あれから、また1週間経った。だから、事故から2週間経ったということになる。敦はまだ目覚めない。このまま一生目覚めないかもしれないという考えがたまによぎることが多くなった。それと同時に敦がいないことに慣れてきてしまった自分が怖いと思った。

 その日は練習が早く終わり、昼間から病院に行ってみようと思った。黒子に会うのは少し怖かったが、2週間も日が空いたのだ。彼もきっと気持ちに整理ができているだろう。
昼間の病院は太陽の光が入り、清潔感が溢れている。夜の生きている者を寄せ付けないような静かな空間はそこにはなかった。敦の病室に行くと、やはり思ったとおり黒子がいた。こちらに向かって座っているが、下をむいていてこちらには気づいていない。開いている窓からは風が入り込んできているのか、黒子の髪がそよそよと揺れている。そして、しばらく経ったあと、病室の入り口に僕が立っていることに気がついたのだろう。黒子は顔を上げて、僕を見た。




 「赤司くん……」



 黒子の瞳は以前より透明感が増した気がした。そして、目の下にはうっすらと隈ができている。よく眠れていないのだろう。僕は反対に、あの日以来よく眠れるようになった。多分、一種の現実逃避だろう。だからなのか、いまだに悲しみにも暮れず、いつもと同じような生活を送れているのだと思う。



 「黒子…ちゃんと寝ているか?」



 黒子に近づいていきながら聞くと、黒子は薄く笑った。




 「寝てますよ。たまに青峰くんたちが来て、無理矢理寝させられます」


 「青峰らしいな」



 黒子の傍にあの男たちがいてよかったと思っている。多分、崩れ落ちそうな黒子をずっと支え続けたのは青峰や黄瀬だろう。青峰は、部活は出ているのに授業には出ていないと教師から話を聞いたことがある。黄瀬もモデルの仕事と嘘をついて、病院に行っていたらしい。黒子のつらさなど、きっと僕や青峰たちは永遠にわからない。わからないけれど、黒子には元気でいてほしい。その思いが黒子にも伝わったのだろう。以前に比べて、大分顔色がいい。事故の当日にあった黒子は本当に消えてしまいそうだった。

 僕は黒子の隣に置いてあるパイプ椅子にこしかけ、黒子の頭を撫でる。そう黒子は何も悪くない。だから、いつまでも敦のことで沈んでいるのは僕としても悲しかった。だから、本当に青峰や黄瀬に感謝してもしきれない。



 「赤司くん」


 「なんだ?」


 黒子の瞳が僕を映す。なんとなく、敦の話だなと思った。僕は自然と黒子の頭に乗せていた手を退いた。




 「事故が起こる前……紫原くんが言っていました」




 思ったとおりだ。黒子の膝の上で置かれている手は強く握りしめられている。まだ事故の日を思い出すのがつらいのだろう。多分、ここでも僕と黒子の差が起きている。黒子は事故の日を全て覚えている。鮮明に。けれど、僕はあの日の記憶はひどく曖昧なのだ。自己防衛というのは本当にすごいと思う。多分、僕がこの記憶を覚えていたら、黒子のように壊れかけていただろう。












 「何があってもずっと赤司くんのことが好きだって…赤司くんもそう思ってくれたらそれだけで幸せだって」










 その言葉に思わず目を見開く。2人がそんな会話をしているなんて思っていなかったからだ。





 「紫原くんに比べて、赤司くんってなかなか好きだとか言わないらしいですね。なんとなく想像はつきますが。だから、好きだと言ってくれる明日がすごく楽しみ、だ…と…」




 黒子の目からゆっくりと涙が流れる。黒子は慌てて手でそれを拭う。




 「すいません…」




 まだその日のことを黒子が思い出すのは酷すぎた。僕はポケットに入っていたハンカチを渡す。黒子はありがとうございますと言いながら、それを受け取る。しかし、流れ出た涙がなかなか止まらなかったのだろう。






 「ちょっとお手洗いいってきます…」





 そういって、黒子は逃げるように立ち去った。僕はそれを見送った後、敦へと視線を戻す。頭の包帯も取れて、本当にただ眠っているだけの敦。僕はゆっくりと髪を撫でる。






 「まさか、黒子にそんなこと話しているなんて思わなかったよ。」




 まさか、他のメンバーにも言っているのだろうか。それは恥ずかしい。かなり恥ずかしい。自分でも敦と2人のときは普段の自分とかなりギャップがあるとは気づいている。それがバレてしまうのは、本当に恥ずかしい。敦が起きたときは、あまり言うなと釘をさしておかねばならない。けれど、そのおかげで黒子から嬉しい言葉が聞けた。





 「…僕も何があってもお前が好きだよ」





 愛しさを込めてつぶやいた。届くように、彼に届くように。























 ピクッ…







 「あ……つし…?」






 声がかすれた。今、見間違いではなければ、彼の目蓋が動いた。僕の言葉に反応するように動いたのだ。




 「敦!きこえるか!?」



 大きな声で呼びかけると、目蓋はぴくぴく動き、ゆっくりと開かれていく。






 「だ……れ…?」





 かすれた声。あぁ、敦の声だ。敦がしゃべっている。僕に向かってしゃべりかけている。




 「僕だ、赤司征十郎だ!」




 興奮を抑えきれず、大きな声で言いながら、彼の瞳いっぱいに自分の顔が映るように顔を近づける。




 あぁ、やっと目覚めてくれた。嬉しい。嬉しい。早くお前に伝えたかったんだ。早くお前に抱きしめてもらいたかったんだ。






 「……あ…かし……?」





 彼の瞳は開き、僕を映す。まだ起きたばかりだから、頭が正常に動いていないらしい。それでもいい。起きてくれたのだから。





 「そうだよ、わかるか?」




 ゆっくりと理解しやすいようにしゃべりかける。敦が理解して笑いかけることを期待して…




 いつものように「赤ちん」と呼んでくれることを待っていた。

























 「……だれ?」











 僕は彼の言葉が理解できなかった。





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