『南師さん』



三番隊詰所の一室に彼女はたった一人でそこにいた。背後から声をかけると身辺整理をしていた手を止めてゆっくりと振り返る。あらかじめ用意でもしていたかのような鋭い表情を向けられて、彼女と対峙したあの瞬間のことを思い出さずにはいられなかった。





『鳳橋隊長の仕業ですね。あなた達のお互いを思いやる仲間意識ってのには本当にうんざりします』


『休職願いを出したって本当?』


『小春木副隊長には関係ないことです。出て行って下さい』



静かにそう口にしてこちらに背中を向けると再び私物を一つまた一つと箱の中へと片付け始める。その背中はこれ以上踏み込んでくるなと冷たく言い放っているようにも見えた。





『あなたがちゃんと話を聞いてくれるまで出ていくつもりないから』



くだらない自己満足、そう鼻で笑われてもいい。ただこのままちゃんと向き合いもしないまま全てがなかったことになってしまうのだけはどうしても嫌だった。



『さぞかし楽しいでしょうね。高い場所から下の者を見下すのは』


『…どういうこと?』


『何の苦労もしないで欲しいものは簡単に手に入るあなたに同情なんかされるのはまっぴらだと言ってるんです』



ぽつり、ぽつりと絞り出される言葉は憎悪に満ちているようで、細見の肩はそんな感情を押し殺そうと小刻みに震えていた。



『心配してる振りして心の中じゃ笑ってるんですよね?』


『そんな、ちが…』


『ようやく憧れの死神になったはずなのに、もうここにわたしの居場所はありません。わたしの全てを奪ったのはあなたです』



傍らに置かれたたった一つの小さな箱がやけに物寂しさを感じさせる。けれどそんな寂しさを全く感じさせない南師さんの感情のない能面のような表情は不気味にさえ思えた。


背筋が凍るような感覚を覚えながらそれでも僅かな可能性を信じて目の前の彼女に問い掛けた。





『居場所ならまた一から作っていけばいいじゃない。ローズだってもちろんわたし達もみんな力になりたいと思ってる』


『可哀想な平子隊長』



突然の言葉の意味を簡単に理解することは不可能で。ぼんやり遠くを見つめながらそう呟いた南師さんの視界に、もはやわたしの姿など一切映っていないように思えてならなかった。





『あなたの偽善者ぶったそういう所にあの人は…、平子隊長は騙されてるんですね』





ゆらり、立ち上がった彼女が音も無くこちらへと近付いてくる。わたしはといえば、滲み出た憎悪に縛られてそこから一歩も動くことが出来なかった。今この瞬間初めて南師皐という名の少女に僅かばかりの恐怖を感じた。





『わたし平子隊長のこと諦めてませんから』


『え…』


『いつかきっと、あの人はわたしを愛するようになる。今度はわたしが平子隊長を救ってあげるんです』



どうしてこうなってしまったんだろう。最初はほんの小さなものだったはずの綻びは、今はもう元に戻すことが不可能なほどに深い所まで侵食を始めていた。





『もう二度とわたしの前に現れないで。あなたなんか消えてしまえばいいのに』





そう言い残して彼女は出て行った。いとも簡単に吐き捨てられた無機質な言葉は、その場に取り残されたわたしの頭の中をいつまでも駆け巡っていた。





2011.02.12









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