桃井にとって、いつだって始まりは幼馴染の存在だった。バスケに興味を持ったことも、部員ではなくマネージャーに志望したことも、彼女のデータ分析力とそれを補う勘が日を追うごとに冴えわたっていったことも、桐皇を進路に選択したことも。当然、すべては桃井の判断で進んできた道であり、その幼馴染に強制されたり、周りから勧められたこともない。けれど、彼女の根底にはいつだって青峰大輝がいた。誰よりもバスケを愛し、愛された青峰大輝の存在が、切っても切り離せないぐらい重要な一部になっていた。










 「さつき」


 昼休み、職員室に用があった桃井は廊下を歩いていると、突然後ろから声をかけられた。桃井にとって、それは聞きなれた呼び名。反射的に口は「あ」の形をつくる。けれど、すぐに桃井の胸に違和感が芽生えた。違う、この人は違う。


 「あかし、くん」


 振り向いた先には、桃井の予想通り赤司がいた。桃井のたどたどしい口調に気づいた赤司は少しだけ口角をあげていた。


 「大輝とでも思ったか?」


 さつき、と赤司以外に呼んでいるのは青峰だけだ。現に、桃井もはじめは青峰だと勘違いしそうになったほどである。けれど、青峰は桃井にあのような呼び方をしない。だから、桃井は振り向きながらでも、たどたどしい口調ではあったが、間違えずに赤司の名前を呼べた。だって、わかるもの。


 「そんなわけないよ。青峰くんと赤司くん、全然声が違うもの」


 同じなのは呼び方だけ。それ以外は全然違う。私だけがわかる違和感。



 「そうか」



 赤司はそういって、薄く笑った。その笑い方に桃井は心の内を読まれた気分になる。自然と手に持っていたノートを強く握りしめた。すると、赤司がノートの存在に気づく。



 「そういえば、さつきも桐皇に行くようだな」



 ああ、やはり赤司くんも知っていたか。と、桃井は静かに心の中でつぶやいた。彼女の最初の進路は黒子と同じ高校だった。いきなり消えた黒子に、レギュラーメンバー(主に黄瀬)が驚いていたが、桃井は黒子の気持ちがわかる。それは彼女も光を支える人物であるからか、それとも桃井自身も勝利よりも大切なものがあることをわかっているせいか。理由は明確ではないが、桃井はなぜ黒子が消えたのかわかっていた。だから、高校ではそんな黒子と同じ高校に行き、支えようと思っていた。最近までの進路希望でも、誠凛高校と書いていた。
 しかし、彼女は最終的に桐皇を選んだ。理由は簡単だ。そこに青峰大輝がいるからだ。光の中に消えてしまいそうな青峰に桃井は消えないように見ておかなくてはいけないと、使命感が生まれたからだ。恋でも愛でもない。まるで血のつながった兄弟のように心の奥底でつながっている何かが、桃井を引き留めたのだ。


 けれど、そのこともすべて赤司に見破られていたとでもいうのだろうか。あの、未来の見える眼で。




 「うん。今、必死に勉強中」



 何も悟られないように笑顔でいう。笑顔は上手に作れているだろうか。



 「マネージャーも推薦があればいいんだがな。さつきの分析力は他のバスケ部員よりよっぽど力になる」



 またしても違和感。笑顔が崩れた。なんてことはない。赤司はさつきの能力を褒めただけだ。そんなこと、部活中でもたまに言ってくれたことなのに。けれど、桃井は違和感を感じずにはいられなかった。



 「そういってくれるとうれしい。でも、これは私が選んだ道だから」



 だから、つらい勉強も頑張れる。すべてを隠して笑顔でいうと、赤司は少しだけ目を細めた。まるで、まぶしいものを見るかのように。



 「さつきは強いね。大輝も見習ってほしいものだ」



 何を、とは聞かなくてもわかる。けれど、赤司は間違っているとさつきは思った。

 これは、強さじゃない。そう答えようとすると、2人の間に予鈴が割り込む。隣でバタバタと生徒が早足で通り抜けて行った。




 「ああ、予鈴がなってしまったね。それじゃあ、受かることを祈っているよ、さつき」


 「ありがとう。じゃあね、赤司くん」


 赤司が桃井の横を通り過ぎる。桃井はゆっくりと振り返り、赤司の後姿を見た。変わらない後姿。ピンッと背筋を伸ばして、堂々と歩くその姿。なにも変わらない。そして、接し方も何も変わっていなかった。




 けれど、気づいている?赤司くん。




 名前で呼ばれるのって特別なんだよ。私たちみたいに世間から突出してしまった人なら、赤司くんが思っているそれ以上に特別。だからね、わかるの。
 赤司くんもそんな感じで呼ばれたらわかるのかな?いや、きっとわからない。だって、私がわかったのは、大ちゃんがいたから。





 桃井は静かに一粒だけ涙をこぼした。





 先に行っちゃうんだね。赤司くん。テツくんも大ちゃんも全部全部放って。一人で。置いて行ってしまうのね。






死んだ感情

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