部活も終わり、ほとんどの部員が着替えも終え、雑談を交し合っている部室。黒子たちも着替え終わり、いつもどおりコンビニに行こうなどと言っている。それをちらりとみて、まだ書き終わっていない部誌に続きを記す。今日は明日の練習試合のために、いつもよりメニューを軽めにしたから、部誌を書き上げるのはそう長くはかからないだろう。そう思っていると、ほとんどの部員がぞろぞろと「お疲れ様です」などと言いながら出口に向かっていた。言われている相手に僕も含まれていたので、適当に手をあげて応対する。青峰たちもその集団の一番後ろにいていたので、今からコンビニに行くのだろう。やっと静かになると思い、ふうっと息を吐く。



 「赤司くん」



 呼ばれ、横を見ると、黒子が僕を見ていた。青峰たちと一緒にいると思っていた彼がそこにいたので、少し驚いてしまう。



 「黒子か、どうした?」



 「コンビニに行こうと思っているんですが、赤司くんもどうですか?」



 時々こうやって話の輪に入っていなかったのに誘われるときがある。そういうとき、少し胸がこそばゆい。友達というものはこういうものなんだろうなと感じる。



 「誘いは嬉しいが、まだ部誌を書き終わっていなくてね」



 ぜひとも一緒に行きたかったが、自分の都合で黒子を待たすというのは申し訳ない。それに皆とコンビニに行くというのは今日だけの限定ではない。これからも先、何回もある。



 「そうですか」


 黒子も僕の返答にとくに気分を害した様子はなく、いつもの無表情で頷いた。



 「え!赤ちん行かないなら、俺も行かない!」



 突然割り込んできたその声に僕と黒子はその声の方向を見る。敦は毎度のことながら腕にスナック菓子を抱え込んで、僕たちを見ていた。話の流れからして、敦も一緒にコンビニに行く予定だったのだろう。僕としては、はっきりといってそちらのほうがありがたい。僕と敦が付き合っているという事実は隠しているつもりはないが、2人だけのときにべたべたと抱き合っているような行為を人前でしないようにきつく言い聞かせている。部活中にしたら、選手に影響を与えるのは目に見えているし、1人の男相手に甘い表情をする自分を見られてしまったら、今まで築き上げたキャプテンの威厳が小さくなるような気がしたからだ。そんな制限を設けているせいか、2人きりになっときの反動がすごい。一度くっついたらなかなか離れないし、時々衣服の中に手を突っ込んでくる始末だ。それは本当にやめてほしい。
今もこの部室にほとんどの部員がいない。黒子もコンビニに行くと、きっと敦は待ってましたとばかりにくっついてくるだろう。そうなったら、1時間ぐらいはここに滞在してしまいそうだ。それはぜひとも遠慮を願いたい。




 「紫原…明日は試合だ。遅くなるかもしれないから、先に帰れ」



 ただ、早く帰れないから嫌なわけじゃない。むしろ、敦がくっついてくるのは僕としては安心するから好きだ。まぁ、服の中に手を突っ込んで触れてくるのは、場所を考えろと殴りたくなるが…
けれど、なるべく疲れを残さないまま試合に臨んでほしい。これは本心だ。それに明日になれば、嫌というほど触れるというのに、今日ぐらいは我慢してほしい。



 「やだ」



 敦は駄々っ子のように首を勢いよく横に振った。



 「紫原」



 ため息を吐きながらも名前を呼ぶ。怒られると思ったのか、敦の肩がビクッと跳ね上がる。僕と敦の間に挟まれている黒子は少し動揺していた。



 「俺だけじゃなくて、赤ちんも明日試合出るじゃん」



 拗ねたような声。可愛いと思ったが、ここで甘やかしたら、本当に1時間ほどはここにいそうだ。それはなんとしても避けなければならない。家に帰るのが遅くなったら、寝るのも遅くなる。僕はそのことに困らないが、困るのは敦だ。敦は寝起きが悪い。ただでさえ、早く寝ていても寝坊するやつなのに、遅く寝たら寝坊する可能性が一段と高くなる。



 「僕はお前と違って、遅く寝ても早く起きれる。でも、お前は違うだろ?」



 諭すようにいうが、敦は首を縦に振らない。僕と一緒にいたいという気持ちは嬉しいが、それとこれとは話が違う。どうやって、無理矢理頷かせようと考えながら敦を見ると、敦はまるで捨てられる犬のような目で僕を見てきた。


 その目は反則だ…


 僕は思わずため息を吐く。敦のこの目には本当に弱い。たまにわざとしているんじゃないかと思うが、多分無意識だろう。だから、余計性質が悪い。



 「…わかった。先にコンビニに行っておけ。なるべく早く終わらせて追いかけるよ」



 妥協案を提示するが、敦はまだ納得いってないようだ。口を尖らして頷かない。



 「じゃあ、俺がここに残っても残ってなくても一緒じゃん」


 「お前がいたら、余計遅くなりそうだから言っているんだ。大丈夫だ、お前がお菓子を買い終えるときには追いついているよ」



 敦にしかみせないような柔らかい笑顔でいうと、敦は訝しげに見てくる。視界の端で黒子が驚いたような表情を見せているが、今は無視をしておこう。



 「本当?」

 「本当」

 「絶対?」

 「絶対だから、黒子たちといってこい」



 敦の確認に一つ一つ頷くと、やっと納得したようで、不貞腐れた表情から笑顔に戻る。うん、やっぱり敦はそっちのほうが可愛いよ。
 黒子は話にケリがついたと思い、扉のほうに向かう。敦もカバンを持ち上げて、黒子の後を追う。その様子を見届けていると、黒子がドアを開ける前にくるりと振り返った。



 「先に行きますね」


 「ああ、悪いな黒子」


 ただコンビニに誘ってくれただけなのに、さきほどの敦との一連の流れにつき合わせてしまったこと、敦を任せることの意味を含ませていったが、黒子に伝わったかはわからない。けれど、黒子はかすかに笑いながら首を振った。



 「いえ、大丈夫です」



 それだけいうと、敦を連れて部室から出て行った。1人になった部屋はとても静かだ。さっさと書き上げてしまわないと、敦がうるさいなと思い、すぐに部誌へと取り掛かる。







 部誌を書き上げるのは、5分もかからなかった。これだったら、敦と言い合っていた時間で書き上げていたなと思い、笑いが込み上げた。あとは部室の鍵を閉め、返却するだけだ。自分の荷物を持ち上げ、ドアのほうに向かう。すると、勢いよくドアが開いた。



 「赤司っち!!!」



 黄瀬だ。ひどく焦った様子でこちらを見ている。僕はいきなりの黄瀬の出現に驚き、目を開く。確か、黄瀬も黒子たちと一緒にコンビニにいったはずなのに、どうしてここにいるのだろうか。その目には涙が溜まっていた。何かあったらしい。僕は重大なことが起こったような黄瀬の様子に、思わず鍵を握る手が強くなった。






 「紫っちが…紫っちが……」





 黄瀬の言葉に目の前が真っ黒になった。



 敦が…?敦がどうかしたのだろうか。




 身体が震えた。





 「紫原がどうかしたのか…?」




 きわめて冷静を努めるように声を出したが、無理だった。声が震える。

















 「黒子っち庇って、車に……」






 黄瀬の言葉は途中から聞こえていなかった。気がついたら、僕はカバンを放って走り出していた。後ろから黄瀬の呼び止める声が聞こえた気がしたが、知らない。止まるつもりもない。



 敦…!敦…!



 心の中はずっと敦の名前を呼ぶ。あぁ、やっぱり遅くなっても一緒にいればよかったとか、なんで僕はコンビニに行くと言ってしまったんだろうとか無駄だとわかっていても、過去に対する出来事を悔やんでしまう。




 ちょうど学校とコンビニに行く道の中間あたり。そこに人が集まっていた。僕は迷わず、そこに駆け込む。野次馬ががやがやと五月蝿い。僕はそいつらを押しのけながら、そこに行く。













 「僕のせいだ!僕のせいだ!僕が!!」






 「テツ!しっかりしろ、テツ!」










 近づくにつれ、黒子の悲鳴が聞こえる。青峰が黒子の名前を必死に呼んでいる。でも、僕の頭の中はただ敦でいっぱいだ。










 人の波がなくなる。








 丸い赤の中に紫の頭があった。






 「敦!!!!」









 僕はその赤に飛び込む。だけど、その前に何かに阻まれた。







 「赤司!落ち着くのだよ!」








 声と口調で分かる。緑間だ。僕の身体を抱きこんで、これ以上敦に近づけさせないようにしている。




 「離せ!離せ、緑間!!」




 敦がそこにいるんだ。早くそこに行かせてくれ。後で行くと約束したんだ。




 「もう少しで救急車がくる!頭を打っているんだ!下手に動かしたら命に関わるのだよ!!」







 知らない。知らない。そんなこと知らない。いつもなら冷静に働いてくれる頭が、いまは全く機能してくれない。



 助けて。誰か。助けて。あの赤から敦を救ってあげてよ。なんで、赤は広がっているんだ?なんで敦はその真ん中にいるんだ?こんなのいやだよ、いやだ。誰か。誰か…



 僕はただ夢中で敦の名前を呼んでいた。僕が呼んだら、敦は目を開けて、いつものように無邪気な笑顔を見せてくれるような気がしたから。ただ、名前を呼んだ。








人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -