開幕を嘆け

終幕を望め


それは交わることのない、夢想にしか過ぎない――





暗い。どうしてだろう?
自分の状態が飲み込めず、困惑する。
目を何度か瞬かせるが、開いていようといまいと、そこは闇に覆われていた。
それにより、本当に私はココに存在するのか不安になる。
緩慢な動作で指を瞼、頬、鼻、口と順々に這わす。
・・・よかった。どうやら私という個体の形は残っているようだ。

「ここ、どこだ…ってか、何でこんな処にいるんだろ。」

先程までの記憶を辿る。
いつもと変わりない日常、だったはずだ。
いつもの様に学校へ行き、いつもの様に友達と話し、いつもの様に授業を受け、いつもの様に屋上でサボった。

「んで、家への帰路を歩いてて、…そこからどうしたっけ?」

思い出せるのはそこまでで、読んでいた夢書の駄作という評価を最後に、私の記憶は途切れた。
何故?

「いやはやゴメンねゴメンね〜。」

静寂を帯びた空間に、何ともやる気の無い声が響きわたる。
突然聞こえてきたその声に、びくりと震えながら声のした方へ視線を向けた。

見えるはずないし、大体でいいや。

しかしその予想は覆された。
其処にいる者だけは何故かこの暗闇の中ではっきりと見えたのだ。
―――それは黒の世界でただ一つ、白く発光していたから。

「…誰?」

不信に思いながら、呟く様な声で男に問う。

「あぁ、まずは名乗らなきゃいけないよね〜。ボクの名前は…クライス、とでも呼んでもらおうかな〜。で、君の名も教えてくれるよね〜?」

行き成り現れた人物はそう言う。
名を尋ねながらも彼は、有無を言わせない口調だった。
―――自分は、明らかに偽名を使っているにも関わらず。

「…蓮華。」

「そう、蓮華ね〜。ようこそ"冥府への門"へ〜。此処は冥界と地上を繋げる門〜。ボクはその冥府への門を管理しているんだ〜。あ、管理者といっても門番じゃないよ〜?それはケルベロスの仕事だからね〜。ボクは門を開ける時間、繋げる場所を管理してるんだ〜。でね、門を開けることが出来るのは、ボクと死んだ人間〜。この門は死んだ人間が冥界へ入る事は許されるけど、逃げる事は許されてないんだよね〜。逃げようとしたら、ケルベロスに食べられちゃう〜。ここまで解る〜?」

目の前に居る男はヘラヘラと笑いながら言う。
その長い台詞と語尾が、男の逸楽を色濃く映し出していた。

彼の語る言葉は、普通とは言い難かった。
だが、それよりも男が言外に「お前に意味が解るか?」と私を蔑すんだ事の方が、私にとっては重大だ。
負けず嫌いって自覚してる私には、耐え難いな。

「…その門を開けられるのは、あなたか死んだ人間だけ。だから此処に私が居るのはあなたか死者が門を開いた、って事?」

私は脳内で得た情報を分析し、再構築する。
そして私が知り得る情報で出た答えがコレだった。
しかし、まだ"真実(コタエ)"には足りない。何かを忘れているのだろうか。
そこで、ふと彼の最初の言葉を思い出す。
そう、彼は私に謝ったのだ。
――不足の事態が起こったかのように。

しかし、その謝罪に誠意は一切感じられなかった。
――非が有るのはコチラ側だか、自分のせいじゃないとでも言いだげに。

そこから得たこの2点によって考えられることは、彼が開いた(―自分のせいじゃないという彼の態度が本当なら、だけど)のと、死んだ人間が自ら冥界へと行った(―コレだと不足の事態には成り得ないから)可能性はほぼ0だということ。
私は考え出された可能性の、一番高い答えを彼に告げる。

「…冥界から逃げようとした人間がいた。普通ならここでケルベロスに食われて終わりだけど、何らかの事態が発生し、ケルベロスからのがれ、門を開くことに成功する。それにより、地上と冥界が繋がってしまった。で、繋がった場所にたまたま居たのが私。……私は本当は死ぬべき人間じゃなかった。」

まるで、ファンタジーか夢書の様な展開ではないか。
自分で考えついた答えに空笑いを零しながら思う。
そんな私の答えを聞いて、一瞬瞠目した彼は、すぐに口元に弧を描く。
あぁ、まるで狐の様な男だ。

「思ったより、頭が良いみたいだね〜。よかった、これで煩わしい説明を飛ばせるよ〜。」

彼はこれから私の行うべき挙(キョ)を話し始めた。私はやはり、死ぬべき人間とやらではなかったそうだ。
天命を迎える前に死んだ私は、天国やら地獄やらまぁぶっちゃけた話、黄泉の国に逝くことが出来ないらしい。
なので、私が生まれ馴染んだ"この世界"以外で、もう一度人生をやり直さなければ成らないらしい。(じゃないと永久的にハミゴだ。"輪廻転生"って信じてなかったのにな)
その際、私は"この世界"から存在が抹消される。
と、ここまで聞いて思ったのは、

「証拠隠滅…か。」

この一言だ。

「あれ〜?やっぱり、わかっちゃった〜?」

彼は言わなかったが、私の存在を消す必要など無いはずだ。
なのに、態態抹消。
詰まる所、証拠隠滅と云うわけだ。
彼の失敗を無かった事にするためだろう。
彼に仕事を与えた者に知られない為に。
私が考えごとで黙っていると、彼が仕方ないといった風に私に話し掛けた。

「生まれ変わる場所(セカイ)は選ばさせてあげれないけど、生まれる家とかは選ばせてあげるよ〜。」

それを聞き、私はココで間違えてはいけないな、と思案する。

――後に、この条件に「その世界の常識を学べる場所」と、言わなかった事を少し後悔するハメになるが、今はまだ先の話。

「そうだな…。それじゃあ、その世界で必要な力をつけやすい環境。けれど、安定した衣食住がある場所、がいいな。」

私の要求に男は、ニッと口の両端を持ち上げ、

「お安い御用〜。」

とニヒルな笑みを浮かべた。
その声が耳朶に到達するのと同時に、私の脳は微睡みだす。

「あ、あと…」

そこで私の視界はブラックアウトした。

「次の世界の記憶は、奪っておくからね〜。」

その声が私に届くことは一生無かった。



01.必然という名の罠





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