「赤ちん!?」
慌てて誰かが駆け寄ってくる音が聞こえる。
違う、誰かじゃない。この声は敦だ。そうだ、ここは学校だ。怒る人も殴る人も誰もいない場所だ…。だから、もう怒られない。敦がいるから安全だ…怖いことなど何もない。
「吐きそうなの!?大丈夫だからね!今、トイレに連れて行ってあげるから」
「だ、いじょ…ぶだ…」
僕の背中を撫であげながら今にも担ぎあげそうな敦を、腕の裾を引くことで止める。敦は戸惑ったような顔で僕を見ているなか、僕はゆるゆると今まで座っていた椅子の脚部分を背もたれにして床に座った。敦も床に膝を着いて僕を心配そうに見ていて、この状態じゃ敦のズボンが汚れてしまうなと頭の片隅でぼんやりと思った。
「でも、気持ち悪いんでしょう?我慢しないほうがいいよ」
「あつしが…」
「なに?オレが?」
「敦がいてくれたら…僕は大丈夫だ」
試合ではゴールを、日常では僕を守ってくれるこの大きな手、たくましい腕。それらを撫でながら、大丈夫だと意思表示するために微笑む。
本当のことだ。あれだけ気持ちが悪くて、全てを吐き出してしまいたかったのに、敦が現れたとたん簡単に治っていく。敦は特効薬だね、と言うと敦はくしゃっと切なそうに顔をゆがめた。褒めたつもりだったが、どうやら違う意味でとられたらしい。あまりにも敦が泣きそうな顔だったので嘘だよと訂正を入れようとしたら、その腕が僕を抱きしめる。
「大丈夫だから。オレがずっといてあげるからね」
「いきなりどうした?こんなの、さきほど敦に告白しに来た女子生徒が聞けば卒倒ものだぞ」
耳元で低く囁いた敦に、口は天邪鬼なことを返す。けれど、敦は僕をさらに抱きしめるだけ。
「んなの、しらねーし。ってぇか、本当にあの女も空気読めなさすぎ」
はぁっとため息を吐く敦にどうかしたか?と聞くと、敦は強く拘束していた腕を解いて、僕の肩に手を置く。
「さっきの続きだけど、赤ちん、恋人になろ?」
「は?」
恋人、という言葉を完璧に咀嚼できる前に、続き?何の?と疑問符が飛びそうになったが、敦は続ける。
「もうそんな表情する赤ちん見たくない。オレだけを見て。そのちっちゃい頭の中、オレだけでいっぱいにさして。あんなやつらのこと忘れてオレだけを覚えていてよ」
「な、何を言ってる?そ、それに…敦と恋人、なんて…許されない」
敦が言っている意味が半分も理解できない。けれど、告白をされているんだということは理解できて、とっさに否定の言葉が出た。けれど、敦の強い瞳は変わらない。
「許す、許さないの問題じゃないし。オレは赤ちんがほしい。赤ちんの特効薬は一生オレがいい。他のやつに絶対とられたくない」
「あ、あつし…」
「赤ちんは?赤ちんは、オレがほしくない?」
ゆっくりと敦の親指が僕の唇を撫でる。それがあまりにも本心を言ってしまえと誘っているようで、僕の口は勝手に動きそうになってしまう。
ほしい。
僕だって敦の全部がほしい。僕のものである証がほしい。その唇にキスしたい。その身体にずっと抱きしめられていたい。
けれど、本当に僕が敦を縛っていいのか。こんな僕が、本当に、敦を。こんなに優しい人間を、縛っていいとでもいうのか。
「赤ちんは、オレのこと買いかぶりすぎなの」
「え?」
「オレは赤ちんが思ってるほど優しいやつじぇねーよ。いつも自分のことばっか考えてる。赤ちんに優しくしたり、何でも言うこと聞くんだって、赤ちんがオレのこと好きになってもらうためで…」
だから、ね?と首をかしげて問う敦はいつもの子供らしい仕草なはずなのに、表情はさきほどちらりと見せた大人びていて…
「あ…う…」
素直になってもいいのだろうか?こんな僕を好いてくれるというならば、僕もこの気持ちを返してもいいのだろうか?ああ…でも…
敦の強い瞳で欲望に負けてしまいたくなるが、どうしても今まで教えられてきた未来がちらりちらりと頭の隅でちらつく。そのせいで何度も口をあけては閉じてしまう。優柔不断という言葉は僕に似合わない言葉だというのに、返事を出さない僕に、敦は、よし、わかった。と勢いよく言った。
「今から、オレが赤ちんにキスするまでに考えてよ。べつに言葉にしなくてもいい。了承なら頷いて、イヤなら首を振るだけでもいい。オレ、待つの嫌いなの。今決めてもらわずに時間を空けるとか全く考えられないし」
そういって本当に顔を近づけてきて、僕は思わず後ろに下がろうとするが、敦に肩を掴まれてる時点でそんなことは出来ないとわかりきっている。徐々に近づいてくる敦に火照る顔が熱い。心臓が爆発しそうだ。
「あ、敦…!」
「なに?赤ちん?」
敦の息が唇に当たる。もう1秒も経たずに触れてしまうかもしれない。けれど、目を閉じるほど心が決まっているわけでも、突き返すほどの力はない。
「もう少し…んんっ!」
もう少し待てと言おうと思ったのに、その前に唇はぴたりとくっついてしまった。それと同時に敦の手は頭に回っていて、もう拒否は許されなかった。
「ん…はっ…あっ、ひぇっ!…っふ、んっ、ん…」
一度目のキスが終わり、離した瞬間に敦と呼ぼうと思ったら、次は舌まで入ってくる。もう何がなんだかわからない。こんなキス、そもそもただ唇を合わせるだけのキスすら初めてだというのに、いきなりこれとはどういうことだ。
そもそも僕は好きと返せてない。今の時点では敦の強引なキスであり、同意ではない。これは良くない。決して良くない。
けれど、敦は僕の心情がわかっているのか、口を離して息を吸わせるが、反論が出来るぐらいに回復したときにはまたキスをされてしまう。大好きな人からのキスだ。そう何度もキスをされてしまえば、もう反論やら見栄など消え去って、愛しさしか湧き出ない。
気がついたときには自分からがっついてキスをしていた。離して、また舌を吸うようなキスをして、そのまま咥内をかきまわして、お菓子の味で溢れている敦の口の中を僕の唾液で埋め尽くしたりして…とりあえず、何十分も貪りあっていた。
「ふ…はぁ…」
「…はっ…赤ちん、結構キスじょーずだねー」
「そ、そうか…?」
途中からは引かれるほどがっついていたのに、まさか上手といわれるとは思ってなくて顔がさらに火照ってしまう。今更羞恥心が出てきて敦の胸の中に顔を埋めると、そんな僕の様子に敦は満足そうに髪を撫でてきた。その感触が心地よくて、ついつい擦り寄ってもっとと強請ってしまう。
「そういえば返事はしてなかったねー」
「あ、あんなキスをしといてそんなことを言うのか!」
敦以外にあんなはしたないマネはしない!と敦の胸に顔を押し当てながら叫ぶが、許してくれなかった。
「えー、オレちゃんと言葉でほしいしー」
「う…」
「ほら、言って」
胸の中で顔を隠していたのに、敦に顎をつかまれて、無理やり顔を合わせられる。恥ずかしくて思わず目を閉じると、キスされたいの?と聞かれてしまったが、この状況から逃げ出したい僕は何故か頷いてしまった。
「赤ちん、結構言葉で示す人って思ったんだけど、行動派だったんだねー」
「ち、ちが…」
またしても返事を返している途中でキスをされてしまった。キスをされながら、これは確実にこれからも自分の都合の悪い返事をされるときに使うつもりだと簡単に予想できた。
結局、教室から出た時間はあの告白やら僕の気分が悪くなってごたごたしていたときから、1時間以上経ってからだった。今思えば、下校時間が過ぎているとはいえ、1時間以上ずっと廊下に誰も通らなかったのは奇跡に近い。
「もう、こんな時間だよ、赤ちん」
「うるさい、敦のせいだ」
「何でー?結局、赤ちんもノリノリでちゅーしてきたじゃん」
「っ!」
「真っ赤ー」
「触るな、先に帰るぞ」
覗きこんできた敦から離れるように先を歩いていこうとするが、敦の脚の長さからしてすぐさま追いつかれてしまう。
「もー、怒んないでよー。オレたち恋人同士でしょー?」
「う…」
「あ、また赤くなった」
あれから、結局僕はあの告白の返事をしていない。けれど、何度もキスをしあったから、きっと敦にも伝わっているのだ。どれだけ敦を欲していたことを。
そうすると、自然と教室であんなに求めていたことを思い出してしまい、冷めたはずの熱がぶり返してしまう。面白がって覗いてくる敦を手で払って、僕はほぼ走っているに近い歩き方で歩く。
「もー、赤ちんの初心ー。まぁ、そんなところも可愛いけどさー」
「敦はもう黙ってくれ…」
男にとって屈辱でしかない言葉を吐かれているはずなのに、敦からの言葉だと思えば、嬉しいやら恥ずかしいやらで頬がさらに熱くなってしまう。そんな僕に敦は綺麗に笑って、僕の手を握ってきた。
人がいたら、きっと離さなければいけない。けれど、短い間でも僕はその手を握り返した
敦…
好きだよ。結局いえなかったけれど、僕はずっとずっと君だけを好きでい続けるだろう。
だから、この幸せな時間がいつまでも続きますように。
END
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とりあえず、ここで終わりという形で!
一応、おまけという名の続きをちょろりと書きましたが、原作の書きたかったところを書いただけなので、本当に蛇足です。
読んでみたいみたいという優しい方はこちらからどうぞ。
下部で短いですが、素晴らしいネタをリクエストしてくださったさくらほ様へお返事を書きました。↓
さくらほ様、はじめまして!翡翠ナチと申します。
この度は、リクエストをしてくださりありがとうございました!リクエストしていただいた2つのうち1つを書いてみたのですが、いかがでしょうか?このお話は以前にmemoで、むっくんが溌春で赤司くんが依鈴のフルバスパロやってみたい!と言っていたものを実現したのですが、勝手にここまでやって良かったのか、内心びくびくものです。気に入らなければ、なんなりとお申し付けください!修正いたします!!
そして、もう1つのリクはもう少しお待ちください!ギャグものはあまり書いたことがないので不安ですが、誠心誠意かけて書かせて頂きます!
では、短いですが失礼いたします。本当にリクエストありがとうございました!