赤司征十郎の世界の枠組みは生まれたときからずっと自身と他人だった。自分というテリトリーを絶対に踏み込まれないように気をつけ、しかし、それは気づかれてはならない。そうしながら、赤司は上手にこの世界を生きてきた。生きてくることができた。勝利し続けた。


 しかし、帝光に入り、バスケ部に入部したことでそれはあっけなく崩れ去っていく。



 『赤司くん!特性ドリンク、作ってみましたぁ!』



 『おい、赤司!その場所は俺の昼寝場所って言ってんだろ!』



 『赤司くん。相席よろしいですか?』



 『赤司っち!みてみて!この雑誌の俺、うまく撮れていると思わないっスか!?』



 『赤司。一局指さないか?』



 『赤ちん!新作一緒にたべよー!』



 赤司が気づいたとき、テリトリーはとっくに踏み越えられていた。他人という枠を抜け出て、赤司の枠に彼らが入ってきていたのだ。それは土足で踏み入ってくる感覚ではなく、するりっと自然に、違和感なく、溶け込むように、彼らは赤司の世界に存在した。だから、赤司は決して不愉快に感じなかった。むしろ、心地よささえ感じていた。
 赤司は確かに幸せだったのだ。帝光中学バスケットボール部の赤司征十郎として、ここに存在できたことが。バスケを選んでよかったと思うことができた。彼らに出会えて、自分は本当に幸福だったのだと、赤司は思った。いつしか、赤司の胸には勝利と幸福が埋まっていた。


 けれど、現実とは残酷なものだった。勝利と幸福は両立することができなかった。赤司にとって、勝利は特別であり、不変なものだった。酸素のように、それは当然のように存在していて、自分に与えてくれる。だから、違和感などもてなかった。
 いつしか、黒子はどこかあきらめた瞳をするようになった。そして、彼は赤司にいった。


 それは幸福ではない。


 その言葉に、赤司ははじめてテリトリーが犯された気分になった。自身の世界にある勝利が汚された気分になったのだ。
 そこから、幸福は見る見るうちに沈んでいった。幸福がドロドロに溶けて、まがい物だったとでもいうように消えた。赤司の中にはまた勝利だけが残った。それしか残されなかった。手のひらには、小さく砕けた光があった。



 勝利しかなくなった赤司はさらにそれを追い求めた。ひたすらに、貪欲に、ストイックに。これが欠けてしまったら、自分は死んでしまうのではないだろうかという暗示がかかっているかのように。幸福などはじめからなかったというかのように。
 けれど、赤司はそこで気づいてしまった。この感情がある限り、自分は更なる上を目指せないのではないかと。幸福を知ったがゆえに生まれた感情。それゆえに死んでしまった感情。赤司はそれを捨てようと思った。こんなものがあるから、僕は進めないのだ。





 すべてをゼロにすればいい。新しい世界を作ろう。





 さぁ、世界を見放す旅に出かけようか。





愛に溢れていた世界

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