※二重人格設定。本誌ネタバレにつき、閲覧注意




 “赤司征十郎”の道はいつだって一人だった。人間は最後には一人で死んでいくものだと誰かがいっていたが、その言葉は死ぬその日までは誰かが傍にいるってことだろう?けれど、彼が歩いてきた道はいつだって隣には誰もいない。いつだって、彼の後ろについてくるだけで、決して彼と隣に並ばなかった。



 「寂しいかい?」



 「寂しくない、お前がいてくれるんだろ?」




 彼はそういって笑った。僕はそんな“赤司征十郎”の顔が好きだった。







『孤独を抱えた僕と彼の話』








 小学生の彼はいつも一人だった。決していじめられているからではない。むしろ、たくさんの人たちが彼を取り囲んでいた。しかし、彼の心はいつだって孤独だった。誰も彼の秀才過ぎる頭についていけなかったからだ。そんな孤独を抱える彼の中に僕が生まれた。彼と僕は同じだ。同じ知性、性格のせいか、彼はすぐに僕を気に入った。
 僕と彼はよく一緒に将棋を打った。チェスもしたことがある。それが僕と彼のコミュニケーション手段だったからかもしれない。なぜなら、僕は現実には存在しない。彼に直接体温を感じるように触ることができない。ただ会話しかできない存在。けれど、それでも僕は幸せだった。僕は彼が大好きだからだ。彼が僕の存在と一緒にいて、笑っていてくれるのなら、僕はそれでも良かった。



 けれど、帝光中学に入ってそれは変わった。クラブ活動の強制入部を命じられているこの学校に彼はバスケットボール部に入った。理由はひどく簡単。とても面白そうな人物がバスケ部に3人ほど見つけたためだ。もとから、“赤司征十郎”は人の能力を開花する能力があり、指示し、育てるのが好きだった。将棋が好きだったのもこのためだ。人やものを思い通りに動かすのは好きだった。



 はじめに彼に近づいてきたのは、“紫原敦”という人物だった。面倒くさがりで、バスケ部に入ったのは、ただ自分に合っているからだと言っていた。たしかに、素質は十分であったし、身長も規格外に大きい。好きでなくても、運動神経さえあればできる、と僕は彼の言葉にひどく納得した。しかし、そのスタンスで生きてきたためか、敦は自分と間逆のような人物を極端に嫌う。たとえば、バスケが好きでも身長が低いやつ。まぁ、これは“赤司征十郎”にもあてはまったのだが、能力においては敦よりは上だった。そのためか、それを見せ付けてからは逆に“赤司征十郎”に懐き始めたのだ。多分、自分の考えを覆す例外に会えたからだろう。まるで、“赤司征十郎”が神のように誰よりも従順に従ってくれた。僕も彼もそんな従順で犬のような可愛らしさがある敦が大好きだった。けれど、ベタベタと彼に触るのは少しいただけない。彼の嬉しそうな表情を僕以外に見せた、はじめての瞬間だったからだ。


 「お前は紫原のことが嫌いなのか?」


 「嫌いじゃないよ。ただ、君に引っ付きすぎかな、と」


 「ははっ、じゃあ、俺の身体を一回使ってみるか?どれだけ心地いいものかわかるぜ?」



 彼はそう簡単に言ったが、僕は彼の体を自身の意志で使うのは初めてだった。少しだけ緊張した。それに加え、彼が身体の権利を与えたのは、敦に抱きしめられているときだったから、余計に緊張した。人の体温を初めて感じた。トクリットクリッと頭から敦の心臓の音が聞こえた。なぜかそれだけで僕は呼吸を忘れたような気分になったのだ。

 敦の腕の中は温かかった。人の体温はこんなに心地がよいものなのか、と驚き、彼の頬が緩む理由が理解できた。

 “赤司征十郎”は今までの人生で人の体温を感じることが少なかった。親に愛されていない、というわけでもない。けれど、抱き上げられたり、手を繋いだりと、身体で、体温で愛を教えてもらったことがなかった。だからなのだろう。純粋に好意を持って、抱きしめられる喜びが生まれたのだ。しかし、僕は彼と対照的に胸がいっぱいいっぱいになって、笑みを浮かべるよりも先に自然と涙が零れた。涙を流すのもはじめてで、どうすることもできなかった。ただほろりほろりと流れる涙に僕は袖で涙を拭うだけだった。敦はそんな僕を見て、声をかけずにただ頭を撫でた。余計に温かさを思い知ってしまって、涙が止まらなくなった。




 「わかっただろ?」



 「わかったが、失態をさらしてしまった。泣いてしまうなんて」



 「俺もビックリしたさ。感激のあまり泣いてしまうなんてな」



 「…うるさい」









 それから、僕と彼は度々入れ替わった。多分、僕の反応が新鮮だったからだろう。彼は僕に身体を明け渡すことをとくに何とも思っていないらしい。といっても、僕が彼の身体を使うときは、大体1日に10分ぐらいだ。それは授業のときだったり、ご飯を食べているときだったり、部活をしているときだったり…いろんな場面でその入れ替わりは行われたのだが、僕はとても楽しかった。

 それから、“青峰大輝”、“桃井さつき”、“緑間真太郎”、“黒子テツヤ”、“黄瀬涼太”と次々と“赤司征十郎”に関わる人々が現れた。そうして気がついたら、“赤司征十郎”の周りには人がいた。彼の道に共に歩いてくれる友が現れた。そして、彼に笑顔が増えた。



 「寂しくないかい?」



 「寂しくない、だって彼らがいるから」



 その言葉に僕は静かに笑い返した。彼の返答が変わってしまったのが、少しだけ悲しかった。僕も彼らのことが好きだ。甘やかしてくれる敦が好きだ。純粋にバスケを楽しむ大輝が好きだ。メンタル面でも支えようとしてくれるさつきが好きだ。真面目で誠実な真太郎が好きだ。大人しそうに見えて頑固なテツヤが好きだ。人懐っこくてキラキラしている涼太が好きだ。けれど、僕の一番の好きはいつだって彼だったから、彼の一番が僕じゃなくなったことは、少しだけ悲しくなった。僕のほうが寂しかったのかもしれない。



 “赤司征十郎”にも彼らにも変化が起こったのは、いつからだったか…僕の目は動きから未来を読み取れるようになった。もとから、人の動きに予測をたてるのは得意だったが、汗や筋肉の動きから未来の予測をできるようになった。それを気付いたのはいつだったか忘れたが、けれど、この能力に彼は気付いていない。彼は最近僕に身体を預けることが増えてきたからだ。たまに、1日ずっと預けられたこともある。多分、その原因は大輝の練習のサボりとそこから影響されていっているチームの変化だ。とくにテツヤは一番影響を受けている。テツヤのことをとくに気に入っていた彼のことだから、目に見えて落ち込んでいっているテツヤの支えになれなくて苦しんでいるのだろう。

 気にすることなんてないのに。勝利を続けるには、個々の能力アップは必須だ。大輝はそれが一番早く現れただけで、いずれ他の皆だってそれぐらいに強くなる。変わっていく。高校に進めば、より強い相手に出会い、またもとの彼らに戻ってくれる可能性はあるが、中学の間は無理に等しい。大輝だって、涼太だって、真太郎だって、敦だって、テツヤだって、勝ちたいと思って、練習を続けてきた。勝ち続けていきたいと思ったから、個々の特性を磨き上げてきた。その結果がこれだ。彼もテツヤも何が不満だというのだろうか。









 「青峰は全然練習にこなくなったな。黄瀬もよくモデルの仕事に行くようになったし。緑間は俺たちにまじらずに一人で黙々と練習するようになった。紫原は部員によく突っかかるようになった。黒子は諦めた表情をすることが多くなった」



 「……寂しいかい?」



 「寂しい…な」



 そういって、彼は本当に寂しそうに笑った。僕が一緒にいるのに、いつも傍にいた僕がいるのに、彼らが離れていくのを感じただけで、彼はそういった。僕はそれに何も言えなくなった。笑顔すら返すことができなかった。そして、彼らが羨ましく思った。彼に愛されている彼らがひどく妬ましくなった。



















 そして、僕が彼の身体の所有権を持っていたときに、事件は起こる―――――――



 「ああああああああああ!!!俺の目が…俺の、目が…!!なんで……!?何で俺の目を…!」


 「達成できなかったからだ、彼らと約束をしたんだ、当たり前だろう?」



 「これじゃあ、バスケが、できない…!!あいつらと一緒にいられるのはこれしかないのに…!!!」



 「できるさ、大丈夫。むしろ、これで彼らを、テツヤを引き止めたんだよ」



 「……え?」



 「彼らもひどく困惑していた。当然だよね、本当にこんなことをするなんて、夢にも思っていなかったのだから。だから、彼らと約束したんだよ。もし、高校に行って、一人でも僕に勝つことができたら、僕は二度とこんなマネをしないと。」



 あのときの情景は今でも目に浮かぶ。敦はひどく取り乱したし、真太郎は怒っていた。涼太の顔は真っ青だったし、さつきは泣きそうになっていた。大輝は少しひいていたな。テツヤはどんなことをいっても僕を止められないとわかっていたのだろう。真っ直ぐ僕を見ながら、僕たちはどうしたら君のそんな行動を止められるんですか、と聞いてきた。僕はべつに止めてほしいとは思わない。勝利をしない“赤司征十郎”なんて“赤司征十郎”じゃないからだ。彼の中からみた“赤司征十郎”とは、いつでも勝利を手に入れ続ける代わりに、いつだって孤独な人なのだ。そんな彼を壊そうとする彼らは僕にとっては邪魔でしかない。けれど、彼らを大事だといっている彼には僕の前だけでは笑っていてほしい。だから、彼らを利用した。彼らを縛り、彼らと“赤司征十郎”を離すようにした。

 僕は一生誰にも負けるつもりはない。だって、“赤司征十郎”はいつだって勝ち続ける孤高の王様なのだから。けれど、僕の思惑に気付いていない彼は安心したような笑みを浮かべながら、僕を見る。なんて弱い人になったのだろう。けれど、その代わりに彼は一生僕のものだ。



 「寂しいかい?」



 「寂しく、ない…だって、お前が彼らを引き止めてくれたのだから」



 彼はそういって僕の左目に触れる。痛みなんてない。けれど、優しくそれに触れる手になぜか少しだけ胸が痛くなった。
 血でドロドロだった僕の目は、いずれ赤の目じゃなくなるだろう。僕は現実の影響を受けていない彼の赤い両の目を見る。やっと、違いができたね。






























 卒業式の日は、あっという間に訪れた。2人きりの教室。窓の外はいろんな人で溢れかえっていて、泣いていたり、笑っていたりとうるさく聞こえた。


 結果をいえば、全員別々の高校に行くことになった。テツヤ、大輝、真太郎は東京の高校だが、涼太は神奈川、敦は秋田、そして、僕は京都だ。彼にはそんな遠くにいく必要はないといわれたが、僕は完全な勝利を目指したかった。京都の洛山には『無冠の五将』と呼ばれる5人のうち3人もそこに在籍している。テツヤの高校にも1人在籍しているようだが、とくに問題ないだろう。

 彼はあの事件以降、完全に身体の所有権を僕に明け渡している。多分、僕に任せていたほうが良いだろうと思っているからだ。そして、彼は深い眠りについた。きっと、また昔のように笑い合える日を夢に見ているのだろう。本当に滑稽で哀れで、かわいい人だ。




 「もう一人の赤ちんは消えちゃったの?」




 窓の外の景色をぼんやりと見ていた僕に敦はいきなり聞いてきた。さくさくとスナック菓子を頬張る音が少しだけ耳障りだった。



 「…何のことだ?」


 「ちょっと乱暴な言葉遣いで、でも、誰よりも俺たちのことを思ってくれる赤ちん」



 敦の方へと振り返る。真っ直ぐ僕を見つめながら、口はもごもごと動き続けていた。どうやら、気付かれているようだ。まぁ、敦はずっと僕とも彼とも一緒にいたのだから、いくら僕が彼になりきっていたとしても、多少の変化を感じていたのかもしれない。それに、あの事件以降は、僕は自分のことを『俺』といわず『僕』と言っているし、彼らに対しても、名字ではなく名前で呼んでいる。消えた、という発言はそこからきているのだろう。

 しかし、僕は敦に本当のことをいうつもりはない。敦にゆっくり微笑みかけながら、口を開く。




 「…こんな“赤司征十郎”は嫌いかい?」



 「べつに。あ、でも、俺に甘えてくれなくなったのは、ちょっとだけイヤかも」



 「高校になったら、離れ離れになるんだ。甘えてられないよ」



 あくまで“赤司征十郎”のふり。けれど、敦の言うとおり、僕は彼と違い敦に甘えることはない。多分、初めて抱きしめられたとき泣いてしまったのが、今でも最悪の失態と捉えているからだろう。敦が僕と彼のことに気付いたのは、それのせいもあるかもしれない。



 「……赤ちんはさ、俺らと離れて寂しい?」



 「寂しくないよ。バスケをしていたら、いずれは会えるからね」



 「そっか…しばらくの間はお別れだね」



 そういって、敦は僕に近づいてきた。




 「敦…?」



 「お別れは寂しいものだよ、赤ちん」




 どういう意味だ。と聞く前に、敦は顔を近づける。それは目に近づいてきて、僕は自然と目を閉じた。




 「だから、もっと素直になってね」




 かすかに左の目蓋に触れた唇は温かさを持っていた。敦の言葉が不思議で、触れた目蓋が熱を持っていて、僕はまた頬に何かが流れていくのがわかった。



















 彼の一番は僕じゃない。前まではその事実が悲しかったけれど、彼がずっと僕の傍にいるのならそれでいい。彼らの前に出ず、ずっと僕の前だけで寂しくないと笑うのなら、僕は何だってする。だって、僕は彼を一番に愛しているのだから。この道の終わりまで他のやつらはいらない。僕だけがずっと彼の傍に居続ける。そう決めた。





 けれど、はたして僕の道で、僕の傍には誰がいてくれるのだろう。




 「寂しいかい?」




 「…寂しいよ」




 本当の孤独を持っていたのは僕のほうだったのだ。


END



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