2012/08/22 01:16






 それはいきなりのことだった。夜の10時。窓の外は静かで、夜の闇に包まれている。お風呂からも上がり、Tシャツにジャージのズボンとラフな格好に着替えた僕は、いつものように自分の部屋のベッドで本を読んでいた。
 すると、いきなり携帯から音がなる。メールはバイブモードに設定しているので、それが着信だとわかる。こんな時間に誰だろうと思い、途中で気になっている本を栞ではさみ、携帯を見る。



 黄瀬 涼太




 珍しいことだった。彼は嫌というほどメールは送ってくるが、電話はしてこない人物だった。何かあったのだろうか。不安が心をよぎり、僕は急いで電話に出る。




 「はい」



 <黒子っち!今、時間大丈夫っスか!?>



 「はい、まあ…」



 出た瞬間に電話でも変わらないよく通る彼の声。とくに切羽詰った声ではなかった。どうやら、危険な状態からの電話ではないらしい。それも、もう夜だというのに、昼と同じようなテンションだ。疲れないのだろうか。度々思うことが、今も頭に浮かんだ。それが黄瀬涼太という人物だとわかっているのだが、どうしても思ってしまう。人懐こい性格でころころと表情が変わる。多分、自分が彼と同じような生活を送ろうとすると、1時間ももたないだろう。



 <ちょっと渡したいものがあるんで、○×公園に来てもらっていいっスか!>



 何を言っているのだろうか、この人は。夜に中学生が出歩けば、補導されてしまう。まぁ、自分の影の薄さだったらバレないだろうが。違う、そもそもそういう問題ではない。こんな時間に呼び出すのは、いくらなんでも非常識だ。それも、彼と自分は明日、明後日会えない関係ではない。毎日部活で顔を合わしている。現に今日も顔を合わしていた。といっても、彼はモデルの仕事で途中に部活を抜けて行ったが。



 「今、何時だと思っているんですか?」



 <10時っスね!>



 すぐに返ってきた答えに、ため息を吐きたくなった。べつに自信満々に答えてほしくて、聞いたわけではない。頭の中でえらそうに胸を張っている彼が出てきた。軽く頭にきた。



 「じゃあ、明日でもいいではないですか。では、おやすみなさい」



 問答無用で電源ボタンを押そうとしたが、その前に悲鳴が聞こえてきた。




 <ちょ!!黒子っち!!!切らないで!!お願い!!!!今日渡したいんっス!!5分だけ…いや、1分でいいんで!!お願い!!!!!>




 あまりの必死な声に親指を電源ボタンの上に置いたまま、少し考える。渡したいものとは、生ものなのだろうか。それだったら、早くとりにいかなければならないが、なぜ彼がそれを僕に渡すのか。誕生日というわけでもない。何かの記念日なのだろうか。いや、彼と自分の間でそんな記念日なんかない。そう思うと、少しずつそれに興味がわいてきた。



 「……わかりました」



 そう返事すると、電話の向こうの彼は嬉しそうに待ってるっスね!といってきた。

























 公園に着いた時点で、やはり来るんじゃなかったと思った。遠目からわかる。黄色の髪の男。帝光の制服を着ているが、顔立ちや身長で高校生に見られたっておかしくない。まぁ、高校生でも補導される時間帯であるが。補導されてしまえばよかったのに。
 その人物は手に赤いものを持っていた。真っ赤である。そして、綺麗。彼が綺麗な顔立ちのおかげで、とてもそれと似合っている。けれど、それが自分に渡したいものかと思うと、彼に近づきたくなかった。向こうも自分に気づいていないし、一回帰ったあとに電話をして、やっぱり無理でしたとでも言おうか。そう考えていると、彼はその赤に視線を落とした。


 「あ…」


 思わず声が漏れた。あまりにも彼が愛しそうに見るものだから、今から帰るということが申し訳なくなり、自然と帰るという選択肢が消えてしまった。本当にイケメンというのは役得である。


 「黄瀬くん」


 ゆっくりと近づきながら声をかけると、目の前の彼は目を開いた。この反応にはなれたが、やはり身近な人ほどこの反応は少しつらい。


 「あ、黒子っち!やっときてくれたっスね!」


 「なんですか、それ」


 彼の言葉を軽くスルーをしながら、僕は彼が持っているものについて聞く。すると、彼は一回首を傾げて、誇らしげに笑った。




 「バラっスよ!!」




 彼が軽く揺すったそれはパサッと小さく音をたてた。何十本ものバラは一つ一つが夜にでもわかるぐらいに綺麗に咲き誇っていた。それにしても、僕の質問に対して、この答え方は、もしかしてバカにされているのだろうか。



 「いや、見ればわかります。そういうことを言いたいのではないんです。何でそれを持っているのかと聞いているんです」



 彼がこれ以外持っているものはない。もしかしなくても、これが僕へのプレゼントなのだろう。認めたくないが、認めざるを得ない。けれど、やっぱり信じられなくてこういう質問をしてしまった。



 「あー、今日バラを持って撮影したんスよ。で、黒子っちの方がバラ似合うと思って、持ってきたんス!」



 モデルが何を言うか。こういう高貴な花は顔がいい人ほど似合う。言ってしまえば、彼以上に似合う人はいない。それなのに、目の前の人物は自分のほうが似合うという。やはり、バカにされているとしか思えない。



 「君の目は腐っているんですか?」


 「ひどい!!!!でも、本当なんスよ!!!ほら、黒子っち持って持って!」


 「え、ちょ…」



 押し付けるように、無理矢理渡されたそれに思わず受け取ってしまう。バラの香りが一気に鼻孔をくすぐった。その匂いに酔いそうだ。けれど、彼はひどく満足そうに笑う。



 「ほら、思ったとおり!!黒子っちの肌って白いから、赤とかよく映えるんスよ」



 自信満々に言い放った彼に思わずため息がもれる。きっと、さきほどのバラに向けていた瞳はこんな自分を想像したせいだとわかった。自分で言うのもあれだが、彼にひどく好かれているというのはわかっている。自負している。まぁ、好かれている理由は今でもわからないが。
 けれど、そういう好意はたまにくすぐったい。影が極端に薄い僕は人と関わることが少なかったから、たまにこうして、好意を真っ直ぐに伝えられると、心の端がむずむずとこそばゆくなる。



 「…本当、君って人は」



 バカみたいに真っ直ぐな人ですよね。けれど、そんなところも愛しいです。と、心の中で呟いた。さきほど酔いそうだと思ったバラの香りは、今ではひどく幸福な気分へと誘ってくれるような香りな気がした。すると、目の前はひどく驚いたように目を開いたが、すぐに嬉しそうな顔へと変化した。



 「大好きっス、黒子っち」



 まるで、僕の心を読んだかのように、彼はそういいながら笑った。キラキラとした眩しい笑顔。後ろの月は満月で、まるで彼に相応しい風景にするために満月になったかのように見えた。やはりずるい人だ。この人は。心臓がうるさい。



 「…帰ります」


 くるりと背中を向ける。これ以上一緒にいたら、ダメな気がした。夜のせいだろうか。彼の魅力が何十倍にも引き出されているような気がしたのだ。ダメだ。彼に取り込まれる。



 「え、ちょ、黒子っち!」



 慌てて僕を引きとめようとする彼に僕は顔だけを彼に向ける。





 「バラ、ありがとうございます。母に渡しておきます。あと、黄瀬くん」



 「はいっス?」



 せめて仕返しをしてやろうと思った。表情にも行動にも決して出さなかったけれど、僕の心が痛いのだ。彼にも味わってほしい。彼にはきっと意味がわからないことだろうけど。




 「月が綺麗ですね」




 そういって、笑ってみせた。彼には負けるけれど。それに負けないぐらいに、感情をそのまま出して笑ったつもりだった。



 「え?ああ、そうですね!綺麗っスね!」



 一瞬首を傾げた彼は、後ろの月を見て、また綺麗に笑った。ほら、やはりわかっていない。少しだけ寂しくて、バラにまた視線を落とした。やはり、僕にはバラは似合ってないような気がした。






























 それを知ったのは、あれから一年以上後のことだった。なんとなく、その言葉は覚えていた。夜、彼がいきなり言った言葉。本を読むのが好きな彼だったから、たまに不思議な言葉をいうことはあったけど、それは特別に覚えていた。多分、彼がきれいに笑ったから。滅多にみせない愛情を含めた笑顔を見せてくれたからだと思う。


 けれど、俺はまだ返せていない。はじめて、彼が伝えてくれたのに。思いが伝わりあったのに。けれど、その事実を今知っているのは俺だけ。笑顔で彼に会いに行くことができない。だって、黒子っちは俺たちの前から消えてしまったから。





 君が俺のそばにいない3年生の秋が静かにやってきた。




END

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