あれから、どの位の月日が経っただろう。
私が入団した年は、調査兵団希望者は私だけだった。
『俺の名前はカルロス・ソフィア。今年の首席ってのは俺のことだよ』
憧れたのは、調査兵団ではなかった。 憧れたのは、外の世界だった。
『海ってのを見に行きたいんだ』
いつか本で読んだ外の世界に憧れた。だから私は調査兵団に入ろうと思った。例えそれで力及ばず死ぬことになっても、外の世界を一目見れるのなら、構わない。外の世界を見ないままで死んで行くなんてごめんだ。
調査兵団が、好きだった。
そういえば、入団して一週間の訓練のあとに、リヴァイと二人で対人格闘術をした時に、リヴァイは私が女だと確信したって言ってた。
『お前、女だろ。…元から細ェとは思ってたが、今のではっきり分かった。その力の使い方、少ない力で的確に攻撃。…よく考えられてる』 『あーあ、気付いちゃったかー。まぁ、エルヴィンには元々言ってあったし、ハンジは二日目にして勘が良いらしく気付いてたし、ミケは匂いで気付いてたから、…三人目ってとこかな』 『…まぁ別にどっちでも構わねぇが』 『そこは構えよ』 『で?なんで男のふりなんかしてんだ』 『…家がね、王室の分家で所謂伯爵の位を貰ってるんだけど、母が体が弱かったから、俺一人しか産めなくてさ、男じゃないと爵位継ぐには体裁が悪いから、男のふりをしてるわけ』 『…そうか。ま、ばれたらまずいんだったら、その細ェ体なんとかしろ』 『それがさー、母が体弱い所為でね、なかなかね』 『…まぁたまになら相手してやる』 『兵士長様に稽古つけてもらえるなんて、私は感激だよ』 『…悪くねぇな、"私"の方も』
努力だって惜しまなかった。胸張って、男だって、兵士として、生きれるように。
『…リヴァイ、外の世界は綺麗だね』 『……ああ』 『…巨人も含めて、この世界なのかな』 『さぁな』 『でもまぁ…どうせならもっと遠くに行きたいよね』
いつかは外で暮らすんだ。 リヴァイにそんなことを語ったことがある。巨人も含めて世界だと言うのなら私はその世界を変えてでも、私は外で暮らしたい。権力もなにもない、そんなところで生きてみたいって。 でもリヴァイは何も言わなかった。多分それが、私が叶わないことを前提に言ってることを知ってたんだ。
『俺はいつか爵位を継がなきゃいけないから』 『そんなリスキーなこと、よくお前の親は許したな』 『ふふ、俺が死ぬと思うわけ?…こっちはわざわざ面倒な性別詐称までしてんだから、それくらい聞いてくれるよ』 『サラ、本当は嫌なのか?』 『何が?』 『家に縛られるのが、だ』 『……どうかな』
思い出すのはリヴァイばっかり。 馬鹿みたいだ、私。 私だって、できることなら−−−。
「女として生きたかったよ」
壁の上は風が強かった。青い軍服の上に着た黒いコートがはためく。壁の上に上がりたいと一言、それで楽々上がれてしまった。我ながら権力とは恐ろしい。
「よォ…」 「リヴァイ」
足音が辛うじて聞こえた。声がする方を見れば、調査兵団の制服を着ていた。
「久しいね」 「…ああ」 「…ここ、よく分かったね」 「お前ほど目立つ格好してるやつはいねぇからな」 「仕方ないだろ、決まりなんだから」
時間の隔たりを忘れた様に、ただ意味もなく会話をするのが可笑しくて、笑ってしまう。
「お前、女としての、"サラ"は認められたのか」 「まぁ、俺が女であることは変えられないからね。認めるというより、受け入れることにした。俺も大人になっただろう?」 「…そうか。だから名前にサラを入れたのか」 「それを指示したのは父だよ。去年亡くなったんだけど、その時言ってたんだよ。女であることも受け入れて、その上で男として家を守れってね。滅茶苦茶だろ?」 「…変わったな」 「…そうかな。リヴァイは変わらない」 「お前は、女であることを絶対に認めるような奴じゃなかったからな」 「…時間が経って、私も身体的にキツくなって、気付いたんだよ。ちゃんと受け入れないと、自分の身を滅ぼすだけだってね」
私はリヴァイの方を向く。 リヴァイは私の横に腰を下ろした。 目線の先には広い外の世界がある。
「…なら、言ってもいいな」 「何が?」
リヴァイは私の方を向いて私の髪に指をくぐらす。
「俺はお前が好きだ」
女として。 そう言ったリヴァイは何も言わずに、私の肩を抱きしめた。
「知ってた」 「だろうな」 「でも、言ってくれなかったし」 「お前が自分は男だ男だって言い張るから、そんなこと言ったら怒ると思った」
リヴァイは私の頬に手を添えて、それから私に口付けた。
「そうだね。…私は、ソフィア家の当主だから」 「ああ。俺はまた、壁外に行く。生きて帰れるかは正直わからねぇからな」
だから、ここで、さようなら。
「愛してたよ、リヴァイ」 「俺もお前を愛してた、サラ」
どうか、次生まれる時は、女としての幸せを、貴方の隣で知りたい。
end
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