ただ呆然とその光景を見つめていた。



すっと襖が開いて中から顔を覗かせる真子を見て、嬉しそうに顔を綻ばせる彼女。



この距離では何を話しているかなんて解らない。ただ確かなのは、南師さんが真子の部屋を訪れたということだけ。
時間が時間なだけに、明らかに個人的に逢いにきたとしか思えなかった。



身体中の血流が騒つき、どくどくと嫌な音を立てる。何を話しているのか気になって仕方がない。一方で二人が会話する姿をこれ以上見ていたくない気持ちに無性にかられて、衝動的にその場から逃げ去っていた。








必死で走った。
頭にまとわりついたさっきの光景を振り払いたくてとにかく必死に。
そして目の前に現れた角を勢いよく曲がった瞬間、何かにぶつかって弾き飛ばされた。





『痛っ…!』



『ご、ごめん!大丈夫かい?』



頭上からふってきたのはどこかで聞き慣れたような声で。
声をかけられて誰かにぶつかってしまったんだと気付き、はっと我に返って顔を上げた。






『あ…、藍染さん?』


『小春木さん、怪我はなかった?』



心底申し訳なさそうに覗き込まれて、さりげなく差し出される手。その手を取る前に慌てて立ち上がった。



『ごめんなさい…。私、ちゃんと前も見ないで走ってて…』



藍染さんは真子とは全然違うタイプの人だ、といつも思う。どんな時でも紳士的で落ち着いていて。彼の周りだけは空気が異質であるように思えてならない。
私にとってそれは、彼に近寄りがたい理由の一つでもあった。





『いや、僕が考え事をしながら歩いてたから。君のほうこそ大丈夫だった?』


『わ、私は全然大丈夫。とにかく本当にごめんなさいっ。それじゃあ!』


『あ、待って』



とにかく一刻も早く立ち去りたくて踵を返そうとすると、突然後ろから手首を掴まれた。





『遅いし、送っていくよ』



真子の部下で自分と同じ副隊長とという立場ではあるけれど、特に親しい間柄でもなくなんとなく抵抗があった。



『今のことなら本当に気にしないで?』


『いや、単に僕が一度小春木さんとゆっくり話をしてみたかっただけなんだけど。駄目かな?』




ほら、いつもは側に平子隊長がいてなかなか誘えないからね。





そう言って優しげに微笑むこの人の手を何故か振りほどいてはいけないような、そんな気がした。






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