きっかけを問いかけられると、きっとあの日が全ての始まりだったのだと思う。及川はきっと当たり前であやふやな存在だった俺を認識した。水に潜って初めて自分が呼吸をしていることに気付くように、及川は俺という存在に気付いた。まるで背後霊のように立っていた俺の存在をしかと視界に入れてしまったのである。けれど、及川徹は俺を隣に置くことだけでは飽き足らず、さらにそれを軸としてしまった。言わば、一般人がいきなり主役級のヒーローへと格上げしてしまったかのように、全てを捧げているバレーの中心に俺が欠かせない存在となってしまったのだ。
俺は俺でさらに及川の行動に目が離せなくなった。もともと自分のほうがあいつを見ていることなんてわかり切っている。小さな頃から世話のかかるやつだったから目が離せないというのも理由にあげることができるけれど、それよりなによりあいつはどこまでいったってバレーバカで、バレーに恋をしちまっているからだ。俺だってきっと他人から見たらバレーバカなんだろうけど、あいつほどにはなれない。だって、俺がバレーに触れたのだって、あいつがバレーをしていて、それがとてつもなくとても面白いものに見えたからだ。
面白そう。やってみたい。ボールに触れたい。あいつがトスするボールを返してみたい。
俺は哀れにもバレーに恋をしている及川を見て、及川がしているバレーに恋をしてしまった。だから、俺は及川ほどバレーに恋することができない。バレーに恋をされた天才どもを見ても…嫉妬心は抱かないといってしまえば嘘になってしまうが、それでもあそこまで毛嫌いはしない。敵対心を抱かない。だって、俺が恋をしてしまったのはバレーではない。及川がひたすらに情熱をかけたバレーなのだ。同じバレーでも意味が違う。
だから、どれほどバレーを考えても、あいつの存在は絶対に離れない。ある意味及川と同じようにバレーの中心にあいつがいてしまっている。あいつは知らないだろうが、こちらは毎日あいつの一挙一動に振り回されてばかりで、いつも頭を悩ませている。もっと深く言ってしまえば、寝ても覚めても奴のことばかりを考えてしまう。
でも、そのことに気付いたのは全てが始まったあの日ではなく、何気ない日常の一部分の会話だった気がする。いつもは聞き流していた他人の何気ない俺たちへの言葉が急に歪なカタチとなって俺に襲い掛かってきた。
昔から仲がいいんだ。すごいな。そんなずっと一緒にいて飽きない?俺も幼馴染いるけど、この頃はもう全然遊んでねーわ。高校の進路も一緒?お前らなら大学も一緒って言われても違和感ねーわ。
クラスメイトの言葉に、違和感がないって言われても実際にそうなるんじゃね?と平然と返したかった。しかし、なぜか発しようとした言葉は喉で突っかかった。漠然とした未来。その中に及川は平然といたのだ。それが今まで普通のことだと思っていたが、なぜかその瞬間、それを強く意識した。
そうして、あの日から無意識化で根付いていたそれはゆっくりとゆっくりと表面化し、その言葉で目を逸らせないほど大きくなってしまった。それを今更誤魔化せるほど俺は器用な男ではない。だから、俺は開き直って、意識的に及川のことを考えるようになった。
あいつは無理をしていないか。傷ついていないか。笑顔は守れているか。まだバレーに恋をしているか。そうやって探りながら視線を送る。
お前、及川のことよくわかってんな。
そんな言葉はもう聞き飽きた。だって、わかってるも何も俺はずっと及川を見てきてるのだ。笑った顔も怒った顔も泣いた顔も、全部一緒に共有してきた。わからないほうが、おかしい。
そうやって、お互いを甘えて、甘やかした俺たちが普通とは違う歪つな関係になるのは多分時間とタイミングの問題だった。どちらが悪いわけでもない。ただあの日から俺にとっても及川にとっても、何が起ころうと唯一の味方はお互いだけだと胸に刻まれてしまったし、裏切られてしまえば死ぬよりつらい絶望が襲うことなど考えるより容易いものになってしまっていた。それよりなにより、きっとお互いがわかってしまったのだ。言葉にしないだけで、あいつは俺が好きなのだと。
あの日のきっかけは今でも覚えている。始まりは小さな戯れだった。及川の部屋で二人でいたときに、及川がふざけたことを言って、俺が悪態をつく。そんな俺に及川が嘆いて、うざくなって殴る。学校ではそれで終わるのだが、部屋では他人の目がないからか、他人の目に敏感な及川は幾分か自分の気持ちが自由になり、仕返しをしだした。そんな及川に俺も仕返しして、そうしたら小さな取っ組み合いの開始だ。喧嘩ではなく、本当に戯れ程度のじゃれあいだった。小学生がしてそうなお遊び程度だ。しかし、及川が俺に乗り上げる格好になったとき、急に空気が変わった。
及川が真剣な顔をしだした。さっきまで擽りあいだとかそんなふざけてた雰囲気だったのに、その瞬間に何かががらりと変わった。こういってしまえば、最初にこの関係へと仕掛けたのは及川だったのかもしれない。でも、俺もそれが自然なのだというように、肘をたてて、あいつへと顔を近づけたから、同罪だ。
彼女がいるとかいないとか、男同士だとかそんなの関係ない。だって、お前、俺のこと好きなんだろ?
きっとそれは及川にも伝わっていたんだろう。及川は熱にうかされたような、ぼんやりとした少し潤んだ瞳をしながら、顔を傾けて唇を近づけた。
「岩ちゃん…」
名前を呼ばれるのと唇が重なったのはほぼ同時だ。こいつの口はいつもリップを塗っているせいか潤っていて、柔らかさと温かさが感じられた。反対にリップも何もつけてない俺の唇はいつも荒れていて、キスをするといつもは気にしない少しめくれた唇の皮が気になってしまう。きっとそれはこいつも同じで、少しだけ違和感を示した及川は少し唇を離して、舌を唇に擦り付けてきた。そして、及川の唾液のせいで幾分かマシになった唇を食む。
「はっ…」
「岩ちゃん、リップつけなよ」
「めんどくせー」
俺にとっては初めてのキス、こいつにとっての何回目かのキスが終えての初めての会話がそれだった。ロマンも何もありゃしない。たぶん、こいつがしてきたキスはいつもリップをつけてつやつやの唇だったのだろう。かさかさの唇に不満顔だ。だからといって、俺はこいつの要望に応えるつもりはない。むしろこれから先、女とキスをするときに艶々の唇に違和感を感じるがいい。そう思ってしまう俺はきっと及川に負けず劣らず嫌な性格なのだろう。でも、しょうがない。散々近くに居続けたのだから、相手の性格に寄って来るのは当たり前だ。
そこからすべて転がり落ちた。一が許されてしまえば、十も百も関係ない。好意など伝え合ったことはないが、わかっているだろうと変な信頼感を顕にして。他人が聞けばきっとありえない。バカなことだというかもしれない。でも、これが俺たちの常識だった。
「んぐ…うっ…」
「いわちゃん、力ぬいて…」
「ぬいてる…つぅの…」
及川とのセックスはいつも最初がつらい。たぶん、一か月に一度か、下手したら数か月に一度ぐらいしかやらないから、体が馴染まないせいだ。どれだけ前戯を長くしても、なかなか緩まない閉じきった孔に及川はいつも強引といっていいほどに捩じりこむ。だから、俺はいつも痛くはないがしんどい思いをするし、こいつはあまりのきつさに熱い息を吐く。俺がもっと日常的に後ろを慣らせば、もしかしたらこのセックスも最初からずっと気持ちいいものになるのかもしれない。いつも思ってるだけで、したことはないけれど。だって、自慰行為に尻に指を突っ込むなんてバカみたいじゃないか。それに自慰行為で尻を弄るために使うローションを毎回買えるはずがない。学生の小遣い額なめんなよ、クソが。
「相変わらず、きっついねー…処女みたい」
「うっせ…」
んなこと言って、処女抱いたことあんのかよ。いや、あるからこんなこと言ってるのか。こいつは顔の良さからかビックリするほどよくモテるから、処女の2人や3人喰っててもべつに不思議じゃない。ぜーぜーと息を吐きながら、なんとなしに考える。
及川は俺と身体を繋げてからも、変わらず彼女を作っていた。可愛い女、綺麗な女、年上で色気ある女、守ってやりたくなるような年下の女、様々だ。節操なしかよ。
しかし、俺はそれに嫉妬することが一度もなかった。どうにも俺には独占欲だとか支配欲というものは欠落しているらしく、及川がふらふらと別の女とセックスをしようが、キスをしようが傷ついたことはないし、お前は俺のモノだから彼女作んなとも考えたことがない。女子にモテまくってるから男のプライドとしてムカついたことなら何度もあるけど。
だから、俺はキャーキャー女子に囲まれているあいつにボールを投げることや怒鳴ることはあるが、彼女のことについては何も言わないし、こいつの好きなようにさせている。及川も及川で俺のその態度に気づいているので、堂々と俺の前で彼女らしい女の子と帰るし、デートの約束だってしてる。たまに自分のモテ具合に自慢をするぐらいだ。
俺がどうしてこんなにもほかの存在に気にかからないのかわからない。もしかしたら、男は浮気する生き物だと意識的に理解しているからかもしれない。もしくは、こいつの一番がバレーでそこから外れない限りは大丈夫だと高を括っているからか。どちらにしても、結局はこいつがバレーを好きな限り、恋をしている限りどうだっていいのだ。バレーを蔑ろにするような女が現れない限り、どこで遊んでようが関係ない。
「なに?考え事?」
ぼんやりしている俺に及川は口を尖らせながら聞いてくる。そりゃあそうか。セックス中に考え事なんて、俺も及川にされるとムカついて殴っているだろう。
「いんや…思い出してた」
「なにを?」
「女子のうわさでお前の性事情を知った時のこと」
「え、岩ちゃん。なにそれ…」
初めて聞きましたというような顔に、そらそうだと心の中で返す。だって、初めて言った。そもそもどうして、俺が今まで及川が俺とするまで童貞じゃなかったとか、ファーストキスじゃなかったのかを知っているのかというと、及川から聞いたわけではない。おしゃべりな女子の内緒話という大々的な暴露話を聞いてしまったからである。
「みんなのアイドルの及川さんは、セックスでも優しいんだと…気持ちよくて、本当に夢のようだったっていってた」
「えー、なんか照れるなー」
「照れんな。きめぇ。初めては及川さんがいいだとかも言ってたぞ。テクニックがやばい。ちんこがでかすぎず小さすぎないから、しんどくないし最後はメロメロになるんだと」
「なにそれ!マジで言ってたの!?ハズイ!!」
最初はあまりにも褒められるからかにやにやしていたが、いつの間にか顔が真っ赤だ。そりゃあ、そうだ。自分の知らないところで、男の下半身事情、もといセックス事情をバラされてるんだ。俺もそんなこと女子の間にバラされてたら恥ずかしくて死ねる。そもそも自分の性事情を赤裸々に話せる女子がすごい。ふつうは話さないもんじゃないのか。いや、及川が話さないやつだったからそうと思ってるだけで、もしかしたら周りのやつらは話しているのかもしれない。現にクラスメイト然りチームメイト然り、猥談はする。
「で、岩ちゃんはそれになんて思ったの?」
「テクニック(笑)ってなった」
「その言い方傷つくからやめて!」
「だって、そうだろ。何がテクニッ…うっ…」
話している途中で、中で大人しくおさまっていたそれはいきなりくんっと奥を突き、思わず声が漏れる。しかし、ぎゅっと締め付けてしまい、及川は及川で息をつめてる。けれど、ニヤリとした意地の悪い笑みはそのままだ。
「じゃ、あ…今日は俺のテクニック見せてあげようか」
「はっ…やれるもんならやってみろよ…」
日常的にも行われる売り言葉に買い言葉。それはセックス中にも平然と行われる。今更、及川と俺の間で雰囲気だとかなんとかは関係ない。しかし、普段では俺のほうが軍配が上がる可能性が高いが、きっと今の状況では受け手の俺のほうが痛い目に見るのはわかっている。でも、それだけであきらめる俺ではない。伊達にこいつの隣にいたわけじゃない。負けず嫌いの上にあきらめが悪いのはお互い様だ。
「俺が何回岩ちゃんを抱いてると思ってるのさ」
ゆっくりと、しかし音を鳴らすように及川は腰を動かす。羞恥を誘うこの音に官能が高められ、背中がざわざわする。こいつのいう通り、俺は何回も抱かれてる。でも、まだ10回超えたぐらいじゃないか?共にいた月日を考えれば、その回数は驚くほど少なく感じる。
「岩ちゃんの弱いとこなんてわかってんだからね」
けれど、それはこっちのセリフでもある。抱かれた回数は少ないが、こっちは何年お前を見てきたんだと思ってんだ。お前と違い、お前だけに抱かれてるんだと思ってんだ。
及川は萎えかけた俺の中心を軽く扱きながら、中の前立腺を擦りながら緩く奥まで突き出す。そうすれば、俺が簡単に快感に落ちていくことを及川はよくわかっている。けれど、俺も負けじと及川の腰に足を回す。いつか見たAV女優のように、鼻のかかったような声を出して、意識的にやつを締め上げながら、
「あ、い、いい…いい、きもちい…おいかわぁ…もっとぉ…」
「……っ!」
普段はいやだいやだと逃げるような言葉をなくして、ちょっとだけ素直になって強請ってやる。首に腕を回して、頭がおかしくなりそうなところを擦りつくように腰を動かして、及川を誘う。だって、いやだなんて逃げたら、負けてるみたいだろう?
そうすれば、及川は簡単におちる。男なんて単純なもので、好きな奴に求められればテクニックなんか関係ない、ただのバカのように腰を振るだけの獣になってしまうのだ。及川だって、積極的な言葉を使ったことがない俺の反応に頬を真っ赤に染めると同時に中に入ってるそれがでかくなる。吐き出し寸前のパンパンのそれに呻きながらもにやりと笑ってやると、及川は下唇を噛みしめて俺をにらみつける。そんな真っ赤な顔で睨んだって怖くねーよ。
「い、わちゃん、覚悟しなよ…」
あ、やべ、別のスイッチ押しちまった。早く出させて早く終わらせるはずが、明日は腰痛だ、と少しだけ後悔した。
「い、く…ひっ、あ、あ、あ…ひぃっ!!」
後ろだけでイクのは気持ちいいが、正直しんどいし、奥に熱が溜まったままな感じがして、前だけで射精した後のような冷静さが戻ってこないから正直苦手だ。初めはあんなつらかったのに、何回か前を弄られながら達してしまえば快感しか拾わない俺の孔は順応能力が高すぎるとしか思えない。及川はテクニックなんてほど遠い、本当に腰を動かすだけの動物に成り下がったように俺の中をガンガンと突く。普通なら痛いはずなのに痛みなんかなく、むしろ気持ちよくてたまらない。
そういえば、後ろだけでイくには相当の時間とテクニックが必要らしい。何かの雑誌に書いてあった。そんなにこいつとセックスをしているわけでもないし、男なんて俺しか抱いたことがない上に、自分の気持ちいいように動くこいつにテクニックがあるとも思えないから、俺はもしかしたらそういう才能があったのかもしれない。そんな才能をくれるなら、バレーの才能がほしかった。それかもう少し身長がほしかった。
「こーら、岩ちゃん」
「あ゛っ!」
少しでも現実逃避してぐちゃぐちゃの思考を手放さないようにするが、この男が許すはずもなく、すぐに快楽の渦に戻していく。及川も何度も達していて目の奥がドロドロだ。それでいて、まだ情欲の炎が消えてないんだから及川はまだまだやる気なんだろう。
「ふっう、ぐ、しつこ…」
「だって、俺…まだ満足してない、し…はっ…」
「ま、んぞく…しろぉ…!!ひぐっっっ!!」
「あれ?またイッちゃった?」
「ひっ…はー…ぁー…」
「岩ちゃんもバカだねぇ…俺にもっととか煽るからだよ」
くるりっと簡単に体をひっくり返され、腰を持ち上げられる。しかし、何度も打ち付けられてバカになった腰は痙攣して、上手く膝で支えきれない。及川の手がなければ、簡単に落ちてしまうだろう。それがわかって、首を何度も横に振る。
「も…こし、たたな…」
「うちのエース様が何言ってんの?足腰鍛えてるんだから、頑張れるでしょう?ほら」
「ひっ!」
ペシンッと軽く尻を叩かれる。それだけで全身がビクついてしまい、吐き出したばかりのそれも震えてしまう。
「それとも俺のテクのせい?腰抜けちゃった?」
「う、るせ…」
この言葉に認めたくなくても、そうです。俺の負けですって口先だけでも言ってしまえばどれだけ楽か。だけど、まだ残る理性の中の意地がそれを拒否する。震える足腰を踏ん張って、尻たぶをつかみ及川に痴態をさらす。
「お、まえのはテクじゃねーよ…絶…倫、やろうが…ぎゃくにお前の精液全部絞りつくしてやるよ」
「ふふっ、さすが岩ちゃん。俺が絶倫なら、岩ちゃんは淫乱だね」
「ふざけ…」
「俺たちってお似合いだね」
耳元でそう囁きながら、一気に最奥まで突き入れられる。何回も吐き出したはずのそれは未だ逞しく、俺に電撃を浴びさせる。
「ぁっっっ――――!」
「あ、ははっ、岩ちゃんはやーい。さっきの威勢、どこいっちゃったの?俺の精液絞りつくしてくれるんじゃなかったっけー?」
ガクガクと震える腰を弄ぶように、及川はゆっくりとグラインドさせる。それだけで何度もイかされた体は跳ね上がる。
「く、そ…くそ…」
「やっぱり、岩ちゃんも及川さんにメロメロになってたわけだ」
及川の舌が背骨から項、耳へと這わされ、聴覚まで犯される。ただでさえ粘ついた水音が耳についたのに、さらに意識が強まってしまう。
「や、めろ…くそ…」
「も〜、悪いお口はこうだ」
「んぐっ…」
囁く声と同時に指が口の中に入る。上顎、舌、歯へと好き勝手に動く指に噛むわけにもいかず、だらだらと唾液が流れ出てしまう。舌で抵抗しようにも、舌を指で遊ばれてしまうし、力が入らない手は及川の腕をつかむことができるが、ほとんど添えてるだけで抵抗も何もできたもんじゃない。
「岩ちゃんの口の中もあっつい…溶けそう」
「ふっ、うー…ん…ぐっ…ぅえ…」
あまりにも奥へと侵入する指に嘔吐いた俺の声にさらに興奮したのか、うっとりとした熱い息を俺の耳の奥へと吹きかけられてしまう。耳も口も後ろも、あなというあなをおかされ、頭が変になりそうだ。
みんなに優しい、それもセックスではとびっきり優しいと評判の及川は俺とのセックスは自分本位になる。それを自覚するたび、自分の性格の悪さと、それがわかっていてわざとひどく抱く及川の性格の悪さに辟易する。
「いわ、ちゃん…だすよ…」
「ふっう゛…う゛ーん゛ー!」
直腸の奥に出される感覚にイってしまう俺はたぶんもう普通に戻れない。体がそういうふうになってしまっている。及川の手によって、俺はゆっくりと着実に及川好みの体になっていっていることだろう。その事実に少しだけ恐ろしく感じた。
「岩ちゃん…」
口から指が、孔から及川の性器が抜け出し、口づけられる。どろりと腹の奥から流れてくる感触に俺の体は勝手に震えた。
「これ以上したら、さすがにバレーに支障が出ちゃうよね」
そういって、ほほ笑むあいつに俺はただうなずく。なら、もう少し早く終わってくれればよかったのに、と思っても口に出すことはなかった。
どこまでもバレーに恋してるこいつはバレーに影響が出るとわかるほどやれば、さっきの執着ともとれるほどのドロドロの情欲の炎はあっさりとなりを潜め、すぐに離れる。普段からセックスをしないのもこのためだ。受け入れる体にできてない俺の体はどうしても負担がかかる。これでバレーに影響が出たら、及川は死ぬほど後悔するだろう。だから、部活が休みである翌日にほどほど影響が出ても、翌々日には影響が出ない程度に。影響が出るとしてもロードワークはできる程度に。その熱いのか冷めてるのかよくわからない計算されたセックスにもう慣れてしまったが、いつ見ても切り替えがはやいことで。と少し感心する。
セックスができない代わりというかのように俺を仰向けに寝かせて抱きしめ出す及川に俺は力の入らない腕を無理やり起こし、抱きしめ返した。こいつのほうがでかいし、体重も重いから、少しだけ息苦しいが、こいつが甘えてると思ったらむやみに離そうとは思わない。そもそも、力が入らないから退けることすらできないわけだけど。
バレーに恋をしている及川に恋をしてしまった女はどれだけ優しいセックスをしてもらっても、どれだけ甘やかせてもらっても、及川に愛想をつかすことが多い。それはやっぱり、及川の一番はバレーだからだ。でも、それもそうだろうと思う。恋をしてしまったら自分を第一に見てほしいと考えるのは当たり前のことだ。だから、及川はバレーに愛されちまっている天才を憎んでいるんだろうし、女の子は自分を一番にしてくれない及川にやきもちをやく。恋というものはそれほど貪欲に相手を求めてしまうものなんだろう。
及川の勝手に振り回されながらも、及川の一番じゃなくてもずっとそばにいられるのはたぶん俺だけなんだろうってぼんやりと確信に似た思いがよぎる。
「おいかわ…」
「ん?」
顔を上げた及川に俺はじっと見つめる。そうすると、心得たというように及川はもう一度俺の唇を重ねた。唾液でべたべたの唇にあいつは違和感を感じないだろう。
及川も俺もきっとお互いのことが好きだとわかっている。だから、キスだってできるし、セックスもできる。なんでもわかりあえる。
けれど、これはきっと恋じゃない。
END
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