Natalia
ちいさなターニャは、ご機嫌でした。
「どうしたんだい?何かいいことでもあったの?」
ミハイルにたずねられても、はにかむばかりで何も答えてあげませんでした。
ミハイルは今年で十二歳になります。大人にはまだ遠いけれど、体はすっかり大きくなって、学校へ通うようになってからは、少しだけ、ませてきました。そうして時に、五つになる妹のことを子供だと侮ることがしばしばありました。
ミハイルもお母様に会ったことがないというのに、大人に近づくにつれて、ミハイルは母を恋しがらなくなりました。あまつさえ、母を恋しがってさみしがるターニャのことを赤ちゃんみたいだと言ってからかうことさえするのでした。
そんなことに根を持ち、自分だけが母を見つけたものだからターニャはすっかり得意になって、しばらくの間だけ、このことを秘密にしていようと思ったのです。
そうして、ターニャはこっそり母のもとへ向かいました。光の射さぬ廊下とも、何度も通るうちに馴染んで、最近ではお菓子をかじれるくらいに仲良くなりました。
「おかあさま、ターニャです」
お母様は相変わらず、お返事してくれません。それはちょっぴりさみしかったけれど、指の骨でコンコンと戸を打つと、必ず同じだけコンコンと返ってくるので、ターニャはうれしくなって、何度も、戸を鳴らすのでした。
「おかあさま、ミーシャもいつかつれてくるね」
最初は暗い中でひとりごとのように話すのが心細かったのですけれど、もうへっちゃらです。ターニャはお母様はご病気のせいで口がきけないのだと勝手に納得していました。
「ミーシャはね、とてもやさしいの。おとうさまもいつもやさしくしてくれます。おしごとでおるすがおおいけど……」
そんな風にして、毎日のように、母のもとへ会いに行きました。扉に背を預けて、お母様とお話できるのが、ターニャは嬉しくて仕方がなかったのです。
たまにガチャガチャと取っ手を握ってみますが、鍵が開いていることは一度もありませんでした。
「おかあさまのごびょうきが、はやくなおりますように」
帰り際に、小さなお祈りを捧げて、ターニャはいつも去っていくのでした。
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