僕はきっと人より転びやすかったのかもしれません。走って、転んで、起き上がって、また走って、転んで……それを繰り返していたから、立ち上がって前に進むだけでも何かが変わることを知っていたし、醜くても傷だらけの体で足掻く姿を平気で晒せていたのかもしれません。

 そんな僕の前に現れたのが青峰くんでした。彼の姿は僕と違って、傷が全然ありませんでした。いえ、傷がついたとしても、彼の傷はすぐに治りました。そして、すいすいと走っていくのです。体力もないし、走るのも遅い僕は、青峰くんのスピードになかなか追いつけませんでした。けれど、ぜえぜえと息を吐き、立ち止まってしまうたび、何かにつまずくたび、青峰くんは隣に僕がいないことに気がついてこちらまで戻ってきてくれます。手を差し伸べてくれました。何してんだよとか、本当に遅いよなテツは…とか言葉は優しくありませんでしたが、彼はいつだって僕のそばにいてくれたのです。それがとても心地よかったのです。

 そんな僕と青峰くんに気づいたのは、赤司くんでした。赤司くんの体は転んだことがないという言葉を信じ切れるぐらいきれいでした。僕はその体をうらやましいと思ったことはありません。転んだからこそ見える景色はありましたし、青峰くんとも出会えました。だから、この体はむしろ誇りですら感じていました。けれど、なかなか転ばない皆と転びやすい自分とをいつも比較していたのは真実です。そんな僕に気づいたのでしょう。赤司くんは転ばない方法を教えてあげると、僕に教えてくれました。

 いつのまにか、緑間くん、紫原くんも僕のそばにいました。もともと、赤司くんのそばにいた2人です。それが必然なのかもしれません。

 緑間くんは僕とともに走ることはいやだったのかもしれません。俺のペースがズレると言って、先に行ったり、かと思えば、僕らを待っているかのように僕たちが来るまで休憩をしたりしていました。そんな緑間くんに赤司くんは、素直じゃないんだ、かわいいだろうと僕に苦笑しながら教えてくれました。赤司くんの“かわいい”というのは少し理解が難しかったのですが、そういう人なのだろうと思うことにしました。けれど、僕は緑間くんの真っ直ぐに走るその背中は好きでした。

 走っていると、僕と同じような人はたくさんいることに気づきました。けれど、彼らも僕と同じように諦めず立ち上がり、走りはじめます。それを鬱陶しく見て、わざと転ばそうとするのが紫原くんでした。僕は信じられなくて、そんな紫原くんとよく衝突しあっていました。正直な話、きっと彼らを僕に重ね合わせていたのでしょう。僕はゆったりとマイペースな紫原くんの性格を好ましく思っていました。だから、まるで昔の自分が紫原くんに見放されてしまったんだと思って、悲しかったんだと思います。




 僕の体は気がつけば傷が少なくなっていました。転ぶこともそんなにありません。きれいになっていく体に僕は少しだけ笑ってしまいました。転んで痛い思いをするより、皆と転ばずに走り続ける事の方がいいかもしれないと思った自分に気づいたからです。

 後ろから急速に僕らに追いついたのは、黄瀬くんでした。黄瀬くんは他の皆と同様に傷が少ない方でした。だから、少なくはなったけれど傷だらけの僕を見て、何でこんなやつが皆と一緒に走っているだという顔をされました。赤司くんはそれに気づいていたはずなのに、黄瀬くんと一緒に走って、なおかつ転ばない方法を教えてやれといいました。僕ははじめて教えるという立場になり、期待と不安が付きまといました。初めての“後輩”に胸を高鳴らせたのは本当ですが、黄瀬くんが明らかに僕よりも転ばない素質を持っているのは目に見えていましたし、僕を慕う様子がまったく見えなかったからです。けれど、いつしか黄瀬くんは僕を認めてくれるようになって、進んで隣に走ってくれるようになりました。僕は“後輩”抜かれる悔しさと成長してくれた嬉しさの両方をはじめて感じました。


 確かに幸せだったんです。僕は皆と一緒に走ることができて、減っていく傷を見ることが、確かに幸せだったのです。






 けれど、いつからでしょうか。




 皆のスピードが速くなったと感じたのは。青峰くんが僕に笑顔を見せてくれなくなったのは。皆の顔から笑顔が消えたのは。転ぶ周りに見向きをしなくなったのは。




 「待ってください…!待ってください!」




 いつのまにか、僕と彼らの間にはキョリが出来ていた。埋めることの出来ないそれを、僕は必死に埋めようとした。

 息を切らして、必死に呼んで、足を動かして、振り向かない皆に手を伸ばす。




 「赤司くん!緑間くん!紫原くん!黄瀬くん!」




 遠くなる。皆の背中が遠くなる。青峰くんの背中はあんなに小さかったっけ?






 「青峰くん!!うぁっ!」





 つまずく。顔面から思いっきり転んでしまった。鼻血が出てしまったかもしれない。



 そう思いながら、僕は顔だけを前に向けた。あの日の彼らは呆れた顔で僕を見ていた。何をしているんだと、大丈夫かと声をかけてくれた。盛大に転んだなと笑いながら、青峰くんは手を伸ばしてくれた。





























 「う……ぁ…っ……」












 誰もいなかった。誰も僕を見ていなかった。











 「あお…みね、くん…あおみねくん、あおみねくん…あおみねくん…!」








 喉が痛い。足が痛い。心臓が痛い。


 誰もいない。僕のそばには誰もいない。いってしまった。僕をおいて。いってしまった。おいていかれてしまった。僕がいないことも気づかないで。











 もう呼べない。








 もう追いつけない。








 もう走れない。









 もう立ち上がれない。















 立ち上がりたくない。




























 さようなら。


























 今思えば、いつのまにか僕はバスケより彼らを愛していました。転びにくく、傷がまったくできない、傷だらけの僕とまったく違う人種でしたが、僕は彼らと共にいるのがたまらなく幸せだったのです。だからこそ、そんな幸せを教えた彼らが憎くなりました。僕をおいていく未来だったのなら、最初からおいていけと思ったんです。だから、僕をおいていったことを後悔させてやろうと思いました。僕のやり方で彼らを転ばせてやろうと思ったんです。傷をつけてやろうと思ったんです。


 それが間違いだと教えてくれたのは、火神くんと誠凛の皆でした。僕は独りじゃないと教えてくれました。気がついていないだけで、いつだって周りには皆がいたのだと気づかせてくれました。何度だって転んだっていいのだと言ってくれました。







 僕は、また傷だらけで走り始めました。







 走って、転んで、起き上がって、また走って、転んで……いつかの僕と同じように、僕はただ我武者羅に走り続けました。彼らの背中にいつか届くと信じて走りました。


 ストンッとしりもちをつくように転んだのは、青峰くんでした。転んだことに気づかないで、ぼんやりとしている青峰くんでしたが、その顔はどこか楽しそうでした。すれ違うときに聞こえた、またバスケをやりたい、とそう呟いたのはきっと空耳なんかじゃないはずです。先で待ってますと、振り返って言うと、青峰くんはあのときと同じ笑顔で、待っとけよと答えてくれました。自然と笑みがこぼれました。

 紫原くんは顔から転ばせました。あまりにも傷を知らなさ過ぎるきれいな顔だったから、という理由もありますが、少しだけ今までの鬱憤の分も加えました。まぁ、それは紫原くんには秘密です。転んだ紫原くんはボロボロと涙を流していました。それはきっと痛さからきているのではないとわかりました。だって、すごく悔しそうな顔をしていましたから。転んだことを悔しがっているというより、転んでしまったことを悔しがっていましたから。だから、彼は立ち上がれると思いました。また、立ち上がって、走り始めるのだとわかりました。僕はそれがすごく楽しみになりました。

 緑間くんと高尾くんはボロボロで休んでいました。けれど、彼らの瞳は全然あきらめてなくて、すぐに立ち上がれることがわかりました。そんな2人を見て、僕は少しだけ高尾くんがうらやましくなりました。隣に走ることをなかなか許してくれなかった緑間くんが、今はふつうに彼を隣においているのです。互いの体を支えあっているのです。僕も緑間くんとそんな関係になりたかったと思ったのは、誰にもいえない秘密です。









 「黒子っち!」


 「黄瀬、くん」



 追いかけてきた黄瀬くんは必死に僕の背中を見つめていました。僕は立ち止まることもできず、ただ背中で彼の声を聞いていました。







 「俺の教育係をしてくれて、ありがとうっス!俺の誘いを断ってくれて…あのとき俺を負かしてくれて、ありがとうっス…!俺にいつも大切なことを教えてくれて、ありがとうっス!黒子っちのおかげで気づけた!俺はここの高校のエースをして、黒子っちと戦えて、本当に楽しくて…幸せで……俺は、俺は……黒子っちに出会えてよかった…!!」










 そういって、後ろで彼が倒れる音が聞こえました。僕は気がついていたら目の前がゆがんでいて、黄瀬くんの言葉の返事をしたかった。僕もあなたに出会えてよかったと大きな声で叫びたかった。けれど、僕は振り向けませんでした。黄瀬くんが後ろを振り返ることを望んでいないとわかっていたからです。僕は胸に熱いものが溢れて、涙が止まりませんでした。












 僕の体はもう傷だらけでした。青峰くんにまだ出会っていないあの頃に戻ったようです。けれど、あの時以上の誇りが胸にあります。この傷は皆と真正面にぶつかったからこそついた傷。青峰くん、紫原くん、そして黄瀬くんとぶつかって、転んで、ついた傷なのです。勲章以外なんと呼ぶのでしょう。彼らが転んだ世界からみる景色を見た証なのです。愛しさが湧き上がらないはずがない。






 だからね、赤司くん。
















 「君を、その台座から引きずり落とします」




 「やってみなよ、テツヤ。お前にできるならね」




 そういって、傷が1つもついていない体で赤司くんは微笑んだ。






 12月29日 洛山VS誠凛  Tip Off



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