※洛山VS秀徳戦前日






 夕刻のホテルの一室。いよいよ明日は洛山との試合だ。準決勝のせいか、それとも赤司との勝負とのせいか、いつもより念入りに爪のチェックをする。
 ちらりっと隣を見ると、高尾が音楽プレーヤーで何かを聞きながら、ベッドに寝転がっている。ときおり、鼻歌を歌っているが、緊張しているのがわかる。それもそうだろう。今年のIHの優勝高校である洛山との戦いだ。それに、自分たち『キセキの世代』のキャプテンである赤司征十郎がそこにいるのだ。正直、負ける可能性の方が高いだろう。だが、人事を尽くせばそれはわからない。あいつが負ける姿なんて一度も見たことないが、こちらだって成長したのだ。帝光のときとは違うに決まっている。


 「なぁ、真ちゃん」


俺の視線に気づいたのか、イヤホンをしながら高尾は俺に話しかけてきた。おもむろにそのイヤホンをとって、俺を見る。そして、高尾はいつもどおり笑った。こういう緊張している場面でも笑おうとするこいつの性格は正直よくわからない。人生楽しんだもん勝ちだと前に言われたが、多分俺には一生わからないものだろう。


 「中学校の時、一番仲よかったのって、確かキャプテンだったよねぇ?」

 「あぁ、そういったが?」


 脳裏には見慣れた赤い髪の後ろ姿。部活のとき、あいつはよく先頭に立っていた。部活の主将なのだから当たり前なのだろうが、俺はその小さい後ろ姿をいつも後ろから見ていたのだ。いつでも勝利を見続け、俺たちを導いてきた背中を。


 「どんなやつだったの?」


 「プレイスタイルは前にも言ったが?」


 あくまで帝光中までの記憶だが、それはPGである高尾にはもう話した。同じPG同士だからかわからないが、高尾は赤司に対して対抗心を燃やしている。そういえば、黒子のときも似た者同士だからといって、闘争心を燃やしていたな。


 「そうじゃなくて、性格っていうか、日常みたいなの!真ちゃん仲良かったんでしょ?」


 「あぁ…性格か。一言で言うなら、唯我独尊なのだよ、あいつは」


 「ちょ、それ真ちゃんが言っちゃうんだ」


 そういうと、高尾は爆笑し出した。笑うところなどあったか?高尾はよくわからないところでツボにはまる。やはり、俺には一生理解できないだろう。
 大きな声で笑う高尾を見ながら、そういえば赤司もよく俺の言動で笑っていたなと昔の思い出が蘇る。高尾みたいに大きく笑うのではない。静かに笑う。そこの部分だけ見れば、どこか黒子に似ていたのかもしれない。あぁ、いつだったか。彼は笑いながら言ったのだ。『真太郎は可愛いね』と。そういって笑うお前の方がよっぽど可愛いのだよなどと思ったが、そんなこと言えるはずがなかった。






 赤司征十郎という男は、燃えるような赤い髪とは対照的にまるで水のような男だと思った。彼が目をかけたものは必ずといっていいほど、水を得た魚のように才能が急激に発揮される。黒子がいい例だ。黒子は才能がまるでない三軍選手だったが、赤司という水を得たとたん、一軍まで上り詰めた。


 「真太郎は面白い表現をするね」


 赤司はそういいながら口元に笑みを浮かべた。赤司にそのことを話したのは、2年の夏ごろだった気がする。授業が早く終わってしまい、教室で暇をしていたところに、赤司がいきなり教室に入ってきて将棋に誘われたのだ。
 赤司は将棋が好きだ。多分、人を動かすことが好きなところから、そうなったのだろう。いや、もしかしたら、将棋を先に好きになり、そのあとで人を動かすことへの快感を覚えたのかもしれないが。どちらにしても、赤司は将棋のように、人を駒のように動かすのが好きなのだ。それは試合のときでも、PGとして十二分に発揮されている。


 「ということは、真太郎も僕にあってから、急激に変化したことはあったのかい?」


 まるで、水を得た魚のように。そういって、赤司は目を細めた。


 「俺はとくにないのだよ」


 部活の面ではそうだ。急激に変化したものなどない。確かに赤司と出会ってから、さらに自分が成長していっているということはわかっている。しかし、黒子のように急激な変化ではない。ゆるやかな変化だ。


 「それは残念だ」


 全然残念だと思っている口調ではなかった。赤司は未だ口元に笑みを浮かべたまま、細く長い指が盤上の駒を動かす。俺と違い、毎日ケアしていない爪は少しだけ伸びていた。今ポケットに入っている爪やすりで磨けば、きっと綺麗になる。俺の視線に気づいたのか、赤司は爪を切らなきゃねと呟いていた。吐息とともに零れた声は静かに俺の心に触れる。
 赤司は目の動きや動作には敏感なところがある。だから、自分では気づいていないと思っていても、気づかれているということが多い。今の爪への視線だってそうだ。普通は駒に目線をいっているのだと思われるはずなのに、こいつは爪への視線だと気づいている。
 赤司は俺を見た。


「それとも真太郎の爪やすりで磨いてくれてもいいけど」


「俺にやれ、と言っているのか?」


「そう聞こえたんなら、そうじゃない?」


「しょうがないやつだ」


 本当になんでもわかってしまうやつだ。心を読む力でもあるのだろうか、と今まで散々思ったことがある。しかし、自分の奥底にある心情などを気づいていないところから、それはないのだろう。俺はポケットから爪やすりを取り出す。何個か買い換えたが、これが一番使いやすく、そして綺麗に仕上がる。



「僕はどうすればいい?」



「普通にこのままでもかまわないが?」



 本当は赤司を後ろから抱きしめるようにし、自分の爪を磨くような目線でやりたいが、さすがにそれは不味いだろう。自分たちは男同士だ。今は偶然、教室に誰もいない状態だが、他の誰かにその体勢を見られたら怪しまれてしまう。俺はとくに気にしないが、この男は多分そうではないだろう。



「それじゃあ、やりにくいだろう。大丈夫だよ、真太郎の一番やりやすい方法で」



「俺はこれでもできるから言っている」



「……じゃあ、僕が一番落ち着く体勢でやってもらおうかな」



 そういうと、赤司は立ち上がった。その瞬間に、あぁ、こいつはやはり心を読む術を持っているのかもしれないと思った。赤司はこちらまで歩いていき、俺の膝の上に乗る。こちらに背を向けて座っている状態なので、赤い髪の間から見える白い項がよく見えた。きれいだ。思わず喉が動く。そんな俺の様子には気づかない様子で、赤司はゆっくりと俺の胸に頭を預けてきた。










「さぁ、やってもらおうか」




 赤司の手がゆらりと俺の前に差し出される。自然とその手を掴む。肉がない硬い骨ばった手だ。少し俺の手より小さい。爪やすりを赤司の爪に近づける。そして、いつも自分がやっているように赤司の爪を磨き出す。
 赤司は完全に俺に預けている。なぜ、こう自然に預けられるのかと考えたが、すぐにわかる。紫原だ。紫原はよく赤司に後ろから抱き付いている。赤司もとくに注意する気がないのか、紫原にもたれかかっているところを何度か見たことがある。







「やはり、人が違うと違うものだな」



「なら、降りたらいいのだよ」



 自然と紫原と比べていたのだろう。赤司が呟いた言葉は自分が卑下された気分になる。思わず、そう言い返すと、そういう意味でいったんじゃないよ、と柔らかい声が返ってきた。本当にこの男はどれだけ自分の気持ちをかき乱せば気がすむのだろうか…



「真太郎、さっきお前は僕のことを水のようだと言ったね」



「ああ」



「じゃあ、真太郎はまるで木のようだ。君の胸の中はまるで森林の中にいるように癒される」



 そういうと、赤司は目を閉じた。俺は自然と握っていた手をさらに強く握る。きっと赤司にとったら、他意のない言葉なのだろう。けれど、それでも良かった。木は水がないと生きてはいけないのだ。





△△△△△△△△





「おーい、真ちゃーん」


そう声をかけられ、今まで思い出に浸っていたことがわかった。目の前には苦笑気味な高尾。


「トリップしてたよー」


「考え事していただけなのだよ」


「それってほとんど同じ意味だよね」



 高尾は呆れたような顔をしながら言い返す。本当に揚げ足をとるのが好きなやつだ。

 あの時は、赤司と離れることはないと思っていた。いや、赤司だけではない。紫原、青峰、黄瀬、そして、黒子。しかし、いつしかそんなことさえ考えなくなった。仲間、チームワークなどくだらないと一蹴し、勝利だけを目指し、ただ執着していた。
 けれど、今はまた考えられる。勝利という喜び。敗北という悲しみ。信頼から生まれる絆。



 赤司は以前の俺だ。ただ勝利という言葉に流されてしまっている。お前は俺を木だと言ってくれた。それならば、俺はその流れを堰き止める役割になろう。明日、お前に勝利することで。




「あいつは俺が止めるのだよ」



「真ちゃん」



 声をかけられ、高尾を見る。すると、高尾は親指をつきたてて笑った。








「俺が、じゃない!俺たちが、だろ?」







 その言葉はいつかの誠凛戦での黒子とかぶる。あぁ、お前は最初からそのつもりだったのだな、黒子。
 やはり、お前には敵わないのだよ。




「あぁ、そうだな」


 赤司覚悟をしておけ、秀徳全員でお前に向かう。そして、また…






END
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