ヴー、ヴー、ヴー
「うっ…ん…」
そばから聞こえる携帯のバイブ音に僕はゆるゆると目を開ける。
朝、か…
カーテンは締め切っているが、その間から漏れている光にもう日が昇っていることがわかる。こんな朝早くから誰だと、ベッドヘッドに置いている携帯を伸ばそうとした瞬間、ビキリッと体の節々がなる音がしたような気がした。
「う゛…」
あまりの痛さに全身が固まり、動けなくなる。そして、その瞬間、昨晩(いや、今朝まで起こっていた出来事)が脳裏によみがえった。
敦の誕生日だからといって、自分で玩具を入れ、敦のを喜んで舐め(断じていやなんかじゃない!いや、むしろ感じてる敦を見れて楽しかったんだけど!)、淫猥なセリフを吐き、女のように泣き叫び、敦を求めた。あのあとも、ベッドに連れて行かれ、自分は淫らに腰を振っていたのだ。
うわあああああああああ!!!!死んでしまいたいいい!!!!!
穴に入るだけじゃ足りない。むしろ、敦のなかに残っているであろう過去の自分をきれいに記憶から消し去ってしまって、そして、できればそのときの自分を殴り飛ばしたい。なにをやっているんだと、そんなことをしても無駄なんだと…!
それを思った瞬間にハッと我に返る。
そうだ……無駄、だったんだな。
敦の誕生日を最高の誕生日にしてあげたいと思っていた。だから、いろんな人物に相談して回って、自分なりに結論を求めた。が、結果がこのざまだ。
あまり喜んでいなかったな…というより、むしろ怒っていた、よな…あれ……いつもにまして、凶暴性が増していたし…やっぱり、玩具を自分で入れていたのはひかれてしまったのだろうか。
ぐるぐると考え込んでいると、いきなりドアがバタンッと開いた。
「あかちーん、起きたー?」
のそのそと特注サイズのベッドにあがってきた敦は、ベッドヘッドに手を伸ばして固まっている情けない僕を見ながら首をかしげる。
「どしたのー?」
「動けないんだ、バカ」
いつもと変わらない敦にほっと息を吐きながらも、どうしてお前はそんな簡単に動き回れるんだと言いたくなった。というか、のどがガラガラ声すぎてやばい。そんな僕の発言に納得がいったのか、それとも僕の掠れ声にか、へらっと敦が笑う。
「あー、昨日は頑張ちゃったもんねー、俺ら」
頑張りすぎだ。それを含めた視線で見ていると、敦はちゅっと僕の額にキスを落とす。
「だって、赤ちんめちゃくちゃ可愛かったんだもーん。俺だって頑張っちゃう」
吐き出された敦の言葉に僕は驚きのあまり、眼をまるく開く。
「かわい、かったのか?」
「えー?そりゃあ、朝まで抱いちゃうぐらいは」
「あんなみっともなくて、AVみたいなことをしたのに?」
「あー、それ、室ちんとかに言われたんしょー?今日、聞いたー。もう、赤ちん。そんな相談しちゃダメだかんねー。赤ちんのそういうの想像していいの俺だけだからね。まぁ、でも、ネコのコスプレ赤ちんかわいかったからいいけどー」
氷室さん、何をバラしているんだ。他人に相談していることをバラすとか、僕を恥ずか死させるつもりか。させるつもりなんですね。よし、氷室さんの弱み、絶対いつか握ってやる。……というか、かわいかった?え?あんな怒っていたのに?あれ?
「で、でも、お前怒ってただろ?」
「え?」
「あの、…尻尾を入れてたってわかったとき、怒ってたじゃないか」
「あー、あれはー…」
そういって、敦はついっと視線を僕からそらす。なんだよ、怒ってたんじゃないか。可愛いって言っときながら、やっぱり内心ではひいていたんだろ。もしかして、今の発言、僕を慰めようとしていったのか?それなら勘違いだ。逆に今思いっきり言ってくれた方が、僕としてはありがたいし、今後の参考にもなる。敦に気を遣われる方が嫌だ。
「やっぱり、いやらしいって思ったんだろ?ひいたんだろ?」
声が掠れながらも畳み掛けるように聞くと、敦は心外だとばかりぶんぶんと首を振る。
「ひいてないし!俺が怒ったのは…ちょっとだまされたっていうか…」
「え?」
だまされた?
「赤ちんが俺の舐めてるから感じているって思っていたけどさ、実際は玩具入れていたからってわかったから、なんていうか悔しかったっていうか…玩具で感じちゃってる赤ちんもかわいいけど、やっぱり、俺ので感じてほしかったし」
「〜〜〜っ!バカやろう!」
叫んだ瞬間に敦の肩がびくりと跳ねる。声が掠れてようが、体が痛かろうが関係ない。僕はベッドに座っているため近くにある敦の腹を思いっきり殴った。その瞬間、敦は痛みで悶えたが、そんなもの知るか!
「お前のを舐めながら感じていたに決まっているだろう!たしかに、尻に違和感はあったが、断じてそれだけで腰を振るほど感じてなんかいない!お前のを舐めながら、挿れられたときのことを想像していただ、け…」
途中で自分の発言がどれだけ卑猥なことに気づき、尻すぼみになっていく。さっきまで怒りで熱かったはずなのに、今では違う意味で頬が熱い。僕はあわてて敦と正反対の方向に顔をそむける。
「あ、赤ちん…」
「僕はたしかにお前の前では数多くの淫らな姿を晒してはいるが、それはお前だからで、お前以外のやつや道具なんかには感じたりもしない、んぐっ!!」
羞恥が出てきたとしても、怒りは収まってなんかいない。敦から顔を背けながらぐちぐちと呟いていたら、いきなり顔を掴まれ、敦の方に振り向かされる。驚く間もなく、そのまま熱烈なキスをされた。
「んっ、あつ、し、ちょ、おま、え…」
まだ怒っているというのに、敦は僕の上から圧し掛かることで押さえつけ、ひたすら口づけを与えてくる。そのまま舌を入れてきたら噛んでやると思っていたのに、そこは利口に頭を働かせているのか、舌は入れてこない。ひたすら、ちゅっちゅっとバードキスを繰り返す。
しばらくして、気が済んだのか、敦はゆっくり僕を離す。その顔は真っ赤な顔ながらも、眉を下げて困った顔だった。そんな顔を見せられたら、僕の怒りなんてどこかにいってしまって、息を整えながら呆然と敦の顔を見る。
「もー、赤ちん、超ずりぃ」
「なにが?」
「かわいいことばっかいってさー、俺のこと殺す気?」
どこがかわいいのか。敦と同棲してからわかったが、敦のかわいい基準はおかしい。というか、僕のどんな行動でもかわいいとかほざく。なめているのか。頭が高いぞ。
「もう、俺やばいー。赤ちんへろへろなのに、また抱きたくなってきたー」
その発言に僕は絶句した。ありえない。こいつ絶倫か。僕の身体がもたない。しかし、それは敦もわかっているのだろう。僕の頭にすりすりと頬をくっつけるだけで、それ以上の接触はしてこない。
「離れろ、敦。そもそも今日だって昼から講義があるんだ。たとえ、僕に体力があったとしても無理だ」
今の最大の難点は全く体が動けないことだけどね。まぁ、それはなんとかしよう。いざとなれば、大学の入り口までタクシーを乗っていけばいい。そんな僕の思考を読んでいるのか、いないのか、敦は呆れながら残酷な言葉を吐いた。
「講義って…赤ちん、動けないじゃん。というか、もう11時過ぎてるし」
「え」
11、時、だと…じゃあ、さっきの携帯は…!
「敦!携帯とってくれ!」
あわてて敦に頼むが、敦は渋い顔をするだけ。
「えー、ごろごろしよー」
「…敦」
「はーい」
少しだけ声を低くして頼めば、従順な敦は言うことを聞く。ベッドヘッドに置いている携帯をとり、敦は僕に渡す。僕は急いで携帯を開くと、一着のメールが来ていた。
<黒子から話は聞いたよ!
ノートはばっちりとっとくから、安心して!
あと、身体は大事にしろよ。
光樹>
それを見た瞬間、僕は自分のアホさ加減に泣きたくなった。一番知られたくない人物に知られてしまった…誰か、昨日の僕を殴ってください、お願いします。
END
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