コンコンッ



「入っていいよ」


ガラッ



「…やっと、退院だな。おめでとうなのだよ」


「ふふっ、ありがとう」


 ノックをした後に入ってきた男―――真太郎は手におさまっていたハンガーと花束をこちらに投げてきた。退院祝いには不釣合いであるハンガーを持ち、すでにこれを渡された意味を理解しているが、質問を投げかける。


「これは?」


「明日のラッキーアイテムなのだよ」


「これも毎日ご苦労だったな」


 やはりな。と思いながらも、律儀な真太郎につい笑みがこぼれる。入院してから今まで毎日ラッキーアイテムをもって来てくれたおかげでベッドサイドにある机の上には、溢れんばかりのぬいぐるみや雑貨、食べ物で溢れているのだ。真太郎なりの心配だと思うが、真太郎と違いおは朝の信者でもないし、占いの類は信じていない。きっと、ラッキーアイテムを持たなければ瀕死になる真太郎とは違い、ラッキーアイテムの効力は薄いだろう。だからか、僕の退院は予定より数週間ほど伸びた。

 まぁ、それが原因じゃないって十分わかっている。ただの自業自得だ。


「そういえば、秀徳高校は受かったのか。たしか、わざわざ学力で受けたんだろう?」

「ああ。もちろん合格なのだよ」

「和成も?」

「当たり前だ」


 今日が確か合格発表の日だということを思い出し聞いてみたが、聞くまでもなかったようだ。当然という顔で答えられた。わざわざ推薦を蹴って、学力で受けに行くなんて真太郎も和成も大したものだ。和成は完璧に面白がってだろうけど。


「それは良かった。おめでとう」

「赤司は…確か、洛山高校だったか?」

「ああ」


 僕の脳裏には、ゆっくりとあの日の教室が思い出される。敦に陽泉を勧め、はじめてキスをした日。幸福を感じた日。


 いつだって、運命は僕の思った通りに動きはしない。



「…紫原は結局あの日以降来なかったのか?」



 伺うように尋ねる真太郎に、真太郎らしくないなと苦笑した。


「当たり前だろう。僕の体に障るから面会謝絶になっているし、もし仮に看護士にバレずに侵入したとしても病室が移動している。そもそも、こんな場所にもう来ないさ」


 あのときに、好きといわないで良かったと安心する日がくるなんて思わなかった。そのおかげで敦をからかって遊んでいただけだと騙すことができた。


「学校でも変わりはないのだろう?」


「ああ。いつもと同じようにお菓子を食べながらぼーっとしていたのだよ」


「それが答えだ」


 もっと怒り狂うのかと思っていた。いやだいやだと泣き喚いていて暴れまわると覚悟していたが、彼はそっかと言っただけだった。少しだけ悲しそうな顔をして、また来るとだけ言って、彼は帰っていった。もしかしたら、僕のケガの具合を見て我慢したのかもしれないと思ったが、学校でもいつも通りだというのなら敦にとって僕という存在はそれほどのものなのだろう。

 逆に敦が帰った後の僕の方が大変だった。泣いて、泣いて、涙が枯れるんじゃないかと思うぐらいに泣いた結果、熱を出してしまって、ケガが悪化してしまった。それで全てを察した医者は、ケガが完璧に治るまで敦を出入り禁止にしたのだ。



 それが全て想定どおりの結果なのに、敦が来なかった事実に少しだけ心が痛んだ。




「さっ、真太郎。このカバンを下のタクシーまで持っていくのを手伝ってくれ。君がくれたラッキーアイテムのおかげで荷物が多いんだ」


「それぐらいはかまわないが……本当にあの家に帰るのか?」


「当たり前だ」


「本気で調べるつもりなのか?意味がないのだよ」


「何度も言っている。意味があるかないかは僕が決めることで真太郎には関係ない」


 敦と教室でキスをした日から数ヵ月後。父に敦との交際がバレた。誰からそれが伝わったのかは知らないが、父は勝手に交際していた上に同性愛だということに悲嘆していた。ああ、お前はそこまでもできそこないだったのか。と父は侮蔑の表情を浮かべ、どちらが唆したかを聞いてきた。父はきっと敦から告白をしてきたのをわかっていた。けれど、なぜそう聞いてきたのか。わかっている。僕がこれ以上のバカなことを起こさないため、わからせるためだ。どちらが上位で、どちらが下位の存在であることを。

 その結果、出来損ないとまたしても言われ、殴られた。まさか父にも殴られるとは思っていなかったから、受身もとれないまま僕は机の端で目蓋を切り、倒れた。そのときに多分頭をぶつけてしまったのだろう。記憶が混濁し、父が母に見えたのだ。

 ごめんなさい。ごめんなさい。殴らないで。僕、いい子にするから。やめて。やめて。許してください。なんでもしますから、殴らないで。お願い。母様、許して。

 目の前にいる人を母だと思いこみ、子供の頃のように僕は何度も謝っていた。しかし、そんな僕の様子に父は呆れ返っていた。



 こんなやつを今まで世間に出していたなんて恥ずかしい。ただでさえ、物の怪憑きという化け物のレッテルを貼られているというのに。何だ、今の言葉は。許しを請う、ましてやなんでもするなど馬鹿げたことを言うなんて、負け犬の言うことだ。全てに勝つ赤司家にはいらない。もうお前には価値がないな、征十郎。



 そういって、僕は二階の窓から庭に落とされた。


 母に捨てられ、父に見限られ、本当の意味で僕は捨てられた。しかし、それを悲しいと思う前に、落とされる数秒、僕は敦を思った。こんな僕を必要だと、傍にいて欲しいと言ってくれた敦。こんなにも人に必要としてくれるのが嬉しいことだなんて知らなかった。触れ合える幸せなんて初めて知った。それを教えてくれた、愛しい人。













 そこからの記憶はない。けれど、真太郎がたまたま赤司家に用があったため訪れてしまったせいで、その現場を見てしまったらしい。だから、手を滑らした事故だと周りには言っているが、事の真相を知っているのは僕と父と真太郎だけだ。

 だから、敦と僕が恋仲だと知っている上に事件の真相を知っている真太郎だけが僕の目的を理解している。この忌まわしい呪いを解こうとしていることを。両親からいらないと言われたできそこない僕を愛してくれた敦を幸せにしてあげようと決めたことを。












 ねぇ、敦。





 あの時いえなかったけれど、僕は君が大好きだよ。だから、こんな親に、血に全て決められた運命など、僕が全て断ち切ってやろう。それが僕の唯一できる敦を幸せにできる方法だ。






 それさえ叶えられたら、もう何もいらないから。






 どうか、敦が幸せになりますように。





Next...?
(続きは原作で!)


Back




「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -