俺の道はいつだって真っ直ぐで平坦。坂道は面倒くさいから、絶対のぼらない。ずっとずっとお菓子が生えている草原の中を歩いている。食べては、残骸を捨て、もぐもぐもぐもぐ。違う道を歩いている人は、なんか結構大変そうで、なかなか天辺が見えない上り坂を上ったり、早くたどり着きたい場所まで走って、転んだりしている人がいるらしい。俺には絶対マネできないや。
 そんな中、俺の目の前に現れたのは、バスケットボール。お菓子の道の中で現れたそれは明らかに浮いていて、ちょっとだけ興味がわいた。だけど、試したら案外簡単に持ててしまって、遠くの道で必死にそれを持とうと奮闘している人たちを見て、なんだかバカらしくなった。だけど、捨てるのはなんとなく勿体無くてなってしまって、結局ポイッと捨てられないまま、ずるずると持ってきてしまった。


 てくてくてく。


 もぐもぐもぐ。



 右手にはお菓子。左手にはバスケットボール。なんだか変なの。限りなく大好きなものと勿体無いという思いだけで持っているどうでもいいもの。なんで勿体ないと思ったのだろうか。べつに捨ててもいいじゃないか。ここまで、べつにバスケットボール以外のものにも出会っている。ただ簡単に持てたから、持ってきただけ。ただそれだけのもの。

 捨ててしまおう。そう思って、ポイッと俺はそれを投げた。手にはお菓子だけが残った。もぐもぐもぐ。











 「これは、君のものだろう?」




 あれから相変わらず、お菓子だけを食べて歩いていたら、ある日いきなり話しかけられた。それも俺が捨てたであろうバスケットボールをもって。


 「何で持ってんの?」


 「僕のほうまで転がってきたからさ」



 平然という少年は燃えるような赤い髪を持っていた。なんで、俺だってわかったんだろうとか、そもそもここまでどうやってきたのかとか、よくわかんなかったけど、その子が俺と同じように簡単にそれを持てていることに俺はなんとなく親近感を持った。


 「ねぇ、名前は何ていうの?」


 「赤司征十郎だよ、紫原敦くん」


 そういって、不敵に笑う赤ちんに、何で俺の名前知ってるの?とか、俺と同じ年だよね?とか、またしても聞きたいことが頭の中に浮かんだけど、やっぱりどうでもよくて、聞くのはやめた。


 赤ちんと出会ってから、俺の道は少しだけ変化を起こした。相変わらず、お菓子は生えているけど、坂道が出来たし、他の人と歩いていると、その人の道へも行けることをしった。
 赤ちんの道は俺と同じような平坦な道だったけど、赤ちんの髪のような真っ赤な炎の中だった。炎の道だから熱いのかなって思ったけど、逆にすごく寒くて、あまりにも平然と歩いている赤ちんに、赤ちんは寒くないのって聞いたけど、歩きなれたから気にならないよって言われた。それに、炎の向こう側にはいつも人がいて、その人らは時には苦々しく、時には崇拝の目を持って、時には気味悪げに赤ちんを見ていた。その目とか空気とか全部気持ち悪くて、ずっとここを平然と歩き進んでいる赤ちんはすごいなって思った。俺なら絶対イライラしてる。我慢できなくて、全部投げ出している。まるで、すべての憎しみとか尊敬とか、そんないろんな感情の目を請け負っている赤ちんの姿は、地獄の番人とか神様とかそんな天の上の人なんじゃないかと思った。
 そういえば、俺は坂道を歩くのは嫌いだったけど、赤ちんがいると普通に上っていけた。多分、赤ちんが目の前で平然と歩いているから、しんどくないと勘違いするからだと思う。でも、やっぱり上ってみるとしんどくて、途中でやめてしまいたくなる。だけど、その時に限って、赤ちんが振り返って、もう少しだから歩けといわれる。そんな感じで、半強制的に登らされる俺だけど、登り終わったら赤ちんに誉められる。それが嬉しいから、多分俺は学習せずに何度も坂道を上ろうとするのだろう。


 そんな感じでいろんな道を歩き続けてきた俺と赤ちんだけど、あるとき分かれ道があって、赤ちんと俺は別々になった。別れる前に、あるものを渡しながら、赤ちんは言った。



 「大丈夫だ。いつかは道が繋がるよ。そのときまで、お前がこれを捨てずに持っていたら、会えるさ」



 俺に渡されたのは、バスケットボール。あの出会った日から、ずっと赤ちんが持っていてくれた俺のバスケットボール。赤ちんが持ってくれていたからすごく楽だった。だけど、今日から俺が持つ。少しだけ面倒だったけど、これがまた赤ちんと会わせてくれるのなら、捨てずにもっておくのもいいのかもしれないと思った。炎の中へとまた歩いていった赤ちんを見送って、俺はまたお菓子の道を一人で歩く。右手にはお菓子、左手にはバスケットボール。やっぱり、少しだけ変なの。もぐもぐもぐもぐ。











 次にあった人はバスケットボールを持つのが少しだけ下手な人だった。他の人よりかはましだけど、でも俺たちより下手。多分、上手く持つことが出来ないその人は、上手く持てる才能がないのだろう。その人は、氷室辰也といった。
 室ちんの道も少し寒かった。坂道が多くて、ちょっとだけ嫌になった。坂道のときだけ、俺は自分の道に戻って、室ちんの坂道が終わったらまた合流をして、というのを続けていった。室ちんの才能のないところはちょっとイライラしたけど、坂道を無理矢理登れといわないところは好きだった。

 なんだかんだで室ちんと仲良くなっていって、あるとき、でっかい上り坂が俺の目の前にあった。向こうにいるやつがあまりにもムカつくやつらばっかだったから、柄にもなく必死に上って捻り潰したかったけど、天辺が見えない坂道に、途中でもうどうでもよくなった。
 もう、頑張るの面倒くさいや。そう思ったら、上るのが本当にどうでもよくなって、坂道の途中で座り込む。赤ちんから返してもらったバスケットボールを見る。赤ちんとの約束を思い出したけど、もう無理だ。こんなものがあるから、俺はしんどい思いをしなくてはいけないのだ。面倒だ。捨ててしまいたい。赤ちんに会えなくていい。だって、どっちにしろうえまで上れなかった俺なんていらないだろうし。


 「赤ちんにもう会えないやー…」


 会えると思っていた人と会えない。それを思ったら、ちょっとだけ寂しくなった。だけど、また楽な道の生活が待っているから、その寂しさもいつかは消えるだろう。











 「ふざけんな!!!」








 俺の隣にいつのまにか立っていた室ちんにそういわれて殴られた。ちょっとだけびっくりしたけど、そんな俺を無視して、室ちんは俺のバスケットボールを持った。一つだけでも危なげな手つきなのに、俺のやつをもったら、余計に危なっかしい手つきになって、いつ落として、ころころと坂の下まで落ちていくのかも時間の問題のような気がした。
 室ちんは落ちそうになるバスケットボールを抱えながら、ずっと何かを言っていた。多分暴言で、汚い言葉。でも、泣いているのがわかった。怒りながら泣くなんて、変なのって思いながらも、俺は室ちんから目が離せなかった。



 多分、手を伸ばしたのは気まぐれ。多分、バスケットボールを掴んだのは泣いている彼もここで座り込んでいる自分もあまりにも惨めだったから。多分、彼の手を掴んだのはまだ頑張れそうな気がしたから。多分、足が動くのは、多分、多分、また彼とともに歩きたいと思ったから。



 結局、天辺に着いても、後一歩のところで彼らを捻り潰せなかった。だけど、いつもと違う天辺の景色に俺は何もいえなかった。涙が出てきた。何で泣いてるのかわかんなかった。でも、泣きながらでも手の中にあるそれの用は今さっきで済んだはずなのに、捨ててはいけないと思った。お菓子を持っていない右手は未だに室ちんの手を握ったままだった。もちろん、あのときのように天辺にいっても、赤ちんがいるはずもなく、だから誉められることもなく、ただただ室ちんの手の温かさだけが隣にあった。今、俺の周りには好きなものは一つもないのに、俺の心はこんなにも満たされていた。




 「室ちん」



 「うん」



 「室ちん」



 「うん」



 「俺……」



 「わかっているよ、アツシ」




 そういって笑った室ちんに、俺は何も言えなくなった。だって、何もかも予想外だったんだ。思ったより、このバスケットボールが嫌いではないみたいで。思ったより、あんたみたいな性格が嫌いではないみたいで。思ったより、この坂道を上ったことを後悔していないみたいで。また上ってみてもいいかもしれないと思った。






 天辺の景色を見ながら、どこかであの寒い赤の炎の中で歩いている赤ちんを想った。次に彼と歩くときがきたら、次は赤ちんにボールを渡したままではなくて、ちゃんと俺がそれを持ちながら歩きたい。今と室ちんと俺のように、手を繋いで、天辺を目指したい。叱咤されて、誉められるのではなくて、一緒に同じ景色を見たい。
 だって、俺は炎の中を歩く神様のような赤ちんじゃなくて、ずっと俺の傍にいてくれた赤ちんが好きなのだから。傍にいたいと思ったのだから。だから、赤ちんにたどり着く道がどれだけ大きな坂道があったっていい。だって、俺にはこの温かい手があるのだから。赤ちんが返してくれたバスケットボールがあるのだから。だから、俺は歩いていける。上っていける。



END

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