『相変わらず甘いんですね。そんなだから足元を掬われるんですよ。あのまま勝っておけば良かったってきっと後悔しますよ』 『誤解しないで。単にあんな勝ち方納得出来ないだけ』 時間が経つにつれ刀の柄を持つ手にほとんど力が入らなくなっていた。何度も攻撃を受け止める度に傷口が痛み徐々に感覚がなくなっていく気さえした。もう長く時間はかけていられない、そう悟り刀を鞘に静かに戻す。 『斬魄刀を鞘に収めるなんて、もう諦めた、ということですか?』 『…この試合、もう斬魄刀の力を借りる必要がなくなった、それだけ』 『一体何言って…』 最後まで言わせないうちに一気に突っ込んだ。正面からの捨て身の不意討ちに面食らったのか南師さんの反応が一瞬だけ遅れた。それでも容赦なく自分へと振り下ろされる刀を素手で掴めば指先に走る激痛に歯を喰いしばる。握りしめた刃を放す気なんて毛頭なかった。 次の瞬間、彼女の足は地を離れふわりと宙を舞って。ダンッ、という鈍い音が響く。 『ねぇ、どっちが足元掬われるの?』 身体を押さえ込み、奪い取った斬魄刀の刀身を喉元に突き付けて上から見下ろした。 『…参り、ました……』 喉の奥から絞りだした声と唇を噛み締める表情からは、悔しさが滲み出ていた。 同じ人を好きになった自分だからこそ分かる気持ちもある。もし逆の立場だったらわたしも同じことをしていたかもしれない。 『勝者、小春木カヤ!』 まるでその場にわたし達二人しかいないようなそんな静けさが漂っていた会場が、夜一さんが勝ち名乗りを上げた途端に爆発したように沸き上がった。 終わった…、安堵感から身体中の力が抜けていくのが分かる。自分の中で張り詰めていた何かがぷつんと切れる音がした。 いけない、まだこの後にも試合が控えているというのに。客席で応援してくれていたであろう皆の姿を探して辺りを見渡していると、真子が舞台上に上がり止まぬ歓声の中こっちに向かって真っ直ぐ歩いてくる。 『真子?何やってるの、まだこの後試合が』 『もうええやろ。こっち来い』 『ちょ、ちょっとどこ行くの!?』 『四番隊や。羅武、文句あらへんよな?』 『ああ、そいつのこと頼むわ』 いつもと違う真子の雰囲気に、とても文句を言える気にはなれなかった。ぐい、と肩を抱かれ半ば無理矢理そこから連れ出された。背後では今だに歓声が鳴りやまないでいた。 2010.12.19 ← | → しおり |