●紫赤


「待て」

赤ちんの言葉は魔法のようだ。俺は赤ちんのたった二文字の言葉だけで、ピタリッとすべての動きを止めてしまうのだから。けれど、今はそんな魔法はいらなかった。
俺が恨みがましく赤ちんを見つめるが、赤ちんはふっと口許を緩めるだけ。息が唇に当たる。言うことを聞く俺に赤ちんは楽しそうだ。だけど、俺のテンションは下がるばかり。でも、だからといって、“よし”の言葉が出てないのに、動くことはできない。早々と痺れを切らした俺は、口を尖らせながらお願いする。


「ねぇ、赤ちん。そろそろ…」



させてよ、という言葉は赤ちんに食べられた。



赤ちんのいきなりの行動にびっくりした俺は目を開いて、イタズラに細められる目を見るだけ。チュッという小さなリップ音とともに俺と赤ちんは離れる。けれど、俺の体はまだ“待て”の状態が続いたままだった。

「今日は僕からしたかったんだ」

そういってきれいに口を弓なりにして笑う赤ちんはとんだ小悪魔だと思った。






------------------



●緑赤


「お前は変わらないでほしかったよ」

目の前の赤い男はそういって笑った。
俺は何も変わっていないのだよ。いつだって人事を尽くし、お前に挑んでいった。今回も負けてしまったがな。
あぁ、いや、そうではないか。
こいつが言っているのは、俺の背中にもたれかかって、いつもぎゃーぎゃーと騒いでいる声をあげているやつのことを言っているのだ。それを言われたら、確かに俺は変わったのかもしれない。

「お前なら近すぎず、遠すぎずの位置でずっといてくれると思ったのにな…」

目の前の赤い男は変わらずに笑顔でいう。なぜか、俺にはそれが泣いているように見えた。いつも不敵に笑い、勝利を掴みとり、そして俺たちを導いてきたはずのやつが泣いているように見えたのだ。

「さようなら、真太郎」

そう言って背を向けたやつに俺は何かを言わなければいけないと直感的に思った。そうしなければ、永遠に会えないと思ったからだ。今まで俺たちに接してきてくれた“赤司征十郎”に。

「きっといるはずだ!」

俺の声に赤司は振り返る。いつか見たあのきょとんとした顔で、俺を見る。

「自分を変えたいと思わせてくれるやつが、きっとお前の近くにいるはずなのだよ!紫原にも俺にも出来たのだから、お前にだって…!!」

「お前はいつだって優しいやつだね、真太郎」

そういって、彼はひどく優しげな笑顔を浮かべた。



---------------------------



●紫赤


誰かに聞かれたことがある。もし、赤司征十郎が敗けてしまったなら、どうするかって。その時の俺はその質問がよくわかんなくて、敗けたときの赤ちんが想像できなくて、敗けても赤ちんは赤ちんでしょ?と答えた記憶がある。
何でも一番で、何でも勝って、敗け知らずの赤ちん。赤ちんが正しいから勝つ。勝つから正しい。そんなイコールをもう何十回も聞いた。
じゃあ、そのイコールがノットになったらどうなるんだろう…
一生出ないであろう答えは思った以上に早く訪れた。





歓声が聞こえる。体の芯が冷えていっている俺を置いてきぼりにして、熱がコートを包んでいた。

「アツシ?」

訝しげに室ちんは俺を見る。
絶対の勝利。それを証明する正しさ。強さ。
それが赤ちんという人物を作りあげるものだ。けれど、それがなくなったら?絶対が絶対でなくなったら、もうそれは作りあげられない


赤い髪の人はコートの中央に歩いていく。いつも通り、凛とした姿で。あれ?いつも通りってなに?敗けた赤司征十郎はもう俺の知っている赤司征十郎ではないのだ。



じゃあ、赤ちんの姿をしたあいつは誰だ?



--------------------



●紫赤 ※上の続き


あの日から俺と赤ちんの間にあった糸はぶっつりと切れた。それは俺から切ったのか、赤ちんから切ったのかはわかんないけど、とりあえず俺は誰の下にも置かれていない自由の身となったわけである。
けれど、自由となった身のはずなのに、俺の思考する時間の大部分は『赤司征十郎』についてになった。
まぁ、思考するって言っても、ただ帝光のときを思い出してただけだけど。それは2人だけの思い出だったり、みんなと一緒にいた思い出だったり……どうして俺は赤ちんに従うようになったんだろうとか、いつからこんな風になったんだろうとか、過去を辿りながら一つ一つ赤ちんだと思っていた者を形成させていった。





そして、そんなことを考えてたら、俺はいつのまにか2年生になっていて、IHの準決勝で赤ちんがいる洛山と当たることが決まった。室ちんから聞いた話だけど、今回は試合に出るなという赤ちんからのお達しが来ていないことに影でまさこちんは安心していたらしい。べつに心配しなくていいのに。
そういえば、今の赤ちんに命令されたら俺はどうするんだろうか。あれはもう俺の知ってる赤ちんじゃないけど、やっぱり姿形は俺の知ってる赤ちんだし、今までの条件反射で聞いてしまうのだろうか。それとも拒否することができるのだろうか。自分のことなのに、全然想像できなかった。


まだあのときの疑問の答えは出ていない。


--------------------


●紫赤


「今日は一緒に帰ろうか」
そう言ってきた赤ちんに俺は拒否をする理由がなかったから頷いた。
明日からは全中で、多分こうやって帰るのは最後だろう。そんな最後の帰り道に何であえて俺を選んだのかわかんなかったけど(べつにいやだからこんなことを言っているわけじゃない。むしろ嬉しい)、数歩前を歩く赤ちんはなんとなくいつもと違うような気がした。あ、でも、夕陽のせいかもしれない。全中前だからといって、今日は早めに全体練習が終わったのだ。この頃は日が暮れたあとに帰っていたから、いつもと少し違う風景からそう思ったのかもしれない。
赤の空に赤の髪。そのまま赤ちんが溶けちゃったらどうしようとぼんやりぼんやり赤ちんの背中を見て思った。

「紫原」

赤ちんが呼ぶ。振りかえる。真っ赤な目。真っ赤な真っ赤なリンゴ。美味しそうなリンゴは本当は毒リンゴだったりして。なんて、ちょっとだけメルヘンチックなことを考える。

「今までありがとう」

そういって目を細める赤ちん。やっぱり今日は変だ。だって、赤ちんは滅多にありがとうなんて言葉は吐かない。

「どーしたのー?死亡フラグ立っちゃうこと言っちゃってー」

「しぼうふらぐ?」

赤ちんがきょとんと首を傾げる。赤ちんでも知らない言葉はあるらしい。3年目にして新発見。

「ドラマとかマンガで悪い奴が突然いいことしたりね、戦場で「俺、この戦争が終わったら結婚するんだ」みたいなことを言っちゃったら死んじゃうってこと」

「で、俺は前者ということか」

確かにその通りだと言って、赤ちんは少しだけ口角をあげた。本当に珍しい。赤ちんってこんな感じだったっけ?

「でも、本当に思ったんだ。お前たちが同じチームで本当に良かった」

キュッと突然熱が訪れた指先。赤ちんが俺の指先を握ったからだ。優しく、労るように。

「赤ちん」

死亡フラグが乱立しちゃってるよ。こんなんじゃ、本当に明日ぐらいに赤ちんは車とかにひかれちゃうんじゃないかな?この真っ赤な空みたいに溶けちゃうと思うよ。だから、俺は小さく掴まれている指先を包み込んだ。離れないように。離さないように。

「俺は敵になっても、赤ちんの味方だよ」

なぜ、今そう言ったのかわからない。けれど、赤ちんは本当に真ん丸と目を開いちゃって、俺はちょっとだけ焦る。言ったらダメな言葉だったのだろうか。それとも、敵と仮定を置いたのが間違いだったのだろうか。そんな感じでおろおろし出した俺に、赤ちんは小さく笑った。

「ありがとう」

そういって、赤ちんのリンゴから一滴だけ雫が流れた。





死亡フラグっていうやつは本当に回収されちゃうもので、あの日俺の手を繋いで、気づかないうちに泣いてた赤ちんはリンゴの目と一緒に死んでしまった。




------------------------


●紫赤



「赤ちんはずるいね」

何が、とは聞けなかった。目の前にいる敦はそういって、本当に悲しそうに笑うものだから、ああ、僕はずるいやつなんだと思った。

「お前がそういうのならそうなんだろうな」

僕はそれだけいって、微笑んでやる。しかし、敦の顔はさらに悲しそうになるだけ。お前は僕にどんな顔をしてほしいというのだろうか。どんな回答をしてほしいというのだろうか。どれだけ瞳が天帝の力を持っていても、大事な場面でふさわしい答えを導き出せないこの瞳は、はたして本当に天帝の力を持っているのだろうか。





次のろぐ

back

「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -