光が届かぬ場所で真綿に包まれ眠る稚児よ

さぁ、目覚めよ
舞台は整った――――





くろ。。
黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒くろく、ろ――

辺りが、というよりは私がまだ覚醒していないからだろう。
まるで海に揺蕩(タユタ)うかのような感覚が気持ちよくて。
まだ寝ていたい。そう願うのとは裏腹に、現実は待ってくれやしない。
ボコッと音がしたかと思うと先程まで静かだった海は荒れ狂い、まるで水を張った浴槽の栓を抜いたかのように渦を巻く。
その流れに体は逆らえず、流される。
まだ、私は此処に居たいのに。
その願いは叶わず、瞼を閉じていても分かるほどの明かりへと向かう。
流され近づく程、光が一層強くなる。
急に頭蓋骨が圧迫された。
何とかその痛みに耐えていると狭っ苦しい門を過ぎたのか、頭蓋骨は元の形成へと変わっていく。

あああぁぁあぁぁぁああぁぁぁぁぁ・・・・・・・・・・!!!!!!!!!!

何処かで赤子の泣き声がする。

生まれたての赤子は世界を懼(オソ)れて啼いた。




「あなたこの子の名前、どうしましょうか!」

若い女性の声が聞こえる。

「そうだな…ハスカ、と言うのはどうだ?」

次に聞こえてきたのは、男性の話し声だった。
どうやらこの2人は夫婦らしい。

あぁ、じゃあハスカってのは―――

「ふふ、あなたの名前はハスカ。お父様がつけてくださったのよ。」

その声と同時にふわりと私の体が上昇するのを感じた。

「イルも今日からお兄ちゃんか。今まで以上に頑張らなくてはな。」

「うん、ぼくがんばるよ。とうさん。」

「ほっほ、それにしても可愛い子じゃの。」

やっぱり…それって私の名前ですよね!?(それじゃあ、さっきの赤ちゃんの泣き声って…)

「やだわお義父様ったら。私とシルバさんの子なのですから当然ですわ。オホホホホホホホ!!」

うぉわ、金切り声が頭に響く!
うぅ‥‥。それにしてもお母さん(?)体力有りすぎじゃない?
普通出産の後って疲れて眠るらしいのに...
あんなキンキンと高い大声だするなんて。

「ハスカちゃん、立派に育ってね。」

「今からハスカのための訓練を考えねばな。」

「とうさん、ぼくもハスカにくんれんつけたい。」

「それはいい考えじゃな、イル。」

訓練って…?
この家族何処からツッコめばいいんだ。
途切れることなく続く会話に耳、というより思考がついていけない。
そういえば、聴覚が前より研ぎ澄まされてはいないだろうか?
ふと、疑問に思う。
この個体が持っている能力もあるだろう。
しかし、それ以上に――――
あぁ、そうか。見えないのだ。
視覚からの情報が無い分、他の感覚が研ぎ澄まされるのは本当らしい。
視力はあると思う。
現に、生まれるときに私は光を感じ取っていた。(コレで強い光でないと感じないほどの視力なら別だが)
となると、……そうか。そこで、当り前な事に気がついた。
生まれたての赤ん坊の瞼が開くことは無いことに。
何日か立てば瞼を持ち上げる筋力も発達するはずだ。
といっても、生後一カ月ぐらいまでは明暗しかわからないはずだから、特に気にすることもないだろう。
そう結論づけ、生まれたての赤子には労力のいる"思考する"という行為を、私は止めた。

微睡みだした意識の中聞こえてきたのは、他人であるはずの親族の楽しげな声だった。




自分が生まれて幾日か経ったある日、顔の筋肉が"外"に出された事により成長したのか、目を開ける事が出来た。
これまでは手探りで、母乳を貰うのにも一苦労だった。
(そういえば、母乳というものはどうやら、牛乳とは全然違う味らしい。苦みがやたら強い味だった)
といっても前にも言った通り、開けても明暗しか分からないのだが。
私にとって瞼が持ち上げられようがられまいが、余り変わりはない。
けれど、周りは違ったようだ。そう"私"の家族たちは――

「まぁ、ハスカちゃんの目が開きましたわ!!あなたー!イルー!お義父様ー!!曾祖父様!いらっしゃって!!!ハスカちゃんが!!」

目を開けた瞬間に聞こえた母の絶叫(本当、何処から出るんだその声)が鳴りやむかやまないの内に、バンッと大きな音(いつもだったらありえないのに)をたて、扉が開かれた。
その際に結構な力で開けたのか、蝶番の軋む音が響く(油は定期的にされてるから、普通軋んだりしない)。

先程から色々な音がするのに、足音が一切しないのはある意味すごい。
それが彼らの"普通"なのだろう。
足音を消す必要がある人間なんて限られている。
ましてや私の兄―確か"イル"と呼ばれていただろうか―でさえ、足音が聞こえないんだ。

「あなた!見て、ハスカちゃんの目!あなたと同じ金よ!!」

「あぁ、形も俺に似ているな。」

「きれい・・・。」

「ほっほっほ、シルバに似て気の強そうな子じゃな。」

一斉に喋りだす彼ら。
前述の通り、赤子の目というものは開いているからといって、映像を映すわけではない。
したがって、

「俺がお前の父親だ。」

と告げられても、分かるのは声と頭を撫でる手の感触だけだ。

「あぅ……(今から先が思い遣られる)」

「おお!ハスカが返事したぞ!」

「まぁ!すごいわ!!このビデオは永久保存ね!」

「ハスカ、えらいね。」

「ほっほっほっほ。」

もうどう反応すればいいのかわからない。
が、お母さん。ビデオって何ですか?
さっきからジィーと機械音が聞こえるのはそのせいか。
それと一人喋ってないのは、お爺さんと曾お爺さ…あ、私から見たら曾曾お爺さんかのどっちだ?
居るのは何となく分かるから、話し声が無いと不気味である。(他にも扉付近に部屋の中に一人、外に二人居るが多分待機してる執事さんたちだろう。って、……あれ?何でこんなの分かるんだ?)

"此処"に来て疑問は増える一方だ。
まるでそれが当たり前の様に彼らは過ごすから。
前世がある異物の私には理解できない。
いや、違う。理解できても本当の意味は分からなかった。
この世界と家族に出会ってから幾年か経つまでは――



02.危懼する思考





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