「わー。さすが皆疲れた顔してる」
「最後に撮ったからね」
「この人泥だらけじゃん!…ん、ん??」
「ん?」
友達は、ある人物を発見した。
小さく写った顔を指差しながら私の顔の前に写真を突き出しこう叫ぶ。
「この人誰!!!」
「……どれ?」
彼女の指でその人の顔が隠れていたので払いのけ、どれどれと写真を覗き込む。どうやら左後列に突っ立っている男の子が気になっているらしい。
「…あー、これ赤葦くん」
「彼女いるの!?」
「さあ…」
「え、ちょっ待っ、マジタイプやばい!学祭の時見かけなかったんだけど!」
友達は、同じく秋に行われたうちの学園祭に遊びに来ていた。赤葦くんは学園祭の時…居なかったっけ?全然興味無いから覚えてないや。
とにかく、一緒に作ったブラウニーを「お願い渡して!反応良かったら私の連絡先伝えて!」と半ば無理やり押し付けられ、仕方なく早起きをしたんだけど。
◇
「あかーしは駄目だろ?こいつの彼氏だもん」
…渡そうとした瞬間に赤葦くんに彼女が居ることを知らされた。知らない先輩に。そこに居るのは去年同じクラスだった女の子で、バレー部のマネージャーだ。
「そうなの?」
「うん…」
彼女は申し訳なさそうに頷いた。
これ、もしかして私が赤葦くんのこと好きだと勘違いされてるかも?あなたが気に病む必要ないんだよ、私は友達の差し金なんだからとフォローしようとしたら、突然先輩が言った。
「だからそれ俺にちょうだい!」
「馬鹿テメェ木兎」
大きな先輩は「断られる」という予測などしていないのか、ずいっと分厚い手のひらを差し出した。自信満々で。
「言っとくけど赤葦より俺のが良い男だからな?背が高い!強い!かっこいい!」
更に、自分で自分を売り込んできた。
私は別に赤葦くんを好きなわけじゃないから大丈夫なんだけど、もしかして気を遣ってくれてる?私と、赤葦くんの彼女さんとの仲が険悪にならないように。
「俺にしとけ!な?」
極めつけに私の背中をぽんっと叩き、破天荒なりに最大限の配慮を見せてくれている、かのような。私と赤葦くんの彼女さんのどちらも傷つかないように誘導してくれている、ような。
「……じゃあ、あげます」
何だかその対応に感動した私は、気づけば先輩にブラウニーを差し出していた。
私と友達の合作だからいいよね?ラッピングだって一緒にしたんだから。うん。ごめん友人。
「おおマジか!ありがと!」
そして、その人は目をきらきらさせながら受け取ってくれた。赤葦くん宛が偶然手に入っただけなのに、こんなに喜ばれるなんてなあ。何だか少し興味深くなり、私も乗ってみることにした。
「ホワイトデー待ってます」
「任せろ!」
任せろ、だって。
私は自分からお願いしたくせに何と返答すればいいか分からなくなって、とりあえずお辞儀して体育館を後にした。
◇
「…ごめん。そんな感じで渡せなくって」
昼休みの食堂で、写真の中の赤葦くんを気に入ってしまった友人へ一応報告の電話をした。落ち込むかなあと思ったけど、そうでもないらしい。
『マジでー!彼女いるよねーかっこいいもんねー仕方ないか。すみれ、あれ食べといて良いよ』
「…あ、その事なんだけど…」
かくかくしかじかで、赤葦くんの先輩であるバレー部の人に渡した事を告げた。すると友達はそっちのほうに驚いた。
『は!?初対面の人に??』
「アンタはそもそも赤葦くんと未対面じゃん」
『その先輩かっこいいの?』
この子は、かっこいい・かっこよくないという分割方法でしか男の子を見ていないのか。
赤葦くんは確かにかっこいい部類だと言うのは認めるけど、あの先輩はどうだったろう。背は高く、ガタイも良く、堂々としていて元気がいい。
って事よりもやっぱり、朝の神対応が一番印象的だった。
「かっこいいかは分かんないけど……あ」
『ん?』
思わず会話が止まった。
食堂の入り口に、今朝の先輩が現れたのだ。
真っ直ぐ購買に向かい、すでに売り切れ多数で品数の少なくなったパンを眺めて選んでいる様子。
『どしたのー』
「あ?ああごめん…ブラウニー渡した先輩がきた」
『おおー』
「あっ」
『んっ?』
先輩はパンをどれか選んだみたいで購買のおばちゃんにお金を払い、どこか手頃なテーブルが無いかと食堂内を見渡していた…ら、その彼を見ていた私と目が合った。
「おー!今朝の!」
そして、今朝みたいに大きな声で言ったかと思うと大きく手を振り近づいてきた。あれって私に向かって言ってる?今って私に向かって歩いてきてる?
混乱しているうちに私の目の前まで来て、そのまま先輩は同じテーブルの椅子に座った。
「ここいい?」
そして、もう座ってるくせに許可を求めてきた。
「どうぞ」
「急にミーティングになったせいで今から昼なんだよ!腹減ったー」
「…そうなんですね…」
私たち、今朝初めて会ったはずなのにいきなり世間話をされるので返答に困る。先輩はカレーパンの袋をばりっと開いて、ばくっと豪快に食べ始めた。
「そーいやさ!今朝のアレ!やっぱり赤葦に渡しとくか?」
「え…?」
「あん時はとっさに俺が貰ったんだけどさー」
口をもぐもぐさせながら先輩が言った。口元にはカレーパンの油とかくずが付いている。
そんな自分の口元はお構い無しなのに、赤葦くんへのバレンタインプレゼントを横取りした事は気になっていたのか…。
と言うか、それよりも。
やはり無意識に横取りしたのではなく、私を気遣ってあのような行動に至ったのか。
「…大丈夫ですよ。あげます」
「え?けど」
「あれは私の友達が、赤葦くんに渡してほしいって頼んできたやつなんで…」
「えー!?」
「わっ」
いきなり大声で(ただでさえ大声なのに)叫んだので、彼の口から机の上にカレーパンのパン粉などが散った。
すると、「あっ悪い悪い」とどこからかタオルを取り出してそれを拭き取る。
「あれ?赤葦のこと好きなんじゃないの?えーっと、えー…誰だっけ?」
いつの間にかカレーパンを完食していた彼は私を指さしながら言った。
「…白石です」
「白石は赤葦のこと好きなんじゃ、」
「いや…渡すのを頼まれただけで…気を遣わせてすみませんでした」
「気なんか遣ってねーけどよ!」
テーブルの隅に置かれているペーパーナプキンを手に取り、先輩は手やら口元を豪快に拭いた。同じバレー部なのに赤葦くんとはえらく雰囲気が違う。
「まぁそれならそれでイイんだ。お前が失恋したんじゃないなら」
「………?」
「失恋って辛いだろ?」
一瞬どきっとした。
この人やっぱり、「気なんか遣ってない」と言いながら思いっきり私を気遣っていたのだ。
「…あの…お名前なんて言うんですか」
今朝から今まで、大きな声と大きな仕草でダイナミックな印象しかないこの先輩。
それなのにこんなこと言われたら、嫌でも心を動かされてしまうものだ。だから名前を聞いてみた。
「俺?木兎!」
「…木兎先輩」
「先輩とかつけなくていい!なんか照れる」
「じゃあ…??」
なんて呼んだらいいですか、と首を傾げると彼は少し唸ってから言った。
「木兎さんでいい」
「…木兎さん。」
「そう!いいぞその調子」
木兎さんはまた私の背中をぽんぽん叩いてみせた。今も、先輩相手に緊張する私を和ませようとしているのかな?それは自分の都合のいいように考えすぎだろうか。
…なんで都合のいいように考えてるんだろうか。
「でもアレ白石の友達が作ったやつだろ?知らない子の手作りは気が引けるなー」
「一応私との合作です」
「おお?そーなの?じゃあ貰お!」
「………ど、どうぞ」
これも全部都合のいいように解釈したら駄目だろうか、私が作ったものだから「じゃあ貰お」と言ってくれてるなんて。
朝の時点では全くそんなつもりは無かったのに、赤葦くんにブラウニーを渡して友達の連絡先を教えてやるのが私の役目だったはずなのに。
「じゃー俺戻らないと」
「え」
かたん、と木兎さんが席を立った。
もう行ってしまうのか、もう少し話してみたかった。でも引き止めるほどの仲ではないしそんな度胸もなくて、残念だけど頷いた。
「デザートに白石から貰ったやつ食わなきゃ!」
「………!」
「じゃな」
がたん、どかどか、とやはり大きな擬音をたてながら木兎さんが食堂の出口へと消えた。
…木兎さん。
木兎さん。
木兎さんか…
「…やばい……」
好きになったかも。
今の出来事を、一緒にブラウニーを作った友達に報告と相談をしてみようとスマホを手に取った。
しかし、驚いたことに私のスマホ画面は「通話中」になっている。
「…あ。」
忘れてた。
もともと友達と電話してたんだった。
「もしもし」
『ちょっと!放置しすぎ!』
「ごめん…」
『全部聞こえてたし!』
「え!!」
びっくりしたけど木兎さんの大きな声と最新の音声通話技術を組み合わせれば、あの会話が筒抜けであったことは納得できた。
『赤葦くんに彼女が居たのは残念だったけどぉ』
「……うん」
『木兎さんには居ないとイイねー?』
「………」
…声だけじゃなくこちらの姿まで見えていたんじゃないかと思えるような声だ。彼女にはもう私の気持ちなんてお見通しらしい。
『逐一!報告連絡相談徹底する事。』
「…はい。」
赤葦くんへのバレンタインプレゼントを渡すのが今日の役目だったけど、赤葦くんには彼女が居たし御役御免。お次は木兎さんに彼女がいるかどうかを探らなければならなくなった。
しかも、今度は友達ではなく自分のために。
罪作りなインベイダー
心の中を侵略されるバレンタイン