恋を、していますか。私はしています。恋ってね、素晴らしいものだよ。毎日はキラキラ輝いてるし、例え死と隣り合わせの生活でも本当に小さな事で幸せを感じることが出来る。本当だよ。私、とっても幸せなの。

「兵長、こんにちは!」

「………」

「今日はいい天気ですね、きっとお布団を干すのには最適です」

「………」

「どうして日干ししたお布団って幸せの匂いがするんでしょうね?兵長も、そうは思いませんか」

「………」

「…あ、もうそろそろ時間ですね。それでは、失礼します」

「……さっさと出て行け」

低く、凄みの効いた声がボソリと聞こえて私は軽く頭を下げたあとへらりと笑って執務室をあとにする。兵長は、私が嫌いだ。それも、苦手だとか嫌い嫌いも好きのうちのような嫌い方ではなく、生理的に受け付けないようなそんな嫌い。恋愛感情を抱く私に嫌悪感を剥き出しにして、こうした雑談は先程のように殆どシカト。事務的な会話は必要最低限のみで、それ以外に兵長が私を見ることも、声を掛けることも、返事をしてくれることだってあり得ない。

一度、兵長の肩についていた毛糸を払おうとした瞬間の事は忘れられない。勢いよく私の手を叩き払いまるで害虫でも見るような顔で私を見た後、ポケットの中からハンカチを引っ張り出して私の手を叩いた方の手を必死で擦り、最終的にはそのハンカチさえもすぐそばにあったゴミ箱行きだった。その後、チラ見した兵長は私を触れた手を入念に洗っていて、流石にあれは応えたな。

あの時のことを思い出しただけでも、涙が出てくるのだ。

でも、私は幸せだ。兵長が好き、ただそれだけの事が生きる糧になる。幸せだ、とても、とても、幸せだ。

「みんな、おはよー!」

「………」

兵長と別れた後、食堂に向かった私は談笑する同期へ声を掛ける。だけど、それに返事をする者はいない。それどころか私が声を掛けた瞬間黙りこくり、黙々と食事を進めて早々と席を立った。

「あ、もう行くの?じゃあねー訓練頑張ってね!」

勿論、返事は返ってこなかった。

私が食堂に入った途端に人はいなくなり、静かなそこで昼食をとる。幸せだ、私は、幸せなんだ。

食器を片付け、部屋に戻ろうとしたところで肩をポンと叩かれる。私は勢いよく後ろを振り返り、その相手に満面の笑みを浮かべ「こんにちは、エルヴィン団長」と声を掛けた。そこには、悲しそうな辛そうな表情を浮かべるエルヴィン団長がいた。

「…ああ、ユキ、こんにちは。話があるんだ、ちょっといいか?」

「はい、なんでしょう?」

「ここじゃなんだから、私の部屋で話そう。誰かに聞かれたりしては困るからね」

「…はい、わかりました」

ああ、あの話か。と、ぼんやり思いつつ背の高いエルヴィン団長のあとを追う。行き着いた先には、既に見慣れたエルヴィン団長の部屋。

「…お話とは、なんでしょう?」

「ああ、君も知っての通りだが、あの話だ。…言わなくていいのか、皆には」

「……団長、私は既に何度もその質問に答えてますよ。答えはNOです。絶対に、何があっても言いません」

「…だが、それでは幾ら何でも君が可哀想だ、ユキ。君は何も悪くない、それなのに何故そこまでして…」

「……言えば、人々の混乱を生みます。それはエルヴィン団長…あなたが一番ご存知のはずです」

私の目の前のソファに腰掛けた団長は、私の言葉を聞いて辛そうに顔を歪める。そして、深く息を吐き私を見据えた。

「…あの子は、巨人だった。その場に居合わせたのは私と、そして生き残った君だけだ。確かにこの話は内密にするよう君に頼んだのは私だ。…すまない、私の責任だ」

「……大丈夫です、団長。私はいいんです」

ふと、あの時のことを思い出す。壁外で私の班長であり、あのリヴァイ兵士長の補佐官であり、そして、兵長の彼女だったあの人が巨人になった時のことを。

『…っ、補佐官…っ?!』

『ユキ、下がるんだ!!』

『ですが、団長…っ』

『もう自我はない、早くするんだ!』

とても、優しい人だった。優しくて、可愛くて、それでいてとても強くて。私も同期の皆も補佐官を慕っていたし、むしろ兵団内で補佐官を嫌っていた人などいないほど補佐官は皆に好かれていて、信じられなかったんだ。巨人になったことも、私を、殺そうとしたことも。

『補佐官…っ!!』

『…この事は内密に頼む』

そして補佐官は巨人のまま巨人に食われ、人間に戻ってから食い千切られ、亡くなった。

「…リヴァイ兵長もまだ知らないんですよね」

「……それは、君との約束だからな」

「良かった…では引き続き、内密にお願いします」

にこりと笑った私に、団長は眉を顰める。それでも私は「では、失礼します」と声をかけて団長の部屋から立ち去った。

補佐官が亡くなり内地に戻ってすぐ、私は団長に連れられて暫く町の病院で過ごす事になった。目の前で信頼を置いていた補佐官が巨人になり亡くなった事で私の頭の中の整理がつかなくなったからだ。どうして、なんで、補佐官が、まさか。その事を理解し飲み込むまでに、1ヶ月かかった。でも、この事だけは兵長に知られてはいけない、それだけは理解できた。兵長は人類の希望だ。そんな人が、今回の事を知れば一体どんな気持ちに陥るのだろう。考えただけでも悲しかった。私はこの時既に兵長に恋愛感情を抱いていたから団長に交換条件を出した。この事は誰にも言わない。だから、兵長にも言わないで欲しいと。

そして私が兵団に戻った時には既に、今の状況だった。最初は理解に苦しんだが、噂話とやらを聞いて納得した。

『ユキは巨人だった。そして補佐官を殺したのはあいつだ。今までいなかったのも、審議所にいたからだ』

どうやら、補佐官が巨人化した場面を遠目で見た兵士がいたらしかった。確かに私と補佐官は髪の色も体型も髪型も似ていた。それは私が補佐官に憧れて意図的にしていたものだが、まさかこんな事になるなんて思いもしなかった。だけど、私はそれでよかった。補佐官は死んでも尚、みんなから愛されている。これでいい。私が嫌われても何の問題もない。だから、どうか、彼が、兵長がこれ以上傷付くことがありませんように。



ーーーーー……


『リヴァイ、君に話したい事がある。だが、先約がいるから少しそこで待っていてくれないか』

『それならその先約が終わってから俺を呼べばいいだろうが。時間の無駄だ』

『いや、すぐに終わる。待っていてくれ』


そうエルヴィンに言われ、言われるがままに指定された場所で待っていた。そこはエルヴィンの部屋から近いが、あまり一目につかない場所で、何故こんな所で待っていなければいけないのか分からなくて、少し苛立ちながら背をもたれる。

そこへ来たのがエルヴィンとユキだった。一般の兵士であるユキと何故いるのか不思議で仕方ないが、それよりもエルヴィンの気の利かなさにイラついた。エルヴィンは俺がユキを嫌っているということを知っているはずだ。なのに何故。

『…エルヴィン、あいつが死んだってのは本当なのか』

『……ああ、残念だ。兵団にとっても大きな損失だよ』

『何故死んだ。あいつがそう簡単に死ぬわけがねえだろうが!』

『…巨人に食われたんだ』

『………じゃあ、兵団で噂になってるあの話は本当なんだな』

『…あの話?』

『とぼけても無駄だ、知ってんだろ。ユキが巨人になり、あいつを殺した。違うか?』

『……巨人に、食われたんだ』

『…それは、肯定ととっていいんだな』

あの時の会話を思い出して苛立ちに拍車がかかる。だが、そんな苛立ちもエルヴィンの話によりかき消された。

「…あの子は、巨人だった。その場に居合わせたのは私と、そして生き残った君だけだ。確かにこの話は内密にするよう君に頼んだのは私だ。…すまない、私の責任だ」

「……大丈夫です、団長。私はいいんです」

一瞬、耳を疑った。あの子は、巨人だった。確かにエルヴィンはそう言った。あの子、エルヴィンが指すあの子はきっとユキじゃない。そんな事は馬鹿でも分かるだろう。どういう事だ、つまり、ユキじゃなく、あいつが巨人だった?

話についていけない俺を置いて、どんどんと話が進む。

「…リヴァイ兵長もまだ知らないんですよね」

「……それは、君との約束だからな」

「良かった…では引き続き、内密にお願いします」

俺もまだ知らない…?どういう事だ、ユキとの約束だと?何がどうなってやがる。混乱する頭を必死に抑え、ユキが去って行ったのを確認してから俺はエルヴィンの部屋へ入る。

「おい、エルヴィン、どういう事だ」

「…リヴァイ、話は聞いていたんだろう?聞いた通りだ」

「ふざけてんじゃねえぞ、ユキが巨人であいつを殺したんじゃねえのか?何故言わねえ!」

「あの子が…ユキがリヴァイに言わないのなら、他の兵士にも話さないと交換条件を出してきたからな」

「…詳しく説明しろ」

そして、エルヴィンの話を聞いて一気に事を理解した。つまり、巨人だったのはユキではなくあいつで、噂は真っ赤な嘘で、俺に黙っていたのは俺が傷付かないため、そういうことか。だとしたらユキは…俺は、一体ユキに何をした?

あの時、俺に触れようとしたユキを拒絶した際に見せたユキの表情が頭に浮かぶ。酷く傷ついたような、今にも泣き出しそうな顔をしながら、それでも、『…ごめんなさい、嫌、でしたよね』と貼り付けたような笑顔を浮かべたユキ。

ユキが俺に恋愛感情を抱いていたのは分かっていた。分かっていたからこそ信じられなかった。あいつを殺したはずのユキが、あいつの恋人だった俺に恋愛感情を抱くなんて信じられなくて、気味が悪かった。

でも、違ったのか。俺は何も知らず、根も葉もない噂を信じ、ずっとユキを無意味に傷つけていたのか。そしてユキは、傷ついているはずなのに毎日笑っていたのか。

「…クソが」

俺はエルヴィンの部屋を足早に去るとそのままユキの元へと向かった。



ーーーーー…


エルヴィン団長の部屋から自室に戻った私は何をするでもなくベッドに腰をかけて窓の外に目をやっていた。こんな日が、あとどれくらい続くのだろうか。なんて、柄にもなく感傷的な気分に陥って、気付けば頬に涙が流れる。

毎日毎日、誰と話すこともなくたまにエルヴィン団長が声を掛けてくれるだけで、あとはずっと独り言。孤独に慣れる事はなくて、幸せだと自分に言い聞かせるのも段々と疲れてきた。もういっそ死んでしまおうか、そんな事まで頭に過って私は軽く頭を振った。

何を考えているんだ、私は。生きたくても生きられない人がこの世界にはわんさかいるのにそんな事、最低だ。…でも、じゃあわたしは一体どうして生きていけばいいのだろうか。

ぐるぐる、ぐるぐるとやり場のない悲しみが駆け巡る。見つかるはずのない答えを探したってなんの意味もないのに。

そんな時、ドアがノックされた。

私は大急ぎで涙を拭いドアに近付く。私に用がある人なんてエルヴィン団長以外にいない。何か言い忘れたことでもあったのだろうか。そしてドアを開けて私は目を見開いた。

そこにいたのは、兵長だった。


「ど…どうしたんですか?何かあったんですか?」

一瞬驚愕のあまり固まってしまったが、こんな機会はもう二度とない。私はへらりと笑顔を作ると兵長に笑いかけた。だけど兵長はそんな私を見て少しだけ泣き出しそうな顔をしただけで、一向に話し出そうとしない。一体どうしたというのだろうか。

「兵長…?本当、どうされたんですか?何かあったんですか…?」

「……お、前は」

いよいよ黙りこくる兵長が心配になって声を掛けると遂に口を開いた。かと思うと、その声は酷く掠れていて、そしてすごく悲しそうだった。

「…へい、ちょう?」

「………なぜ、嘘をついた。なんでお前が罪をかぶる必要があったんだ。…作り笑いも、もうやめろ」

「……は、…は。な、にを…」

すう、と心が冷えた。兵長に知って欲しくなくて、これまでずっと我慢し続けてきた。どれだけ辛くても、寂しくても、彼が傷つかないのなら、と思ったから。それなのに、どうして、その事を。

「…すっとぼけんな…お前、今まで辛かったんだろうが。もう無理する必要はねえよ…。……ユキ、悪かった…っ」

嗚呼、なんで。


「…っば、馬鹿じゃないんですか…っ!!ふざけるのも大概にしてください…っわ、私が…なんの為に……っ、なんの為に今まで我慢してきたと思ってるんです…っ!全部、全部あなたの為だった…っあなたの為だったのに…っ、ぅ…っ、謝るくらいなら…っ知らないふりをしてくださればよかったのに…っ!!」


優しかったあの人が、みんなに慕われていたあの人が、信頼をおいていたあの人が巨人になったとき。私は、絶望したんだ。誰も信じられない。そう思った。今まで仲間だと思ってきた人がまた突然巨人になってしまうかもしれない。そう考えると怖くて怖くて、夜も眠れなかった。

だけど、その事を知って一番傷つくのは誰かと考えた時に頭に浮かんだのが兵長だった。兵団に戻り、温かかったはずの兵団は一気に牙を向き、誰よりも仲の良かったあの子でさえも私を見なくなった。兵長に至っては、ゴミを見るような目で私を一瞥したあとにスッと視線を逸らして私の横を通り過ぎて行った。

辛くて、怖くて、どうしようもなかったけど、それでも兵長が傷付かないのならと自分で自分を納得させた。孤独に押し潰されそうになった時でも、兵長を思えば頑張れた。

それなのに。


「…っ謝罪なんて…っ謝って欲しくて…、こんな事したんじゃない…っ、!」

兵長、私はただ、あなたが好きで、ただ、ただ、あなたがいつか幸せになれるのならそれで良かっただけなの。


「…っ、ユキ…っ」

兵長の手が伸びて、私の髪に触れる。たったそれだけのことなのに、涙が溢れて仕方なかった。好きで、好きで、たまらないと思った。


「、ありがとう…」

「…っ、ふふ…、っ、どう、いたしまして…っ」




それから、兵長は私によく話しかけてくれるようになった。なんてことはないただの雑談でも返事をしてくれて、たまに私の肩にぽんと手を置いてくれるようになった。

それをみた仲間はひどく驚いていたけど、兵長が許すなら、と、ぎこちなくでも挨拶は返してくれるようになり、私はそれが嬉しかった。

あの人の真実はまだ誰も知らない。団長と、兵長以外は、誰も。

ねえ私今とっても幸せなの。嘘じゃないよ、本当だよ。


きらいのはなし
(すき、まではいかなくても、それで)






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