2013/01/19 23:33
俺の膝はどうやら時限爆弾らしい。勝手に成長していった体のくせに、激しい運動を長時間続けていると、体が悲鳴をあげて、最終的には壊れてしまうらしい。それを聞いたのは小学生のときだった。その当時から、ゆるゆるした性格だと自他共に認める俺だったけど、さすがに医者が「歩けなくなるよ」といわれた言葉には背筋がピンッと伸びたものだ。
背がのびているとき(現在進行形でもあるけど)も成長痛やらで膝が痛かったのに、好き勝手に体が使えると思ったらこれだ。なんとも自分勝手な体である。
でも、俺はこの体を気に入っている。たとえ、今ギシギシと体が痛くても、将来ぶっ壊れてしまう体だとしても俺はこの体で良かったと思える。
だって、こんな体だからこそ、赤ちんは俺を見つけてくれたし、傍に置いてくれる。それに、赤ちんのためなら、俺はこんな体ぶっ壊れていい。バスケを続けていたら、どうせ壊れてしまう膝なのだ。それならば、赤ちんの役に立って、壊されたい。
「なんていう願望をずっと持ってんだけどさ、赤ちんはどう思う?」
そう言いながら赤ちんを見ると、部誌を書いていた赤ちんは一旦その手を止め、穏やかに笑って俺を見つめ返す。
俺はその目に導かれるまま、赤ちんに近寄り、地面に座り込んだ。いすに座っている赤ちんの膝に大型犬のように顎を乗せ、上目遣いで赤ちんを見上げる。そうすると、赤ちんはその笑みを浮かべたまま、俺の頭を撫でてくれた。
「愛されているな、俺は」
「うん。そりゃあもう、すごい愛してる。だからさ、早く俺を愛してよ」
「愛してるだろ?愛してない人物の頭を撫でてやれるほど、俺は人間ができてないよ」
「…でも、黒ちんにも黄瀬ちんにもやってあげれるんでしょ?」
はぐらかされた、ような気がした。だから、誤魔化されないようにさらに問い詰めると、赤ちんは笑みを濃くした。
「そうだよ。愛しているから当たり前じゃないか」
赤ちんは博愛主義だ。誰かを1人などと決めない。だけど、博愛主義だといっても、それは本物である黄瀬ちんとは違う。黄瀬ちんのようにすべての人を平等には愛していない。才能があって、自分に利益をもたらす人物だけ愛す。
なんてひどい人なんだろう。俺はこんなに貢献しているのに。俺はこんなに愛しているのに。自分のためじゃなくて、赤ちんのために膝を壊してもいいと言っているのに。決して、赤ちんの愛はこちらに向いてくれない。
「でもね、紫原」
頭を撫でていた手をゆっくりと頬にあてられる。
「愛しているからといって、自分の体をそんな簡単に売っちゃいけないよ。お前の体には輝かしい未来が詰まっている」
目があった赤ちんの目の中には心配しているような色のほかに、どろりっとした重い色が混じっているような気がした。けれど、それは一瞬だけで、まるで人間に見つかった野生のネコのようにその色はひゅっと消える。
バスケを続けていたら、いずれ壊れてしまう可能性があるこの体の未来。そんな未来の何が輝かしいというのだろうか。それとも、俺にはバスケ以外にも何か輝かしいものがあるというのだろうか。そのためには歩く膝が必要で…。だから、赤ちんはそんなことを言うのだろうか。
俺は赤ちんの頭の中はわからない。どんな未来が見えているのかもわからない。けれど、赤ちんが言うのなら、俺の体は何かが詰まっているのだろう。赤ちんは正しいのだから。
でも、少しだけ不満があった。
「誰でもこんなこと言わねーし。赤ちんだから言ってるだけだもん」
気に入ったすべての人にこんなことを言うわけがない。赤ちんだからだ。赤ちんだから、この体を捧げることができる。博愛主義の赤ちんにはわからないことだろうけど。
その意味を込めて、真っ直ぐ赤ちんの瞳を見ながら言うと、赤ちんは小さく笑って、俺の頭を抱きこんできた。いきなりの赤ちんの行動にびっくりして、固まってしまう。
赤ちんは必要以上に自分から触れてこない。大体は俺から触れる。だけど、今、赤ちんから触れてきた。俺はドッドッドッドッと速く走っている血液の流れる音を聞きながら、小さく息を漏らして笑っている赤ちんの方へと視線を向ける。しかし、赤ちんの表情は何一つ見えなかった。
「だから、だよ」
そういって、小さく俺の耳にキスをした。赤ちんの瞳は見えなかったけど、なぜかあのときに見えたどろりっとした重い色を思い出した。