いつもの昼休みの屋上。


「赤ちん、赤ちん」


 さらさらと髪を梳かれて、撫でられる感触と耳をくすぐる声。僕はこれが好きだ。抱き込まれて、全身で感じる愛情はひどく心地がいい。
 しかし、いくら心地よいからだといって、こんな行為は人がいる前では到底出来はしない。その理由として、まだ2年ながらも部長をさせてもらっているが、こんな親密に戯れている姿を見せれば部長の威厳がなくなることはわかっているし、それよりなにより僕と彼―――紫原敦―――は男同士だ。多感な思春期にこんな光景を見せたら、たちまち良くない噂が学校に出回ってしまう。
 それらを防ぐため、ちょっとした伝手で常時立ち入り禁止になっている屋上の鍵を頂いていた僕は、ここを秘密の場所として使っていた。この時間だけは敦に引っ付いて甘え、恋人の時間を過ごす。甘えるのは少し苦手だが、敦相手にひどく簡単にできてしまう。きっと敦は簡単に底の見えない純粋な愛情を僕に与えてくれるから、自分も返しやすいのだと思う。

 ごろごろとネコが喉を鳴らすように甘えてくる敦の頭を撫でながら、どうかしたか?と返事をする。
 手の中には読みかけの本。それに視線を落としながらも、意識はもう敦1つだ。


「好き」

「…うん」

「好きだよ、赤ちん」


 髪を梳いていた手を離し、後頭部に小さな口づけをされる。ちゅっ、ちゅっと柔らかな感触は後頭部、頭の天辺とあたり一面にばら撒かれていく。少しだけくすぐったくて身を煽ると、耳殻にも落とされる。

 いきなり行われ始めた告白にどうかしたのかと首をかしげる。しかし、この屋上に来てから今まで敦はお菓子を食べ、僕は読書をしていた。告白のきっかけになるものはなかったはずだ。けれど、敦は変わらずに好き、好きとまるで壊れたおもちゃのように思いを告げてくる。
 唐突に好きと告げられるのは慣れているのだが、何度も好きといわれるのは滅多になく、だんだんと胸がむず痒くなってくる。そのうえ、たまにキスまでしてくる始末だ。


「僕もだよ」


 なんとかやめさせようと返事をするのだが、どうやら僕の答えはお気に召さなかったようだ。むぅっと唸るような声をあげ、さらに腰に巻きついていた腕の力は強くなった。


「好き好き大好きー」


 ぐりぐりと肩口に顔を埋め、ぐりぐりと頭を擦り付けてくる。一体どうしてほしいのだろう。全く敦の意図が汲み取れない。人の感情や心を読むのは一般より鋭いと自負していたが、敦の気持ちは時々わからない。


「敦?」


 僕は読んでいた本を閉じると同時に、腰に巻きつく腕の力を弱めてもらい、敦と向き合うように振り返る。すると、少し不機嫌そうな、恨めしそうな敦と目があった。けれど、僕の前髪をかきあげるように撫でてきた手は優しい。一体何なんだ?と思いながらも、心地よい感触に思わず目を細めて委ねてしまう。


「赤ちんも俺のこと好きっていってよー」

「は?」

「ほら、す、き、って」


 細めていた瞳を開けてみると、口を尖らせて催促する敦の姿。いきなりの敦の言葉に首をかしげると、わざわざ一音ずつ区切ってきた。いや、言葉がわからないのではないのだが…
 しかし、原因はわかった。


 僕に好きだと言わせるために言っていたのか。


 なぜいきなりそう思ったのかはわからないが、そのために奮闘していたのかと思うと、ぶわっと愛しさが溢れてくる。さきほどとは違う意味で胸がむず痒くなり、頬が緩む。
 僕も好きだよ、と溢れる気持ちのまま返したかったけれど、僕の天邪鬼の部分はそんなに簡単に返していいのか?もっと自分のために奮闘する敦は見たくないか?と囁いてきた。そう囁かれてしまうと見たいと思ってしまって、緩まっている頬をなんとか引き締め、口は意地悪を吐きだす。


「僕がそう簡単に言うと思うか?」

「じゃあ、どうしたら言ってくれるのー?」

「そうだな」


 予想通り、まるでご褒美を待つ犬のように目をキラキラして待っている敦に苦笑を漏らしながら、僕は手を下顎にあて思考する。
 今何かをしてもらって言うのもありだと思うが、この状態の中で言うと多分後がいろいろと大変だろう。今は昼休みだ。午後の授業にあまり響かせたくない。
 けれど、お預けというと拗ねて、部活のほうに支障が出てくるだろう。

 さて、どうしようか…

 待ちきれない瞳をする敦の頭を撫でながら、ふと今週の土曜日は練習試合ということを思い出す。午前から試合を組んでいるから、午後には帰れるはずだ。父は仕事で出ているし、使用人も午前中に帰るといっていたはずだ。僕と敦が帰ってくるときには、誰もいない家のはずだ。そこで何をしようとも誰にもバレないだろう。


「次の土曜日にある練習試合、50点以上いけばご褒美としてあげようか」

「50点…うん!いける!」


 僕が挙げた条件に敦は笑顔で頷く。帝光の基本ノルマは20点以上だ。普段やる気がなく、ディフェンス面を特化していた敦だが、本来は攻撃性が高い。青峰や黄瀬が嬉々として点の取り合いをしない限り、50点はいけるはずだ。それに、練習試合の相手は周りから見れば強豪ではあるが、レギュラー面からすればそうそう強い相手ではない。


「楽しみにしているよ」

「赤ちん、なかなか言ってくれないから、俺めちゃくちゃ頑張るね」

「そうだったかな?」

「そうだよー。いつもオレばっかだもん」

「それはすまなかったね」


 頬を膨らませ訴えてくる敦に、そういえば自分はなかなか好きだとかそんな言葉を言わないということに気づく。
 いまさら、そんな言葉を吐くのが恥ずかしいとは思っていない。ただ小さい頃からその言葉を吐く機会が少なかったため、自然と言葉が出てこないのである。社交の場で相手から言われることがあったし、帝光に入ってからは告白される機会も増えた。しかし、それらの答えに好きだと返すより、ありがとうと返せば良かったし、自分から発言するなんて考えたこともなかった。それは結局、自分が強く好きだと感じたことも全くといっていいほどなかったからだろう。
 そう思うと、こんなにも愛しいと思ったのは目の前にいるやつがはじめてで…さらに愛しさが増してくる。謝罪の意味を込めて敦の頬に口付けを落とし、柄にもなく早く土曜日にならないかと願った。








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