私はこの仕事が好きです。 自分でも不器用だと思う。卒業試験には三回落ちて、三年留年した。同級生だったはずの藍染くんは、もう副隊長になるほどにまで出世したというのに。私と来たら、こんな痛い折り紙を貼られていたものだから、いろんな隊の雑用にと、たらい回し。雑用なのに、書類を書かせれば誤字脱字は当たり前。お茶は温いし、書類配達では迷子になる。唯一得意なのは瞬歩なのに、方向音痴だから役に立たない。本当に落ちこぼれだ。そして、今日。私は九番隊をクビになった。 「あーあ…、またダメだったなぁ…」 もともと熱血六車隊長が率いている九番隊に、私みたいな戦いを知らない平隊士なんて必要なかったのだ。そう思わないとやっていけない。だって、………今回はまだ失敗なんてしていなかったから。確かに、役立たずのレッテルを貼られていることは知っていたし、自分でも認める。私は本当に不器用だから。 でもね、私はいつでも自分なりの精一杯を出してるんだ。 不器用を自覚しているから、少しでも失敗を無くそうと。一度間違えてしまったことを二度は繰り返さないように。そんな小さな積み重ねのおかげで、最近では大きな失敗なんてなくなってきたし、九番隊に移隊してからは、まだ一度だって失敗していない。 それなのに、私はクビになった。 「正直、へこむなぁ……」 何が理由かはわからないけれど、無意識のうちに気に障ることをしてしまったのだろうか。だったら仕方がない。また学習して、二度と失敗しなければいいじゃないか。 でも、今の私には失敗の理由がわからないから、学習しようがないんだね。 俯き、地面にあった小石を蹴っ飛ばす。すると、目の前にあった五番隊隊舎の小さな花壇の中に吸い込まれるように転がっていってしまった。慌てて立ち上がり、花壇に駆け寄って花を見たが、どうやら石で傷はつかなかったようだ。 「よかった…、ごめんね」 石をどかして、えぐれた地面を手の平で整える。花に詳しいわけではないけれど、ここの花壇に咲いている花は珍しいと思う。だって見たことないもの。扇球状の白い蕾が愛らしく垂れ下がっていて、太陽の光を一身に受け、キラキラと輝いていた。 「これ、何て花だろう」 「………ああ、馬酔木やで」 「えっ…?」 しゃがみ込んだまま、花壇を覗き込んでいた私の背後から、突然発せられた声。慌てて立ち上がり、振り返ると、私の目の端が鮮やかな金色を捕らえた。続いて目に入ってくるのが、真っ白な隊長羽織。私の顔から血の気が引いていくのをリアルに感じた。 「ひ、平子隊長……」 「今日から自分の隊の隊花になるんや。よう覚えとき。」 「は、はいっ!」 慌てて頭を下げると、「頭上げぇ」と言われたので、恐る恐る頭をあげる。今まで遠くからしか見たことがなかった美しい金色の髪が目の前にあるのは圧巻である。凛々しいその姿に真っ白な隊長羽織は清々しいくらいに似合っていて、凡人の私でもその凄まじいオーラをビンビンに感じることができる。この人が、死神の頂点に君臨する護廷十三隊の隊長なのかと思うと、心臓が止まりそうだ。 「すまんのぉ、会議が長引いたもんで迎え来んのが遅うなったんや」 「い、いえ……。た、隊長が自ら迎えに参上なさるほどのことでもございませんでしたから!」 「せやかて迷子のプロなんやろ、君?」 「え…?」 "迷子のプロ"?裏じゃそんな風に言われているのか。悪いが私は初耳だ。そして非常に不愉快だ。まだ方向音痴の方が言い方に優しさがあると思うのは、気のせいでしょうか。 「あ、あの…私、は……」 何て返すべきだろうか。「私は不器用です。だから上手く仕事ができません。」?だめだめ、そんなの絶対にだめ。そんなこと言っちゃったら、またたらい回しにされちゃう。だったらもっとアピールしなくちゃ。良い所…………、そんなのないじゃん。功績ゼロ。移隊理由クビ。雑用なのに雑用できない。唯一の得意分野は活かしきれてない。……第一印象最悪だ。どうしよう、平子隊長、何も言わないし。呆れられてるんだ。 私は上手く言葉を返すことができなくて、思わず顔を下に向けた。恥ずかしかった。ただ、何も持っていない自分がどうしようもなく恥ずかしかった。顔を下に向けると、先程の白い花が目に入る。隊長羽織と同じ真っ白な花。平子隊長は先程、この花を「馬酔木」と呼んでいた。五番隊の隊花なのか。花言葉は何だろう。…こういうことは事前に調べてくるべきなのに。自分のだめ具合にため息しか出て来ない。 情けない。本当に情けない。こんな小さな花にだって、自慢できることがあるのに。私には何もない。本当に何もない。情けないし、恥ずかしい。 「馬酔木にはな、毒があんねん」 平子隊長の声に、思わず顔を上げる。隊長は、驚くくらい優しい眼差しで、少し口の端を上げて花を見つめていた。その表情からは、いつものおちゃらけた雰囲気も、仕事中に見られる真剣な雰囲気も感じられなかった。 「現世じゃ葉を煎じて殺虫剤に使うとるらしいで」 「そう、なんですか」 どうして隊長がそんな話をしているのかがわからなかった。ただ、花を見つめる隊長の眼差しがあまりにも優しいから、きっとこの花は隊長が育てているんだな、と漠然と思った。先程の軽率な自分の行動が申し訳なくなってくる。ああ、ほらまた失敗だ。どうして嫌な所しか出てこないのかな。 「不思議やと思わん?」 「えっ…?」 「こんな可愛いらしい花に毒があるんやで」 隊長の視線がゆっくりと私に向けられる。優しい眼差しはそのままで。長い前髪からちらりと見えるその眼差しに、思わずドキンとした。 「ま、誰にでも長所と短所くらいあるっちゅーことや」 「え…」 「自分、えらい落ちこんどったな」 「み、見てたんですか…?」 「顔見りゃわかるわ」 「う、そ」 「拳西のとこクビになったのがそんなにショックやったんか」 「だ、だって……」 「だって」。……ただの言い訳にしかならない。私にあるのは、ただクビにされたという"真実"だけ。いくら言い訳したところで、私が恥をかくだけだ。 そう考えると、自然と開きかけた口を閉じてしまった。 「…言いたいことあるんやったら言えばええ」 「…っ…、ありません」 「顔は言いとうて仕方ないようにしか見えへんけどなぁ」 「っ…!?」 思わず両手で頬をバッと抑えると、隊長にククッと喉で笑われた。なんだ嘘か、ひどい。 「揄わないでくださいよぉ…」 「お前、反応おもろいな」 「私は全然面白くないです」 「気に入ったわ」 隊長は私の頭をぽんぽんと撫でると、先程と同じ笑みを浮かべる。ああ、やっぱり優しい。また心臓がトクンッと脈打つ。その眼差しから視線を外すことができない。 「俺がお前を選んだんや」 「は……?」 「あんまり一生懸命に働いとるからな」 「…っ……」 「拳西とこやったら空回りしとるみたいやったけん、引き取らせてもらったんやけど…」 「迷惑やったか?」なんて言いながら小首を傾げる隊長はずるいと思う。なんだ、私やっぱり失敗なんかしてなかったんだ。ちゃんとした正式の移隊だったんだ。クビになったわけでもなければ、失敗したわけでもない。むしろ、頑張りを認めてもらうことができたんだ。 それは、 とても、とても………っ…… 「たい、ちょう…っ…」 「ん」 「わ、私…、ま、た…クビだって……」 「ん」 「私、不器用だか、ら……」 「ん」 「空回りじゃ、ない、んです…っ……」 隊長の目が細められる。 伸ばされた手の平が、私の頭の上に乗った。 せっかく誉めてもらえたのに、私はチャンスを棒に振るつもりなんだろうか。またクビになるかもしれないのに。わかってはいるのだけど、ただなんとなく。 この人なら、わかってくれると思ってしまった。 「本物の"迷子のプロ"か?」 「……っ…はいっ」 「空回りやのうて、本当にできへんのか」 「……はい……っ…」 「そらまた、」 「……っ………」 「………おもろいわ」 頭に乗った暖かい手の平とは反対の手が伸ばされて、私の頬に流れる涙をすくいとった。 「ふぇ…」 「ククッ…泣くな泣くな」 「…あ、い」 「馬酔木の花言葉は"危険"や」 「えっ!?」 「明日から忙しゅうなるで〜」 「…ふぁ、はいっ」 なんとも間抜けな返事に、平子隊長は再びククッと喉を鳴らすと、私の頭に乗っていた手で私の髪をくしゃっと撫で、上から見下ろす形で微笑んだ。 「ほな、行こか」 「っ…、はいっ!」 振り返った隊長の背中を追い掛ける。不思議なことに、先程まで大きく感じていた隊長の存在をものすごく自然に感じてしまう。オーラは先程と変わらずビンビンしているにも関わらず、なんだか心の距離が近くなったような。 こんなに心が軽いのは、死神になって初めてかもしれない。 自然と笑みが零れる。 「……………、」 「え?」 隊長が何かを言ったような気がして立ち止まった。隊長も一緒に立ち止まる。少しだけ空いた距離を埋めるように隊長の隣に並んだ。 「…………Te quiero」 今度はしっかりと聞き取れた。でも、言葉の意味がわからない。て、きゅーろ?どこの言葉? 「わかるか?」 「わかりません…」 「不器用さんにはピッタリや」 「えっ…な、何て言ってるんですか!?」 「もちっと器用になったら教えたるわ」 「ええっ…、ひ、ひんと!」 「ヒント?」 「ひんと!」 「そやなぁ…、あ、馬酔木の花言葉」 「"危険"!?」 「ばーか、もう一つの方や」 口の端を少し上げて喉を鳴らす平子隊長のお得意の笑い方。私は訳がわからずに首を傾げるばかりで。そんな私に隊長は優しく囁いた。 「これから頑張る頑張り屋さんに、ちょっとした魔法や」 「ま、ほう…?」 て、きゅーろ、と口に出して呟くと、平子隊長は苦笑した。そして、目を細めて優しい笑顔を浮かべると私の頭をぽんぽんと撫でた。 「行くで」 「隊長、答は?」 「器用にならな教えられへん」 「そんなぁ…」 「ほら、頑張りや」 歩き出した隊長は、顔だけをこちらにむけてニヤリと笑った。 私はしばらく小首を傾げながらも、満面の笑みで大きく頷いた。 隊長の大きな背中を追い掛けた。 私はこの仕事が好きです。 なぜなら、 「頑張れ」と言うあなたが 私の目の前にいるからです。 馬酔木のもう一つの花言葉は、「清純な愛」。私がそれを知るのは、もう少し先の話。 2011.01.16 「Mr.RULER」佐倉 相互記念 ミツヤ様 「ほのぼの&ほんのり甘い感じ」がどこにも見当たりません(泣) ミツヤ様のサイト名でもある「Te quiero」の意味を知って、ぜひ使わせていただきたいと思ったのですが、力量不足で全然活かしきれてませんね…。 "スペイン語で愛してるという意味を間違えて読んでいて、「愛してるって伝えられない子に魔法をかけると言って相手に分からないようにスペイン語で『愛してる』と言っているんけれど、間違えてしまっている。そんな不器用な男の子言葉"だそうです。 今回の話では、平子さんはわざと間違えて不器用なヒロインにはピッタリだ、と言っているつもりだったのですが…。わかりにくいですね…、すみません。 長くなりましたが、この度は相互していただき、本当にありがとうございました。サイト開設のきっかけでもあるミツヤ様と相互していただけたのは奇跡だと思っております。これからもちまちまと頑張っていきますので、どうか一ファンとしてよろしくお願いいたします。 佐倉 拝 | |