毎週水曜日。



 その曜日だけ、黒子は1人で大学に向かう。他の曜日にはいつも同じマンションの403号室に住んでいる赤司と共に学校へと行くからだ。
 黒子と赤司は他の社会人の住人と違い、学生の身でありながら1人暮らしをしていた。黒子は実家が大学から遠いため1人暮らしするようになったのだが、赤司はどうやら違うようだ。あまり家にいるのが好きではなくてね、と苦笑混じりに零したのを黒子は覚えていた。


 いつも一緒に行っている2人だが通っている学校は違う。黒子は私立の教育大に通っているのに対し、赤司は国立の難関大だ。黒子が以前課題に出された問題を赤司に聞くと、すらすらとわかりやすく解説をつけながら教えてくれたこともあったぐらい、赤司は賢い。そんな赤司が家を嫌がったのは、よく現代の物語に出てくるような子が秀才故の親のプレッシャーに耐えられなかったのだろうかと黒子は勝手に推測している。これはあくまで黒子の推測で、赤司の本音としてはただ1人暮らしに憧れていただけなのだが。

 2人が大学も違うのに共に通っているのは、2つの大学の距離が1駅分と比較的に近い位置に点在しているからである。また、黒子が赤司を誘ったのも1つの理由だ。そもそも、この階は社会人と学生と社会的差はあるものの年齢の近いものたちが揃っていた。同じ階ということで顔をあわせることも多く、年齢が近いということで自然と会話も増え、いつのまにか仲良くなっていたのだ。黒子は影が薄いということで、幽霊部屋と噂されたり、近くにいても気づかれないこともあったのだが、マンションの近くの公園でストバスをしているときに青峰が、影が薄くても気づくことが多い赤司がそれぞれ黒子に話しかけたことで、影が薄い黒子も自然と住人と仲良くなることができた。そのときに赤司から大学が近いことを聞き、黒子から提案してみたのだ。一緒に行かないかと。
それから、赤司と黒子はいつも一緒に通っている。


 といっても、赤司と話している時間はそんなに多くはない。赤司も黒子も雄弁な方ではなく、いつもぽつりぽつりと話す程度だ。電車内でも一緒に来ているというのに、2人とも読者をしていることが多い。青峰や黄瀬とともにいる騒がしい空気も好んでいるが、黒子はその時間がたまらなく好きだった。
 何かに集中している瞳ほど人を惹き付けるものはない。赤司の瞳も同様だ。憂いているようにさえ見える軽く伏せられているオッドアイはいつも黒子を夢中にさせている。自分が住んでいる階が美形揃いと以前噂をしていたのを聞いたことがあるが、その通りだと思わずにはいられなかいほどの造形美だった。たまに読書さえ忘れて見入っていると、赤司に気づかれ首を傾げられることもあるほどだ。

 しかし、水曜日だけそれが見られないのである。毎週、水曜日など来なければ(速く過ぎ去ってしまえば)いいとつい思ってしまう。


 赤司は水曜日以外いつも1コマ目から取っており、黒子も気になった授業が大体1コマ目にあったため、登校時間が一緒ということで一緒に来ていたのだ。しかし、水曜日だけ、赤司は午後のコマのみなのである。

 赤司の性格上、午後からだといって、午前中に惰眠を貪ることなんてありえない。毎週どのように午前を過ごしているのだろうかとぼんやり思いながら、黒子はエレベーターから降りた。





「あ…」


「む、黒子か」

 エントランスから来る見慣れた姿。思わず声を発すると、向こうも黒子の声でこちらに気づく。きっと声を出さなければ、黒子に気づかず素通りしていただろう。それほどまでに黒子は影が薄い。

 その人物は左手にフライパンを持っていた。きっと今日のラッキーアイテムだろう。相変わらず変な人だと黒子は顔に出さずにそう思いながら、同じ階の407号室の住人緑間真太郎に声をかける。

「こんな時間に珍しいですね」

「ああ。今日は夜勤だったのだよ」

「お疲れ様です」

 緑間は大学病院の医者で、仕事も不規則に出勤している。夜勤ということは昨日のうちにラッキーアイテムも収集していたのだろう。ご苦労様なことだ。

「黒子は大学か」

「ええ。」

「すまない、夜勤明けだから黒子の分のラッキーアイテムは持ってないのだよ」

「…お気持ちだけ受け取っておきます」

 おは朝ののことだ。きっと日常生活にいらないようなものがラッキーアイテムだったに違いない。黒子としてはそれを持って大学に行こうとは思わないので、緑間の手になくて万々歳である。

「しかし、勉強に人事を尽くせば大丈夫なはずだ。ラッキーアイテムはやれぬがこれをやるのだよ」

「え?」

 カバンから取り出し渡されたものは眠気覚ましによく使われている一口サイズの食べ物だ。

「目の下にクマが出来ているのだよ。どうせレポートを夜遅くまでやっていたのだろう。睡眠不足で倒れられて、こちらに迷惑をかけるまえに、今日は早く寝るのだよ」

 とんとんっと緑間は自分の目蓋を指でさしながら指摘する。その言葉が図星であるため、黒子は何も言い返せない。毎週レポート課題を出す講師がいるのだ。事前からコツコツと課題を消化する性格だった黒子だったが、毎週のレポートに加え、他の講義のレポートにも追われ、どうしても夜更かしをしてしまうのだ。
 そんな黒子を、真面目な緑間は厳しい言葉なりに心配しているのだろう。黒子はわかりにくい緑間の気遣いに苦笑をした。


「ありがとうございます。緑間くん」

「ふんっ、礼には及ばないのだよ。こちらは仕事を増やしたくないだけだ」


 くいくいっとメガネを何度もあげることで照れ隠しをしている緑間にツンデレは相変わらずですねと心の中だけで呟く。こういうわかりにくいところは前からめんどくさいと思っていたが、裏側のデリケートで優しい部分は好感を持っている。
 黒子はいってきますといい、横を通り抜けた。
 

 手の中の緑間にもらったものを見ながら、今日は寝れないですねと、影の薄さを利用して講義中寝ることが多かった黒子は苦笑した。


END

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テーマ「人外ファンタジー」
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