『真子、手痛い…離して…』



掴まれた手首に指が深く食い込む。普段こんなにも露に自分を出すことがない彼が珍しく感情的になっている。それが力の籠もった手から解り過ぎるほどに伝わってきた。





『ねぇ、痛いってば…!』



急に立ち止まった真子がじろりとこちらを振り返る。





『…何か怒ってる?』


『何考えてんねや。俺が通らんかったらどないするつもりやってん』



それは明らかに不機嫌な口調だった。



『危機感無さすぎや、アホ』


『アホって…』


『惣右介には気ィ付けぇ、ええな?これは忠告や』



今はまだはっきりしたことは言えへんけど、惣右介は危険や。アイツがホンマにカヤに気があるんやとしたら、尚更近付けたらあかん。





『ったくオマエは危なっかしくて見とれんわ。ちょっと男に優しくされたぐらいでデレデレしゃーがって…』


『で、デレデレなんてしてないっ!大体、真子が人のこと言えんの!?』


『…どういう意味や』



浮かんでくるのは、さっき目にしたあの光景。堪えようとしていたものが一気に溢れてくる。



『さっき南師さんと話しながらヘラヘラしてたのは誰?』


『…何やねん、オマエ見とったんか?せやったら声かけてくれたら良かったやんけ』



罰が悪そうに頭を掻く真子を見ていたら何故か無償に苛立って。



『…そんな見られちゃまずいような関係なの?』


『そんなこと一言も言うてへんやろ』


『大体、声かけれるような雰囲気じゃなかったし…』


『オマエ…何か勘違いしとらへんか…?』


『知り合って間もないっていうのに、いくらなんでも手出すの早過ぎじゃない?』


『だからそういうんとちゃうて』


『そんな人に説教されたくないから』



違う、こんなこと言いたい訳じゃないのに。何か言おうとする真子の言葉を遮って、次から次へと勝手に口から零れ落ちる。
真子はただ黙って私が言うことを聞いているだけだった。






『カヤ、俺の話も聞けや』


『聞きたくない。もうここでいいよ、私一人で帰れるから。…おやすみ』


『ちょお、待ち…』



真子の手を擦り抜けて、瞬歩でその場を立ち去った。







『…何やってんねん、俺……』



呟いたその言葉は吐き出された溜め息と一緒に深い闇の中に虚しく融けていった。





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