黄瀬の今日の仕事はファッション雑誌の撮影だった。ファッション雑誌は、当たり前だが書店に並ぶときにはその季節にぴったりなファッションをしていなければならない。そのため、撮影は早い段階で行われる。今の季節である春ならば、今日に着る撮影の服は真夏の格好だ。
 室内の撮影場所では空調設備も万全で風邪をひくことはないのだが、外になると話は別だ。日中は日に日に気温は高くなってきているが、日が沈めば肌寒くなる。もう少し上着は手放せないかなと、黄瀬は冬とは違い吐いても白くならない息を吐き、マンションに入った。手から提げている袋には、撮影終わりに余ったからとプロデューサーからいただいた弁当が1つ。男の一人暮らしをしている黄瀬としては有難い夕飯だ。


 それにここの弁当うまいんっスよねー。


 思わず鼻歌を歌ってしまいそうになったとき、ふとエレベーターに人がいることに気づく。黄瀬がすぐに平静を整えると同時に、その人物が誰か気づいた。

 黄瀬と同じ階に住んでいる警官だ。警官といっても、強面の上に遅刻の常習犯の問題児と言われているお巡りさんだが。しかし、やるときにはやるお巡りさんだと、この街の住民は知っているため信頼は厚い。今は警官の制服ではなく私服であるが、いつ見ても頼りたくなるその背中に黄瀬は急いで駆け寄っていった。


「青峰っちー!」


 平静を整えることを忘れた黄瀬はブンブンと手を振ると、青峰は気だるげに振り返る。黄瀬の姿はまるで飼い主を見つけた犬のようで、青峰は苦笑をまじえながら手を上げた。


「よー」

「仕事帰りっスか?」

「まあな」

「何だか久しぶりに見た気がする」

「そうか?あー、でも最近遅番だったしなー」


 会話している2人に、チンッとちょうどよくエレベーターの扉が開く。中には誰もいなかったので、2人はすぐにエレベーターに入り、我が家がある4階のボタンを押した。


 会話を続けていた2人だったが、密室になると自然とさきほどは気づかなかった匂いは充満していくようで、青峰はいきなりくんくんっと鼻を鳴らした。そして、すぐに黄瀬が持っている袋へと目をつける。


「すっげー美味そうな匂いするんだけど」

「あー、これっスね!今日プロデューサーさんからもらったんス!」

「へー」

「ここの弁当すっげー美味いんっスよ!」


 黄瀬はいつも青峰がコンビニ弁当やカップラーメンなどズボラな食生活をしていることを知っている。黄瀬も青峰も料理は苦手ではないのだが、仕事から帰ってきて食事を作る気が起こらないのだ。だから、いつものコンビに弁当ではないというちょっとした自慢のつもりで黄瀬は言ったのだが、どうだと言わんばかりの言い方にべつにお前が作ったんじゃねーし、コンビニ弁当とそんな変わんないだろと青峰は呆れていた。


4階に着いたエレベーターに2人は会話もほどほどに、それぞれの部屋に向かう。久々に青峰にあえたこと、美味しいご飯にありつけることにいつもより気分が高揚している黄瀬はポケットに入っている鍵を取り出していた。しかし、隣の部屋である青峰は鍵も開けずにドアノブを捻っている。


 あれ?青峰っちカギかけてない?


 青峰は1人暮らしだ。それにさきほど黄瀬に仕事帰りと言っていた上に、警官であるはずの彼が防犯の基本である戸締りを忘れるはずがない。

 もしかして、彼女と同棲!?だから、さっきの弁当にそれほど興味を持ってなかったとか!?

 黄瀬が知る限り、青峰に彼女がいるようには見えなかった。部屋にお邪魔したことがあるが、青峰の部屋はいつも散らかっており、黒子や赤司がたまに訪れて掃除をするぐらいにしか聞いたことがない。

 でも、実は本当は彼女がいて、青峰っちの照れ隠しでいないフリをしていたとしたら…!

 瞬時に導き出した答えに黄瀬は好奇心の塊で青峰が開けたドアをじっと見つめる。青峰はそんな黄瀬の不躾な視線に気づかず、ドアの中に入っていった。









「ただいまー」

「大輝遅いぞ」

「青峰くん、僕お腹空きました」

「へーへー。それはすいませんでしたー」


 それは黄瀬がよく知っている2人の声。黄瀬と青峰とは違い、まだ大学生である黒子と赤司だ。その声が聞こえた瞬間、黄瀬が想像していた女性の姿はすぐさま黒子と赤司の姿に変わる。
 黄瀬の想像の中でエプロン姿の黒子と赤司が青峰に料理を振舞っている姿や恋人同士が行うような「あーん」と言って食べさせてあげる姿…
 年齢と身長のせいか、黄瀬にとって赤司と黒子は可愛くて愛でたい対象だ。そんな2人に甲斐甲斐しく世話を焼かれる青峰の姿は正直いって羨ましい。


 それは断固阻止!!





「あああああおみねっちいいいいい!!」



 バターンッと青峰が閉めかけた扉を力任せに開けば、驚いたような青峰の顔。そして、すぐ後にどうしたどうしたと黒子と赤司が玄関まで迎えに来た。


「涼太じゃないか」

「青峰くんに何か御用ですか?黄瀬くん」


 黄瀬の想像通り、2人はエプロンを着けていた(赤司は割烹着だったが)。まるで妻である。


「ズルい!ズルいっス!何でオレに教えてくれなかったの!!?」


 こんな美味しいシチュエーション!


 血走った目をしながら、ガクガクと肩を揺さぶる黄瀬に青峰は瞬時に理解する。しかし、青峰にとってこれは月に数回ある程度の定番の行事である。あまりにズボラな生活を送り続けている青峰にいずれは栄養失調で倒れかねんと心配した赤司が青峰の予定を聞いて(勝手に)作りに来てるのである。お前は母ちゃんかよと思うのだが、青峰にとってはいつも味気のないコンビニ弁当ばかりで手作りのご飯を味わうことは滅多にない(幼い頃からの幼馴染も心配しているのだが、料理が壊滅的に悪いので弁当はいつもお断りしている)ので、貴重な他人からの手作り料理を美味しく戴いている。

 べつに青峰は赤司の料理を独り占めにしようなどと考え、黄瀬をわざと誘ってなかったわけではない。黒子も以前たまたま赤司が買い物をしているときに会い、それで知ったらしいので、要はタイミングの違いだ。それに加え、


「おめーは美味しい弁当があるんだろ」


 さきほど、それで自慢したばかりではないかと反論するが、黄瀬は涙目になりながらも怒ったような顔をしながら言い返す。


「それでも誘ってよ!一人で黒子っちと赤司っちのハーレム築こうたってダメなんスからね!」


「野郎ばかりが集まってどこがハーレムなんだよ!」


 ぎゃーぎゃーと騒いでいる黄瀬と青峰に、呆然とそれを眺めていた赤司と黒子は顔を見合わせ、小さく噴出した。



 今日はどうやら賑やかな夕食になりそうだ。




END

第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -