初めて入った真子の部屋はどこまでも完璧だった。女のわたしの部屋なんかよりずっと綺麗に片付けられている辺り、さすがだと思わず感心してしまう。





『じろじろ見すぎや』


『え…、あ、ごめん。け、結構綺麗にしてんだね』



限られた空間の中でたった二人きりでいることをどうしても意識せずにはいられなくて。慌てて不自然な距離をとった。





『なァ、何で逃げ…』
『そ、そうだ!汗掻いたからお風呂入りたい』








妙に居心地悪くて苦し紛れに放った一言が今では悔やまれる。
手渡された真子のものであろう寝間着を受け取れば、現実逃避したくて言ったはずの言葉に一気に現実に引き戻された。





『ゆっくり入ってきてええで』


『うん』









放心状態の頭ではのんびりとお湯に浸かっている余裕など微塵も残っていなかった。
自分がどうやってこの部屋に戻ってきたのか、そんなことすら記憶にない。





入れ代わりでお風呂へ向かった真子を見送り、一人残された部屋をぐるりと見渡す。いかにもこの人らしい部屋の中心に整然と並ぶレコード盤と音響機器が一際目をひいた。





『ほんとに好きなんだな、ジャズ』





何気なく手に取ったレコード盤を眺めながら、正面の鏡に映った自分の姿に息を飲んだ。
彼から借りた男物の寝間着を身に纏い、自分はこれから一体どうなるんだろう、そんなことは今のわたしでも簡単に想像出来た。











『何か聴くか?』


『ひっ!びっくりした…。驚かさないでよ…』


『驚き過ぎや、俺のがびびったわ』





真子が最近お気に入りだと言うジャズを聴きながら、二人で乾杯した。
どうしようもない世間話をだらだらとして盛り上げようとしてみても、気を紛らわすように手元のお酒を一気に呑み干してみても。



時々訪れる沈黙が自分から正常な判断を奪っていく。もう意識の中は隣に座る真子の存在でいっぱいで。
くい、と猪口を傾けて酒を流し込み艶っぽい視線で見据えられれば一気に身体が強ばった。





『そんな警戒すんな』


『別に警戒なんて』


『明らかにしとるやろ?』


『してないよ…、ただ、』



どうしていいのか解らないだけ。いつもみたいに生意気なことを言って笑って誤魔化せたらどれだけ楽か。





『真子、わたし…、』


『そんな顔すんな、アホ』



次の瞬間にはすっぽりと真子の腕の中に収まっていた。一見華奢なくせして肌けた襟元から覗く胸板はしっかり男を感じさせて。わたしの心音は加速していく一方だった。







『ホンマ調子狂うわ…』


『なに、が…?』



いつだって余裕があって、わたしのこと子供扱いしてた真子がどこか苦しそうで、けれどわたしを見つめる視線はどこまでも優しい。そんな彼から目を逸らすことなんて出来なくなっていた。





2010.9.26







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