4歳になる年の春頃、若がテニスを習い始めた。
それを俺は遠くから見つめていた。
「これがおれのラケットだ。」
「いきなり何?」
道場に着いてすぐ、若が口を開く。
何を言いたいのか分からず、俺は聞き返した。
俺の目線は引っ付いたかのように、そのラケットから動こうとしない。
「しないのか、由夏は。」
若は気づいていたらしい。俺がそれをよく眺めていたのを。
俺は彼が持つラケットを眺めた後、自分の手を見る。
小さな手。
"俺"の時は何も考えずに握っていた物。
だが、"私"ではどうだ。
大人と子供の違い。
今は顕著じゃないが、男と……女の違い。
それに、
――今の俺にそれを持つ資格はあるのだろうか?
「やりたければ、やればいい。」
若が突拍子もなく言う。
「出てた?」
「かおにな。」
苦笑するしかない。
どうやら俺の悩みは若には筒抜けだったようだ。
「はは、若には隠し事出来ないね。……でも、うん。そうだよね。」
やりたければやればいい。
例え俺の時のように出来なくても。
努力でそれは覆るかもしれない。
それに、それに。
――母さんはきっと反対なんかしない。
俺が思う母さんの理想の"私"とは、離れてしまう。
けど、それはあくまで俺が思うこと。
きっと、あのほにゃほにゃした母さんだ「由夏はやりたい事が沢山あるのねー。良いことだわ。」と、笑うに違いない。
一つ頷き、顔を上げる。
「すっきりしたようだな。」
若は俺を見つめ、ニヤリと笑う。
「うん、若のお陰で。」
そう言い、俺は彼に笑い返した。
悩め若人
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