"私"の誕生日当日。
母さんは毎年恒例の予約したケーキを取りに出かけた。
その帰り、歩道に突っ込んできた車に引かれたらしい。
俺が病院に着いた時には遅く、母さんは息を引き取っていた―――

「………母さん。」

よく人が死ぬと眠っているようだと例えられるが、実際は違う。
綺麗に見えるように化粧された母さんの青白い顔には小さな傷が幾つもつき、布団で隠された体にはきっと打撲痕や鬱血、切り傷がそこかしこに散らばっているのだ。
その姿は、ココに母さんがもういないという事実を俺に与えるだけ。
俺は、母さんを守れなかった。
私となって、それが俺の生きる意味だったのに。
俺は守れなかった…!!
マグマが噴き出すようにぐつぐつと、自責の念が溢れ出す。
母さんが事故にあうなんて、予想できない。
けれど俺は、突然人は居なくなるって事を知ってたのに…!
実際、俺は突然前の世界から此処に居たんだ。
それは前の世界から俺が突然居なくなったって事かも知れないのに。
世界が普遍的なわけないのに…。
一緒に行けばよかった…。
こんなに悲しいのなら、いっそ――

「…由夏。」

キィ、と扉が軋む。
それは母さんと俺の二人と、世界を隔てていた境が開いた音だった。
その向こうに居たのは、日吉一家。

「若……母さん眠っちゃった。」

俺は笑えただろうか、今は自信がない。
若は無言で俺に近づくと抱きついた。
多分抱きしめてくれているのだろうが、周囲から見ると抱きつく、が正しい気がする。

「由夏。」

若はずっと俺の名前を呼んでいた。
まだ幼い若には、こういう時の行動が分からなかったのだろう。
だが、俺にはそれが有り難かった。
あの時と同じ。
俺が母さんに初めて名前を呼ばれた日と。
その名前だけが、ココに存在していいという証だから。
まるでそれを知っているかのように、若は私の名前を言い続けた。

母さんの名前を叫ぶ、真耶さんの声が聞こえる。
それは溢れた水音と混じって歪に、けれど心に響く。



母さん、母さん、母、……ママ。
私、これから貴女のいない世界で生きていきます。
最初はきっと怖いし、辛い、苦しくて逃げ出したくなるでしょう。
けれど、貴女の場所へ自ら行くのは止めます。
そんなことしたら、貴女は怒って、悲しんで、自分を責めてしまいますよね。
私は貴女に誇って貰えるような私になりたかった。
だから、其方に行くまでにそうなるよう努力することにしました。
まだ胸の痛みは消えないけれど、貴女の性格のような穏やかな感情で思い出す時まで。
その時まで、泣くのを許してください。
さよなら。
さよなら。
私は"私"として生きていきます。

――さよなら、お母さん。



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