サラ・ソフィアは、カルロスと名乗って男として生きていた。
俺があいつに会ったのは調査兵団兵士長になってすぐだった。 エルヴィンはサラ・ソフィアを連れてきた。サラは王家の分家の血筋で、一人娘だった。
サラは男として育てられ、強くなったらしい。それもすこぶる強かった。百年に一人の逸材と言われるほど頭も切れた。その代わり、絶世の変わり者だった。
ハンジのように外への好奇心が尋常じゃないのに、エルヴィンのような冷静さと洞察力を持つ。そして俺と同じくらい強い。
そして彼女は美しかった。 絶望に満ちているのに、輝いている目に俺は吸い込まれた。
次期ソフィア家当主が調査兵団に入ったのは、サラ本人が外へ出たいと願ったからだった。ウォールシーナの中で、つまらない王家の集会に度々足を運んでつまらない日々を過ごすのはごめんだ。そう言って、調査兵団に入団したという。卒業成績はもちろん首席。
その後俺は、自分の班にサラも指名した。彼女の強さと判断力には期待できた。討伐数も討伐補佐数も群を抜いていた。
彼女もまた、人類の希望だった。
第57回壁外調査。 女型の巨人との戦いで、多くの兵が死んだ。
慰霊碑に花を手向ける女の姿。
「ペトラ、オルオ、グンタ、エルド。…どうか、安らかに眠って…」
手を合わせる女、カルロスことサラ・ソフィアは目を閉じていた。
「…リヴァイか」
振り向いたサラは目を細めている。こいつは極めて目が悪い。ハンジよりも悪いと聞いている。視力はこの女の唯一の欠落と言えた。
「…その花は、なんだ」
「アスチルベ。…花言葉は"自由"」
「…自由」
「そう…彼らは自由なんだ」
サラはそう言って眼鏡をかける。 ブロンドの短い髪の毛の襟足をいじるのがサラの癖だ。
「足、大丈夫?」
「ああ、大したことねぇ。…動けねぇのが難儀だが」
「そう」
「…お前の方こそ、大丈夫なのか」
「俺?…大丈夫だけど?どこも怪我してないし」
「………俺が気付いてねぇとでも思ってんのか」
俺がそう言うと、サラはため息を吐いてから、覚束ない足取りで俺の横を通り過ぎようとする。
サラの能力に、身体がついて行かない。あれは女だ。確かに鍛えていけばそれに耐えられるだけの筋力がつく。サラも女としては筋肉量も骨密度も共に高い方だと考えられる。だがそれでも限度があった。もともとサラは筋肉がつきやすい身体ではなかった。華奢な方で、幼い頃はよく風邪を拗らせていたらしい。「父にはそれでよく叱られたよ」と昔言っていたのを覚えている。
サラの身体はもはや限界だった。
技術は天才的だったが、それに伴う筋力が無かった。それもそうだ、俺と同じ様に動くあいつの身体は俺より随分と細い。
「…女型の巨人の捕獲作戦にはお前は連れていけない」
「あーあ。まぁ分かっちゃいたけどさ。つまんねぇの。女型を今度こそ切り刻んでやろうかと思ったんだけど」
サラは振り向いて、また目を細めて笑う。
「…医者には診せたのか」
「そんなことしなくたって、原因は分かってる。リヴァイだって気付いてるわけだし、あとエルヴィンだって知ってるんだよね」
「ああ、あいつは俺よりも早く…というよりお前がいずれこうなることを予測していた」
「…だろうね。…本当は、死んで行った仲間を思うとさ、作戦には参加したいんだけど、今はただ邪魔になって無駄死にするだけだろうから。…今回は大人しくしておくよ。…ああ、リヴァイもね」
「…余計なお世話だ」
「……リヴァイ。…俺は、悔しいとは思ってるんだ、仲間が死ぬことは、悲しいと思ってる」
サラの手は震えていた。恐怖の震えでもなんでもない、感情からの震えではない。もうそこは酷使し過ぎて今は麻痺状態にあるということだ。
「…でもさ、もしも、人類が食い尽くされるべき、運命だとしたら?」
「…てめぇ、何言ってやがる」
「いつだって人間が一番偉いなんて、そんなのはお門違いだってことだ。…俺達だって、他の命を頂いて生きてる。そういう連鎖の中に、俺達の捕食者として巨人が現れた。…考えようによっちゃ、それは自然の摂理かもしれないよねって、そういうこと」
遠くを見据えるような目は、絶望に満ち溢れていた。ブロンドの短髪が風に靡いて輝いているのに、その表情はまるで覇気がない。
「…じゃあ何か、俺たちは黙って巨人に食い尽くされれば良いって言いてぇのか」
「…今のは一つの考え方だってば。…俺はそう考えてしまうことがあるってこと。…そう考えてしまうから、世界は残酷で冷たくて、寂しい」
そしてまた覚束ない足取りで去って行く彼女を俺はただ眺めていた。
慰霊碑に手を合わせてから足をひきずって自室に戻る。戻ってから明日の作戦に着いての書類に目を通しているとエルヴィンが入ってきた。
「…やぁ、リヴァイ。調子はどうだ」
「相変わらずだ」
「そうか。…今から女型の巨人の捕獲作戦について会議する」
「分かった」
「それから、カルロス…いや、サラだが、…ウォールシーナ内地の邸宅に先ほど帰った」
「ああ?…なんでだ、さっきあいつとはそこで会った。しかも今からウォールシーナ行くって、お前そりゃ…どういうことだ」
「ソフィア伯爵がサラをお呼びだそうだ。…仕方ないだろう、ソフィア伯爵の言うことは王の言うことと言っても過言ではないからな」
「チッ、…まぁいい。…今のサラを危険に晒すのは好ましくねぇが、だからと言って、死ぬタマでもねぇだろう」
俺は立ち上がって会議室に行こうとまた足を引き摺る。
「…案外冷静だな。サラがにも言わずにここを出たのに」
「あ?…別に。…あいつの考えてることなんて俺は欠片も分からねぇからな」
会議室の方に歩いていると、エルヴィンは他に呼ぶ奴がいるから先に行っておく様に言って去って行った。
ああ、本当に、あいつの考えてることが分かる時なんて来ないだろう。 一体何を考えて、あいつは調査兵団にいるんだ。
なんだか嫌な予感しかしなかった。
「…サラ…」
ちゃんとこの名を呼んでやらねぇと、あいつは消えてなくなってしまう。男として強く生きてるあいつは嘘と見栄と無理で塗り固められていて、それが溶けてしまえば終わり。
多分そうだ、あいつは自分がおんなとして生きなければならなくなった時、自分という存在を否定する。
だけどあいつは分かってない。サラはどんな女よりも綺麗で、繊細で、優美で。どんな女よりもいい女だってことを、分かってない。
だから俺は永遠に伝えられない。
← / →
←
|