『何かわざわざ遠回りさせちゃって…ごめんね』


『いや、僕が言い出したことだから』



全身から溢れ出るような穏やかな人柄は、周囲の隊士達から信頼が厚いのも頷ける。でもやっぱりどこか影があるような気がして。
警戒してしまう自分は過剰に反応し過ぎなのだろうか。



『それにしても藍染さんにみっともないとこ見せちゃった…、ほんと恥ずかしい…』


『凄く慌ててたみたいだけど、何かあったのかい?』


『ううん、別に何も…』



そうだ、別にあの二人に何があった訳でもない。ただ会話をしている所を見ただけだというのに。





『言いたくないことを無理にとは言わないけど、ただ…』



ゆらり、藍染さんの表情が切なく曇る。
けれど一切揺らぐことのない視線に見据えられて、少しでも気を抜いたら深い瞳の中に吸い込まれそうだった。





『さっきの小春木さん、泣きそうな顔してたから。危なっかしくて一人で帰せなかった』



頬に伸ばされた手。
何が起こったのかさえ解らなくなるほど、一瞬で頭の中が真っ白になった。





『あ…、藍染さんが女の子達に人気があるの解る気がするなー。そうやって誰にでも優しいから…』



重苦しい空気にこれ以上耐えられそうもなくて。とにかく早くこの人から離れなくてはいけない、そんな気がした。



『だけどそんなに優しいと勘違いする子もいっぱいいるんじゃない?藍染さん、結構女の子泣かしてたりして』



引きつった愛想笑いと適当な冗談で誤魔化して、その手から逃れようとしたけれど。





『誰にでも優しくする訳じゃないよ』



囁くような低音は、驚くほど近い場所から聞こえた。





―――‐‐‐





何で?





何で私、この人の腕の中にいる?
正気を失いかけた頭で、答えを手繰り寄せようと必死になればなる程どんどん深みに堕ちていく。





『…あの、離し…て』



何とか絞り出した言葉は、自分でも聞き取れないぐらいのかすれた声で。



『…嫌だと言ったら?』


『どうして…こんな…』


『どうしてって…、案外残酷なことを聞くんだね。君は』





残酷?
私が…?





『それとももう、平子隊長のことしか考えられない?』


『何言って…』



耳の奥深くへと流れ込んでくる言葉に、何もかも乱される。





駄目だ、頭がうまく働かない。









『何してんねん、惣右介』



突如として聞こえてきた声に反応するように背中に回されていた腕が緩められた。





『おや、平子隊長じゃないですか。今お帰りですか?』



何事もなかったような平然としたその口調は、今この場で何も起こっていなかったんじゃないかと勘違いするぐらいに淡々としたものだった。



『どこぞの性悪な副隊長にぎょーさん仕事押し付けられたからなァ、ようやく終わったわ』



それとは逆に真子の口調は明らかに刺を帯びていて。





歩み寄ってくる真子の顔をまともに見れず、俯くことしか出来なかった。
ただ異様なまでに速く打ちつける心音だけが、いつまでも鮮明に耳にまとわりついていた。



2010.03.14






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