鍵をかけたはずの部屋はいつのまにか開いていた。それを開けたのはテツヤだった。どうしてだい?僕がそう聞くと、「もう君とはいられない」そういって初めに部屋から出て行ったのはテツヤだった。
けれど、テツヤはそういいながらも、最後には絶対にここに帰ってくると信じて疑わなかった。あいつはなんだかんだいったって、僕たち光と離れられないから。だから、テツヤの手によって開けられた鍵を再度閉めるつもりはなかった。だって、鍵をしめたらテツヤは入れなくなるからね。
次に出て行ったのは涼太だった。「黒子っちを取り戻してくるっス!」と笑顔で言って出て行った。取り戻すと笑いながらいったくせに、僕の目にはテツヤのあとを追っていったようにしか見えなかった。
騒がしい子が部屋から消えて、静かになった部屋に僕は少し寂しいと思った。でも、涼太の本当の居場所はここだから、必ずテツヤをつれて帰ってくると信じた。だから、帰ってきたときは、あまりにも遅い帰宅のお仕置きと一緒に、少しだけ頭を撫でてあげようと思っていた。
桃井は一度もこの部屋には入ってこなかった。けれど、いつもドアを叩いて、大輝を呼んでいた。桃井がノックをするたび、大輝は面倒くさそうに部屋から出て行った。けれど、絶対といっていいほど、つまらなさそうに帰ってくる。それを桃井と大輝は何度も繰り返していた。だから、大輝が部屋から出ていっても何も思わなかった。あいつはテツヤと涼太とは違い、すぐに帰ってきてくれるからだ。
「俺は俺を待ってくれているやつのもとに行く」そういったのは、真太郎だった。意味がよくわからなかった。誰がお前を待っているんだ?そう聞いても、真太郎は何も言わなかった。けれど、真太郎が扉を開けた瞬間、「真ちゃーん」と大きな声で真太郎を呼ぶ声が聞こえてきた。そいつが真太郎を待ってくれている『やつ』だとすぐにわかった。それと同時に、僕には聞こえなかったけれど、もしかしたら真太郎はこの部屋にいたときからずっと彼の声が聞こえていたのかもしれないと思った。
もう真太郎は戻ってこないのではないだろうか。そう思ったら恐怖でしかなかった。でも、真太郎は賢い子だから、きっと僕の傍にいたほうがいいとすぐに気づいてくれるだろうと思いなおした。だから、僕はまた待つことに専念した。
いつのまにか、大輝は帰ってこなくなった。いつもどおりに出て行ったはずなのに、いつになっても帰ってこない。大輝まで行ってしまったのだろうか。でも、大輝のことだからひょっこりと帰ってくるかもしれない。帰ってくることを信じるしかない僕は大輝の帰りも待つことにした。
「とうとう2人っきりになったねー」
「そうだな」
「寂しいー?」
「寂しい?なんでだ?」
「だって、俺しかいないんだよー」
「そうだな、敦しかいないな。でも、敦がいるから寂しくないよ」
「そっかー」
えへへーと無邪気に敦は笑う。それと同時に背中に温もりを感じて、僕は少し安らいだ気分になった。そう、次々とこの部屋から住民は消えて行ったけど、絶対消えない存在がいるから、僕は待ち続けていられる。寂しいと一瞬でも感じた心が癒される。僕はまだ幸せだった。
いつからかドアを控えめに叩く音が聞こえてきた。敦はそのノックに応えるように、ドアに近づいて、ドアの向こう側の人物と話していた。けれど、敦は決してドアは開けなかった。だから、僕は安心していた。ドアを開けなかったら、敦は出て行かないから。
控えめなノック音は、あるとき大きなノック音に変わった。ドンドンドンッと心臓を揺さぶるような大きな音と何かを叫んでいるような大きな声。僕は不愉快で耳を塞いだ。けれど、一向に音は止む気配がない。あぁ、イライラする。いっそ殺してしまおうか。そう思い、塞いでいた手を耳から外したら、いつのまにか音は止んでいた。それと同時に背中の温もりが消えていることに気づいた。
「敦?」
視線は扉に向いた。扉は開いていた。敦は扉を開けてしまったんだと悟った。
敦が出て行ってどれぐらい経っただろう・・・時間経過などよくわからないが、みんなと同じように敦はこの部屋に帰ってこないという事実を思い知らされるぐらいの時間は経ったようだ。とうとう僕は一人ぼっちになってしまった。けれど、この部屋から出る気はさらさらなかった。ここは居心地がいいし、いずれはみんな自分の間違いに気づいて帰ってくるから、今までみたいに待ち続けようと思ったからだ。けれど、その思いこそ間違いなんだと思い知らされた。
敦があけていった扉を閉めようと思ったときに、向こう側の世界が見えた。知らない『キセキの世代(みんな)』がいた。知らないやつと話し、笑い、こちらに背をむけて歩いていた。
君たちは、帰ってくる気はないんだね。
ガチャンッ
知らない『キセキの世代(誰か)』を入れることはできないから、僕は鍵をしめた。
△△△△△△△△
コンコンッ
コンコンッ
小さなノック音が聞こえる。けれど、僕はずっと無視をし続ける。知らないやつにここを入らせたくないからだ。僕が創りあげた楽園を見ず知らずの他人なんかに見られたくなかった。無視をし続けたら、いつのまにかノック音はやんでいた。
コンコンッ
コンコンッ
またノック音が聞こえてきた。僕は前と同じように無視を決め込む。けれど、今回ドアを叩いている人物はあきらめが悪いらしい。一向にノック音は終わらない。わずらわしく思えたそのときに、かすかだが声が聞こえてきた。
「赤司くん、赤司くん、聞こえていますか?」
コンコンッ
コンコンッ
声ですぐに誰なのかわかった。テツヤだ。やっとここに戻ってきたらしい。でも、僕は開けようとは思わなかった。あいつがこの部屋にもう一度訪れた理由はただ帰ってきたのではないとわかっているからだ。きっと僕をここから出すつもりだ。あいつらのように・・・そして、いつかに積み上げた栄光をバラバラに砕けさせ、過去のものだと押し付けるつもりなんだ。それはいやだ。僕はここにいたい。ここ以外のどこかになんかいきたくない。僕はずっとこの部屋で残った温もりをかきあつめて大事にしながら生きていたい。
そう思っていたのに・・・・
トンッ
小さな軽い衝撃。
「助けにきましたよ、赤司くん」
優しい声とともに背中に温もりを感じた。後ろから抱きしめられたのだとわかった。その温もりに鼻がなぜかツンッと痛くなった。あぁ、またこいつは僕の許可も無視で鍵を開けたらしい。厄介なやつだ。テツヤはいつだってがんじがらめに閉めた鍵でもいとも簡単に開けてしまう。憎らしい。でも、愛しい人。
「助けてと言った覚えはない」
「そうですか?僕からしたら寂しくて死んじゃうウサギが、たすけてたすけて、と言いながら泣いているように見えましたでしたけど」
「寂しくなんか・・・」
ない、と言いながら振り返ると、唇に感触が生まれた。思わず目を見開いて、テツヤを見ると、テツヤは僕の唇から唇を離してきれいに笑った。唇の感触の驚きはもちろんだが、それよりなによりテツヤのそういった笑顔があまりにも久しぶりだから、僕は何も言うことができなかった。そんな僕の動揺なんておかまいなしに、テツヤはさらに笑みを深める。
「帰りましょう、赤司くん」
帰るってどこに?そう聞こうと口を開いたが、テツヤに腕を掴まれて無理矢理立たされた。あぁ、連れて行かれる。僕の帰る場所はずっとここだったのに、どこに連れ出そうとするのか。そう思って、足に力を入れようと思ったが無駄だった。テツヤは走るように僕を扉の前まで連れて行き、外への一歩を踏み出した。世界が広がる。
目の前の『光』がまぶしいと思った。
「あ!!黒子っちと赤司っち!」
「まったく、遅いのだよ」
「待ちくたびれちまったぜ」
扉の向こうには、涼太と真太郎と大輝がいた。3人とも呆れたような顔で、まるで僕が待ち合わせに遅れたかのような言い方だ。つい、複雑な心境になる。今までずっとあの部屋で待っていたのは僕だと思っていたのに、変な感じだ。ぼんやりとそう思っていたら、いきなり横から衝撃がきた。思わずふらつくが、それは強く僕を引き留めた。
「おかえり、赤ちん!」
上からよく知った声が聞こえる。敦が横から思いっきり抱きついたのだとわかった。
「敦・・・」
敦がいる。僕は信じられず、思わず敦の頬に手を伸ばす。猫のように僕の手にすりつく彼は間違いなく敦で・・・僕から離れていったのではなかったのかとか、扉の向こうで敦を呼んでいた彼のもとに行ったのではないのかとか言いたいことはあったが、敦がいるという事実だけで今は十分な気がした。
「紫原くん、先に言うなんてずるいですよ!僕が一番に言いたかったのに!」
「えぇ!?全員で言うんじゃなかったんスか!?」
「おかえりなのだよ、赤司」
「お前も言ってんじゃねーよ!」
ぎゃあぎゃあと騒ぎ始めたテツヤたちに僕は思わず目を丸くする。まるで、今見ている光景が昔みたいだからだ。鍵をしてまで部屋の中で大事にしていた宝物が、部屋を出て行っても存在していた。
「あー、でもおかえりぐらいなら、もういいですよ。僕、赤司くんとキスしちゃいましたし」
「「「「はあ!?」」」」
そういえば、キスされたな。さきほど起こったことを脳内で振り返りながら、僕はどこか他人事のように思う。驚きはしたけど、べつにイヤではなかった。というか、キセキの誰であっても、僕はイヤという感情がわかない気がする。気のせいか、敦がさらに強く僕を抱きしめた気がした。
「なにやってんの、黒ちん。いくら黒ちんでもひねり潰すよ」
「ふふっ、奪ったもん勝ちです」
「あ、じゃあ俺が今黒子っちとキスしちゃえば、一石二鳥じゃないっスかー!」
「黄瀬ぇ、テツに手ぇ出すんじゃねぇ!」
「キモイのだよ、黄瀬」
「気持ち悪いです、黄瀬くん」
「黄瀬ちんきもーい」
「ひどい!」
「ふっ・・・」
いつもどおりの掛け合いに僕は思わず笑いがこぼれてしまった。変わったと思っていた。僕をおいていって変わっていったと思っていたのに
「まったく変わらないな、お前たちは」
すると、涼太をいじっていたみんなが僕を見る。また少しだけ呆れが混じっているような顔だ。
「当たり前です。僕らはずっと赤司くんが大好きなんですからね」
「赤司っちが大好きってところは誰にも譲れないっス!」
「まぁ、好きだ好きだっつーても、たまーに独りよがりな考えをするときはムカつくけどな」
「まぁ、そこも含めてお前は俺たちにとって必要な存在なのだよ」
「赤ちんが皆を大好きなように、俺らも赤ちんが大好きで大好きで仕方ないんだよー」
そういって、敦はぎゅーっと強く抱きしめてきた。僕に向けられる悪意も偽善も何もない純粋な好意。僕が求めてやまないそれは温かく僕の胸に広がる。昔から彼らの好意は伝わってきていた。けれど、その気持ちすら変わったのだと今まで思っていた。胸にあふれた熱いものは頬に流れた。
「ああ・・・そうだな・・・ぼくは、お前たちがだいすきだ」
ただいま、世界。
もう鍵はいらないよ 。
END