03アパートの大家サン
「ふぅん……それで、どうするつもりなの?」
『犬を拾ってしまいました』。アパートの大家にそう告げると、想像したより柔らかな返事が返ってきた。
「とにかく上がってよ。玄関じゃ寒いだろう」
「いえ……家の中が濡れるンで、」
犬が俺に同調するように「ワン!」と腕の中から声をあげる。
「寒そうな人間やら犬やらを放っておくほど冷酷ではないんだ、私。とにかくタオルを使ってくれ」
「……アザっす」
受け取ったタオルで犬の体を拭いてやった。
「しかし面白い話だね。ネコが犬を拾ってくるなんて」
「……おっしゃっている意味がわからないんスけど、」
とは言ったものの、大家の大和充(やまと みつる)さんが男喰いの初物喰いであることはすでに知っている。
以前、「なぜこのアパートには男しかいないのか」と訊いたことがった。そのとき、少し笑いながら大和さんは答えた。
「私の趣味は粋を集めることだからね」
……それを聞いて、俺もそのコレクションのひとつだと気づいた。喜ぶべきなのか、拒否を示すべきなのか、一晩中身震いしたのがなつかしい。
しかし、常に和服を着ていて、物腰柔らかな大和さんに騙される人は少なくない。俺もその1人だった。
「1日だけ部屋に入れて、明日には動物病院に連れていこうと思っています。その後は里親を探そうかと。……駄目、スかね?」
「……しょうがないね、君ってやつは」
「ありがとうございます。ご迷惑をおかけします」
……そうは言っても、父親のような優しさは認めざるをえないのだが。
「タオルは洗濯してからお返しします」
「うん、楽しみに待っているよ」
……何をだ。
それを聞けないまま、俺は大和さんの部屋を出た。
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