中学の頃、確かに僕の世界は狭かった。僕の世界は、テツヤ、涼太、大輝、真太郎と敦で構成されていたと言っても過言ではない。その狭い世界の中で、さらに近くに寄り添ってくれた敦の存在は、誰にも言ったことはなかったが大きな存在だった。好きだと、ずっと傍にいると、言葉で、行動で、愛を与えてくれた。直接愛を与えられることが少なかった僕にとって、はじめこそ驚きはしたが、とても心地の良いものだった。
 けれど、僕はその愛を表立って敦に返すことはなかった。なぜかといわれたら、余裕を感じていたからかもしれない。返さなくても、変わらず敦は僕だけに愛を与えてくれると思っていたからかもしれない。

 そんなことはないのだと気づいたのはいつだったか。敦が陽泉に行き、僕が洛山に行った。広がる世界。増える知識。変わる心。変わらないものはあると信じていたあの頃。変わらず、愛は与えられると信じていた。
 けれど、見てしまった。気づいてしまった。僕と敦の関係を。距離を。愚かな自身を。笑っている敦。傍にいる誰か。近すぎる距離。開いた距離。
 変わらないものとは何だ。そのときの自分は確かにそう思った。けれど、そんなことすぐにわかった。僕と敦が繋ぐもの。愛という関係ではなかった。


 命令し、従うだけの服従関係。


 愛がなくとも築ける関係。僕と敦の間にあった関係だった。誰も彼も服従させる力がある僕と、普段は絶対人の言うことを聞かない敦。なぜ、敦が僕に懐いたか、それは僕の天性のものであり、僕という個人だから従っていたというわけではない。その事実と今の敦を見れば十分だった。
 愛がなければ築けない関係。愛を与え、返される関係。中学時代、築けなかった関係。あぁ、お前は築いてしまったんだね。僕ではない相手と。はじめてそれを見たとき、僕はどこの誰かも知らないやつに敦をとられたということに憤りを感じたが、あの敦の笑顔を見れば憤りなんてどこかへ消えてしまった。

 これはきっと代償だ。与えられることが当たり前と思い、なお強欲に、それが続くと信じて疑わなかった僕に代償が与えられたのだ。

 敦が誰かを愛しているのなら、僕たちの関係は終わらせた方がいい。それは自然と出てきたものだった。WCの後、敦はいろいろと変わったらしい。それも、あの敦の思い人のおかげだと知ったときは、思わず笑いが込み上げたものだ。彼は一年も経たずに、あの何を考えているのかわからないといわれ、扱いにくいとも囁かれていた紫原敦を変えたのだ。それは完璧な敗北だった。2度目の敗北を経験させられた相手がまさか敦の思い人であるなんて、誰が想像できるだろうか。それも、本人も知らない間に。
 きっと、敦の中で僕の存在はどんどん小さくなっていっているだろう。いつ敦が僕の命令をきかなくなるなんて、時間の問題のような気がした。そう思うと、自然と、僕の手は携帯のメールの作成画面を開いていた。




 「もう、僕はお前のキャプテンでもない。これからは、僕の命令をきかずにお前の好きに生きればいい」





 それは一種の自己防衛だったのかもしれない。拒否をされる前に、こちらから手をきっておけば、傷つくこともないし、何も感じない。電話や直接会って話さなかったのは、ただ敦の返事が聞きたくなかっただけだ。「わかった」という了承の一言でも僕は聞きたくなかった。自分勝手であると言われるのも百も承知だ。けれど、これが最後のワガママだと思えば、それでも許される気がしたのだ。

 あのメールを送った後、僕は敦のアドレスを消した。僕がもう敦に用事ができるわけなんてないし、オフで会うこともないだろう。あのメールを見て、敦は驚いただろうか。それとも喜んだだろうか。それとも負けてしまった僕はもう従うべき相手じゃないと思い、無表情な目でそれを見て、携帯を閉じ、彼に甘えるのだろうか。そこまで想像して、そんな自分を鼻で笑った。自分はいつのまにこんな弱くなってしまったのだろう。敦と会うまで1人でも生きていけた。愛を与えられずとも、前を向いて歩んでいけた。そんな自分がたった1人のことを思って、こんなにも胸が苦しくなるなんて、昔の自分だったら想像できないだろう。



 ちらりっと視線だけを動かして、携帯を見た。アドレスを消したのだから当たり前の話だが、あのメールを送った後、携帯が着信を知らせることなんて一度もなかった。








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