サクサクッ
やっぱり、まいう棒をつくった人は天才だと思う。豊富な味の種類、料金的にも学生には優しいし、なによりすぐに食べることができる。
受験で忙しいこの期間は、おのずと授業は自習時間となった。ガリガリと必死にペンを動かしている人々がバカみたいで、それを尻目に屋上へとやって来た。冬の季節で少し肌寒いが、あんな教室にいても努力しているバカをみてイライラするだけだから、ここの方が幾分かましだ。
それに、昨日の赤ちんを思い出したら、寒さなんか関係なくなる。
あのあと、俺は赤ちんを家に招きいれ、ベッドに押し倒した。あまりにも暴れるからネクタイで手を縛って、いっぱいいっぱい赤ちん大好きって言いながらぐちゃぐちゃにしてあげたら、抵抗は次第になくなっていった。
『もう…やめ……ひんっ!』
『ダメだよー、赤ちん。俺、まだまだ教えたりてないもん』
『あ、あぅ……あたま、へんに…やだぁ…へんになるぅ……!あんっ!』
昨日の赤ちん可愛かったなー。ずっとあんあん言ってた。あ、ヤバイ、また勃ちそう。昨日、あんだけ出してあげたのに。
「昨日はお楽しみできましたか?」
いきなりの声にちょっとびっくり。ドアの方をみると、黒ちんが俺を見ていた。黒ちんは最近俺以外のメンバーの前には姿を現さない。わざとそうやっているらしくて、何でって聞いたら、「君はそうでもないですけど、他の人は僕のことを大好きでしたからね」と自信満々に言っていた。俺も黒ちんのこと大好きだよっていうと、「君は僕と同じで赤司くんが一番ですから」と言った。ようするに、俺以外には一番に愛されているという自信があるらしい。まぁ、峰ちんとか黄瀬ちんは本当に黒ちん大好きだから、そう自信になるのは当たり前だとおもうけど。
黒ちんは赤ちんのことが好きだ。多分、俺と同じ意味で。黒ちんの愛し方は俺の愛し方とはちょっと違う。俺はベタベタと離れないように引っ付きたいけど、黒ちんは追いかけられたいらしい。よくわかんないけど、その方が赤ちんの心を強く惹きつけられるからと言っていた。
「やっぱり見てたんだー」
昨日の図書室前のことだ。俺の勘違いじゃなかったら、黒ちんはずっと図書室で赤ちんを見ていた。赤ちんに見つからないようにひっそりと気づくか気づかれないかの瀬戸際で見ていたのだ。
「ええ、赤司くんが寝たあたりから、ですね」
「じゃあ、俺が来たときもいてたのー?」
「当たり前です」
黒ちんはそういいながら、俺の隣に座る。まいう棒を一つ差し出したら、ありがとうございますと言って、受け取ってくれた。二人してさくさくとまいう棒を味わう。やっぱり、まいう棒は美味しい。
「紫原くん、僕は少し怒っているんですよ」
そういって、俺を見上げてきた黒ちんの顔は怒っているように見えない、いつもの無表情の顔だった。でも、黒ちんはあんまり感情を表情に出さないから、そう言っているのなら怒っているということなのだろう。
そりゃあ、好きな人を他人にとられたら、誰だって怒る。俺だって、いくら黒ちんでも赤ちんを抱いたっていわれたら、捻り潰すかもしれない。
「せっかくじわじわと赤司くんを追い詰めていって、あんな絶望した赤司くんを見れるぐらいまで僕のことでいっぱいにしたのに、君は早々とそれを持っていってしまいました」
「え?」
黒ちんの発言に思わず首を傾げてしまう。抱いたことを怒ってるんじゃないの?
「まぁ、赤司くんが僕たちのことを依存していることに付け入って、『見せ付けるように』女の子に触っていたことには、感心しましたが…」
どうやら、抱いたことは怒ってないっぽい。どちらかというと、あの告白のことについて怒ってる。それに、やっぱり黒ちんにはバレてた。
あの時、女の子から抱きしめてほしいと言われていない。俺から言った。室内で赤ちんが扉に向かって歩いてくる音が聞こえたから。これはチャンスだと思った。
いつからだろう…
赤ちんが大好きだと気づいた。誰にもとられたくなくて、でも、触れると自分の気持ちが爆発しそうになったから、赤ちんに触れるのを自制した。触れなくなると、赤ちんが時々寂しそうにしているのに気づいた。可愛いと思って、めちゃくちゃにしたいっていう願望がさらに増えた。でも、俺は赤ちんの犬だから。ご主人様に逆らったら怒られちゃう。それは嫌だから、赤ちんを誘導することにした。赤ちんはそういうことについては純粋というか、疎いから簡単に嵌まってくれた。
「赤ちん可愛かったよー」
離れるな、ずっと僕の傍にいろ、といった赤ちんの目は不安でゆらゆらと揺れていた。離れることなんてないのに、俺はずっと赤ちんにとらわれたままなのに。それを昨日ずっと教えてあげた。十分だって言われても、愛してるの言葉で窒息しそうなほど埋めてあげた。
「そうですね、赤司くんは可愛いです」
黒ちんはクスリッと笑いながら肯定した。みどちんや峰ちんにいったら、きっと信じられないとでも言いそうだけど、黒ちんはあっさり肯定してくれる。だから、普段はあまり言わない俺でも黒ちんには自然とそういうことを言ってしまう。
すると、いきなり黒ちんが立ち上がった。そして、俺の前に立ち、膝立ちになる。昨日の赤ちんと俺と同じ体勢だ。黒ちんの水色の瞳がよく見えた。
黒ちんは可愛い、と思う。ぐちゃぐちゃに乱したくなる赤ちんとは違い、守ってあげたくなるような可愛さが黒ちんにはある。
だが、赤ちんと黒ちんの違いはそれだけじゃない。愛情表現がストレートな黄瀬ちんたちのせいだといえるかもしれないが、黒ちんは自分が周りからそういう愛でられている対象だと気づいている。でも、赤ちんは周りからそう思われているのに気づかない。気づかないから無防備な姿をふとした瞬間に振りまいてしまう。昨日のように。
「でもね、紫原くん。僕はまだ君みたいに愛を伝えたくないんです」
「なんでー?」
空色の瞳は僕を見る。黒ちんと俺の愛し方は違う。だから、俺はたまに黒ちんのことがわからない。好きなら好きだといってしまえばいいのに、黒ちんは簡単にはいわない。いつもの質問に黒ちんはいつものように返す。
「だって、一番絶望しているときに言ったほうが、赤司くんは僕のほうしか見えなくなるでしょう?」
「赤ちんが一番絶望するときっていつ?」
赤ちんが絶望しているという姿はあんまり想像できない。赤ちんはいつも勝者だから、いつも自信満々だ。そんな赤ちんが絶望で打ちひしがれている姿なんて、冗談でも想像できない。
「僕が勝者で赤司くんが敗者のとき」
黒ちんの言葉に目を見開く。
赤ちんが負ける…?絶望という言葉と同じぐらい想像できないことだった。負けたことがないと自負する赤ちんが負ける?
「そんなことありえないし」
むぅと頬をふくらませると、黒ちんはふふっと笑う。
「そうですね、夢のような話です。でも、それが実現したら、赤司くんは未来永劫僕のものです。」
そういって笑みを深めた黒ちんはちょっと怖かった。本当に実現してしまいそうな顔だった。
「そんなことさせないしー」
「してみせますよ」
赤ちんが負けそうになっても、俺が止めてみせるという意味で言ったが、さらりと返された。黒ちんの自信はどこから出てくるんだろう。
「あと、僕はこんなお話をするためにここに来たんじゃないんですよ」
そういって、俺の頬に触れる黒ちん。少し空気が変わった気がした。あ、昨日赤ちんを家に呼んだときと同じ空気だ。でも、俺は気づかないふりをして、黒ちんに質問をする。
「じゃあ、何のため?」
すると、黒ちんは笑みを深くした。
「赤司くん、昨日どんな顔していましたか?どんな声で鳴いていましたか?どんなふうに紫原くんに触れていましたか?」
そういいながら、僕の頬に触れていた手を胸辺りまで移動させる。性的なものを感じさせるような動きだ。黒ちんってそういうのとは遠そうだと思っていたけど、そうでもないらしい。でも、そんな動きをみせても、俺のは全く反応しない。赤ちんだったら、絶対反応するんだけどなー。
「俺、黒ちんじゃ勃たないんだけどー」
「そんなの適当に触れば勃つでしょう」
「えー、俺赤ちんしか抱きたくない」
それに、赤ちんに赤ちんしか見るな、触れるなっていう命令されてるし。これじゃあ、命令やぶっちゃう。
そんなこと関係無しに、黒ちんはブレザーを脱いで自身のネクタイをほどく。こういうの黄瀬ちんにやったら、嬉しそうに飛び込むんだろうなぁと思いながら、ただただ黒ちんの様子をみる。
っていうか、寒くないの?黒ちん。
「僕を赤司くんに見立てて抱けばいいんです」
黒ちんはゆっくりボタンも外していく。黒ちんの肌は赤ちんと同じぐらい真っ白だった。昨日は赤ちんのその肌をいっぱい噛んだ。白い肌に赤黒い印がつくのは、すごく興奮した。
「彼がどんな気持ちで鳴いて、イッたのかを僕は知りたいんです」
「黒ちんって本当によくわかんないねー」
赤ちんが好きなんなら、赤ちんを襲えばいいのに、俺に赤ちんと同じことをしろと強要する。っていうか、俺黒ちんを抱く気はないんだけどなー
「そうですね、他人からみたら変なのかもしれませんね。でも、僕は赤司くんのことを全部知りたいんです」
黒ちんの独占欲も大概なものだ。こんな2人に愛された赤ちんごしゅうしょうさまー。ま、ごしゅうしょうさまって思っても、赤ちんを離す気なんかさらさらないけど。
「僕の知らない赤司くんを知った君を殺したくなるほど、僕は彼を愛していますから」
なんだ…やっぱり、赤ちん抱いたことめちゃくちゃ怒ってんじゃん、黒ちん
ガチャッ
ドアを開ける音が聞こえる。また誰かが来たらしい。今日は屋上にくる人が多い。
あ、今のこの格好誤解されんじゃね?どうすんの?黒ちんって聞こうと思い、顔をあげたら、黒ちんがびっくりするぐらいの笑顔でそのドアの方向を見ていた。え、なにその笑顔…
「あつ、し……テツヤ…」
あ、赤ちんの絶望したときの顔ってたぶんこんな顔だ。
END