『平子隊長、こんな所で何をなさっているんですか』


『また出よった…』



呆れた表情でそこに立つ藍染さんを見てうんざりしたように溜め息を吐き出した。あからさまに面倒くさそうな真子を余所に、藍染さんはそれを少しも気にする素振りを見せない。





『早く応援席にお戻り下さい』


『俺がおらんくても構へんやろ』


『そういう訳にはいきません。一応隊長なんですから』


『悪かったなァ、一応で』



あの四番隊での一件があってからというもの、ただでさえ苦手意識があったこの人にどう接したらいいのか、ますます分からなくなっていた。
今もまともに藍染さんの方を見れないわたしは、きっと彼の目からは不自然に映っているだろう。





『そういえばカヤも出場するんだってね、応援してるから頑張って』


『あ、うん。ありがとう』



それでも藍染さん本人はまるであの時のことなんて忘れてしまっているんじゃないかと思えるほどいつも通りだった。あの日以来下の名前で呼ばれるようになったことさえ、わたしは今だに慣れることが出来ない。今もこうして作り笑いを返すだけで精一杯だと言うのに。とっくにその違和感に気付いているであろう真子も憮然とした表情で藍染さんを見ていた。






急に舞台の周囲からどっと歓声のようなものが沸き起こり一時辺りが騒然とした。ざわつく死神達の視線の先を自分も慌てて追う。





『すげえな…、あいつ』


『ちょっと前に昇進したばっかりらしいぜ?しかもまだ七席だろ』


『あんな奴、三番隊にいたんだな』





皆の視線の中心にいた一人の死神を見て息を呑んだ。



場外に落ちて尻餅をついたまま呆然としている大柄な男は二番隊の大前田副隊長で。舞台の脇でそれを涼しい顔のまま見下ろしていたのは紛れもなく南師さんだった。







『カヤっ!』



血相を変えて走ってきたひよ里を見て胸騒ぎを覚えた。いつもの様子とは明らかに違う彼女の様子に言いようのない不安だけが広がっていく。





『今の見てた?凄いね、南師さん。副隊長に勝っちゃったよ』


『悠長なこと言うてる場合か!次三番隊とあたるんカヤんとこやで』





全く考えもしていなかった。お互いに出場していていればいずれこうなるかもしれないことぐらい予想出来たはずなのに。





『おい、カヤ。大丈夫かいな…』



心配そうに声を掛けてくる真子の言葉に答えることも、余程急いで来たのかしゃがみ込んで息を切らすひよ里に冗談を返すことすら忘れて。



今だに皆の歓声を浴び続けていながらも、喜ぶ表情の欠片も見せない南師さんからしばらく目を離せなかった。





2010.11.27






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