身体が思う様に動かない。それが煩わしいから、医者を呼んだ。昔から良くみてもらっていた医者だ。
「治療は出来るか」 「これは絶対安静にしておけば時期に治りますよ。…過度な運動は出来ないでしょうが、生活に支障はありません」 「どの位の動きまでならいいのか」 「歩いたり走ったり、多少の剣術をしたりする程度は大丈夫です。この症状、立体機動などというものを速く使っていたのが原因でしょうから、それさえしなければ」 「立体機動は…もうだめか」 「…残念ながら、医者としては勧められませんな」 「このままこの体を酷使し続けたら、どうなる」 「自力で生活が出来なくなるでしょう、間違いなく」
そうか、とだけ言った。なんでもないじゃないか。大したことはないただの筋肉痛みたいなもので、私はちゃんと生活が出来る様になる。ただの人としての生活なら。
「…それなら絶対安静、だな」
皮肉なくらい、青い空を見上げた。
「……自由には、なれなかったなぁ…」
私はベッドに座って本を読んでいると、ドタバタと廊下を走る音が聞こえた。
「どうしたミーナ、そんなに焦って」 「サラ様大変でございます!…ウォールシーナで…巨人が…!!」 「…始まったか」
女型の巨人捕獲作戦。私は参戦出来ないため、作戦内容は知らなかった。まさかこの壁のなかでやるとは考えた。あの女を巨人化させてしまったとは、大事どころではない。ウォールシーナにもちろん王政に無断で巨人をいれてしまった訳だ。憲兵が黙っちゃいないだろう。
「方角は?」 「こちらとは反対方向の、ウォール教の…」 「ならいい。陛下はどちらに」 「宮殿です」 「父上のところへ行く」
私は走って父の部屋をノックもそこそこに開けた。
「カルロス、話は伝え聞いている」 「父上、陛下をなるべく安全なところへお連れして下さい」 「…お前如きに言われなくとも。…お前は行け。…やることが、あるのだろう?…そこに当家が代々受け継いで来た王室軍服がある。それを着ろ。それを着るからには王室であることを忘れるな。お前はもう、」 「俺は調査兵じゃない。国王近衛兵になる」
父は頷いて立ち去った。私は紺と青色の軍服を握った。真新しい、綺麗な軍服。これで私は、調査兵でなくなる。
悔しい、悲しい、寂しい。 だけど調査兵団にいたところで最早私は役立たず。
サーベルと拳銃を携えて、軍服を来て、大きなコートを着てフードを被った。白い馬に跨って走り出す。
きっとこれが最後の仕事。 そしてこれは私にしかできない。
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女型の巨人捕獲作戦決行。ウォールシーナ内での騒ぎに憲兵がすぐ駆けつけたのは評価に値する。 銃口は全てエルヴィンに向いていた。 ナイルがリロードをする。
あいつはもうそろそろこの騒ぎを聞いている頃だ。来るだろうか。それは俺には分からなかった。どっちとも言えない、そんな性格がサラにはある。あいつは自分の力を弁えてる。だからこそ、今回はこの作戦に加わらなかった。けどあいつは意外と感情の理論で行動することもある。あの、女型に壁外で出くわした時だってそうだった。勝ち目なんてあいつにはなかった。逆に生きてるほうが不思議で、身体はもう悲鳴をあげていたはず。それでもあいつは剣を捨てなかった。力尽きて気を失うまで。
エルヴィンに向けられた銃は下ろされそうにない。
「これは王政に対する反逆罪だぞ!!」
憲兵から上がる声にエルヴィンも俺も、何も答えなかった。そうしてエルヴィンが両腕を差し出して、手錠をかけられた時、馬の掛ける音が聞こえてくる。
「来たか…」
白い馬はすごいスピードで走って来ては止まった。降り立ったそいつは長いコートをまとっていて、フードも被っているため顔は見えない。カツカツとヒールを鳴らして憲兵の輪の方へ行く。
俺は目を見張った。コートの裾がめくれて、ブーツが見える。あしらわれた模様は、間違いなく−−−。
「だ、誰だ貴様!!!」
ナイルが吠えると、フン、と鼻を鳴らした。憲兵は一斉に銃口を向けた。
「…君たちこそ、王政への反逆罪」
ゆっくりとコートを脱いで、脱ぐと当時に拳銃をナイルに突きつけた。
青と紺に金の装飾がされた軍服。ブロンドの短髪。白い肌に青い目。
「…我が名は、カルロス・サラ・フォン・ソフィア。…王室分家のソフィア家の当主だが。…それでも銃を下ろす気はないのか?」 「ソフィア伯爵…! も、申し訳ございません!!この度のご無礼」 「まぁいいよ。…にしてもエルヴィン団長、また派手にやったね。ウォールシーナで巨人と巨人を闘わせるなんて、新手の口減らしかと思ったよ!」
にかっと笑うサラは、もう自由の翼を着ていなかった。
「おいサラ、どういうことだ」 「説明なんてないよ。見ての通り、昨日爵位を賜ってきた」 「…お前元からそのつもりで…」 「ま、そういうこと」
サラはエルヴィンの手錠を見て、それ別に外さなくていいよね、と言った。エルヴィンが先のことを考えてないわけない、そう分かっていた。 サラは馬を端に繋いで、空を見上げた。
「…やめんのか、調査兵」 「うん…」 「………お前、あの女の巨人、殺りたいんじゃなかったのか」 「うん…」 「死んでって奴らの分まで、戦うんじゃなかったのか」 「うん」 「ならなんでだ…っ!!」
サラの質のいい服の胸ぐらを掴んで壁に押し付ける。軽かった。驚くほどに軽かった。ああ、やっぱりこいつは女なんだと理解した。
「…ごめん」
それしか言わないサラは、やっぱりどこも見ていない。視線の先には俺がいるのに、俺を見ていない。何も、見えてないんだ。
「いや…悪かった」
俺は手を離してサラから目を逸らした。 サラは誰よりも、外に行きたいと言っていた。それはよく知ってる。だからこそ、一番悔しいのはサラだ。馬に乗ってここに来ただけなのに、もう膝の辺りに痙攣が見える。もうサラは立体機動を使えない。調査兵としては致命的だった。
「リヴァイ、こんなときに私いなくなって、困る?」
私、とサラが自分のことを言うのは滅多にないからおどろく。しかも声の調子も女のそれだった。
「ああ、困るな。お前ほどの実力者はそうそういねぇ。まぁ、俺には及ばねぇがな」 「でも今年の新兵は強いよー。私みたいに欠陥もなさそうさ」 「どうだかな。お前ほど飛び抜けた技術と知性はなかなかねぇだろ」 「戦闘技術ならあの子だ、ミカサ。まだまだ伸びるよ、あの子。…それからアルミンは聡明だね。私も彼には驚いたよ。そしてエレンは…人類の希望だ。私も、彼には期待してる」 「……どうだかな」 「…私の代わりはいくらでもいる」
サラはコートを羽織った。髪を書き上げて眼鏡のブリッジを上げる。
「私にしか出来ないことは、結局これだけだよ。…王室にはうまく言っとく。改修費の一部はうちが負担するとしよう」 「…待て、サラ」
サラが俺の方を振り向く。俺を見た。サラが俺を見ている。
サラの白い頬に、雫が伝う。
「私の名前はカルロス・サラ・フォン・ソフィア。ソフィア伯爵と 呼んで貰おうか」
泣くなよ、馬鹿が。 それは俺の口から出ることがなかった。 いつもきっと泣いていた。けど、俺が見たサラの涙はそれが初めてだ。
サラは白い馬に乗って去って行った。
サラはやっぱり言わせてはくれなかった。サラはもう、調査兵団には帰って来ない。
「……サラ…」
愛してるとは、言わせてはくれなかった。
それから大きな損害を出しつつ、女型の巨人は捕獲。しかしアニ・レオンハートからは何も情報は得られず、調査兵団への非難が集まった。
だがそこに、王室分家のソフィア家からの進言があり、調査兵団はそれ以降も活動することができた。それどころか、動きやすくなった。エルヴィン・スミスの能力を、王家に説いたり、調査兵団の功績をわかりやすく王家と公家に伝えたそうだ。
一連の働きをしたのは、ソフィア伯爵だった。
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