「多めに焼いたからさ、曽良くんにもあげるよ。」 芭蕉は紙でその一つを包みながら、はい、と曽良に差し出した。 ありがとうございます、と受け取ると、それは湯飲みよりも暖かかった。 芭蕉はグイ、とマフラーをずらし、別の紙にもう一つを包みながら、曽良の隣に座った。 「ここで食べるんですか。」 「そ、そんな心底嫌そうな顔するなよ!一緒に食べようよ!」 「静かにするならいいですよ。」 曽良宅の庭は静かになった。 しかし、それはほんのつかの間であった。 ふてくされて、焼き芋にがっついていた芭蕉は、やはりというか、喉に詰まらせた。 「ん゛っ、ごほっ!」 と、胸をバンバンたたく様を曽良はしばらく無表情で眺めていたが、青くなっていく芭蕉を見て、さすがにまずいと思ったのか、自分の湯飲みを差し出した。 芭蕉はすかさずそれを取り、口を開けたが、肝心の茶が流れてこない。 全て曽良が飲んでしまっていたのだった。 怒りで赤くなった芭蕉は、抗議をしようと曽良の方を見たが、誰もいなかった。 あれ?あれ?と、キョロキョロしていると、ドスコン、とわき腹に重たい衝撃。 「人の家でキョロキョロしないでください。」 芭蕉を見下ろすのは、左手に湯飲みを持ち、右手をまっすぐに構えた曽良であった。 先の衝撃で、芭蕉の喉のつっかえはなくなったようだった。 「ほら、お茶いれて来てあげましたよ。」 「遅いよ!というか、いきなり殴るなよ!」 そう言いつつ、芭蕉は小さく、ありがとう、と言い受け取った。 熱いのでチビチビと飲み、ふう、と息をついた。 「いやあ、助かった。死ぬかと思ったよ。」 「そうですか。残念です。」 「そんなこと言わんといて!」 ぎゃあぎゃあ騒ぐ芭蕉を放って、曽良は焼き芋を黙々と食べる。 芭蕉は、聞いてよだの、ねえだの、曽良に話かけたが、それはだんだんと減っていき、再び静かになった。 芭蕉も、黙々と焼き芋を食べるのに専念した。 もう、喉はつまらせなかった。 しばらくして、二人とも綺麗に食べ終わり、茶をすすっていた。 暖かいものを持っていたせいか、指の先まで温まっていた。 「私、曽良くんと、こうやってるの好きだなあ。」 あまりに唐突なつぶやきに、曽良は芭蕉の方を見ないではいられなかった。 しかし、芭蕉は冷たい風のふく空を見上げているだけであった。 言葉は曽良には向けられていない、ただの独り言のようだった。曽良は、芭蕉の何気ない独り言に勝手に動揺する自分に苛立っていた。 芭蕉は曽良の視線に気が付いたのか、「へへ。」と笑いかけた。 「気持ち悪いです、芭蕉さん。」 「パオマァッ!?き、気持ち悪いって、師匠にさ…松尾バションボリ。」 この人は、感情がコロコロと変わって面白い、と思っていた(たまに苛々するが)。でも、僕もそんなに変わらない。 「僕も。」 「え?」 先ほどまで垂れていた顔が、バッ、と上がった。 「僕も好きですよ。」 あなたの紡ぐ言葉のそれぞれの一句に、僕は簡単に揺らんだり、喜んだり。 それに、表には出さないが、内心、この状況を楽しんでいる。 「芭蕉さんを断罪したり、芭蕉さんがひどい目にあっているのを見るのが。」 そう言うやいなや、芭蕉は「なんだよ…私、ぬか喜びしちゃったよ…。」と、再び首の力を抜いた。 そんな芭蕉を横目に、曽良は笑った。 ふ、と幽かなその音は、吹いた風にさらわれていった。 こんな僕の心の内を、あなたに晒すつもりはありません。 だって、そうしたら、あなたは調子に乗るでしょう。 でも、もう感づいているのでしょうね。 あなたの横顔が、そんなにも楽しそうだから。 「何ほくそ笑んでんですか。」 愛情の裏返し、なんてのはベタすぎる言い方だろうか。 日光はすでに、二人の真上へ、のんびりと移動していた。 それはやわらかに、優しく降り注いでいる。 (20111006) ――――――――― 朝一で芋を焼くばっしょさん。 ほのぼので親子的な細道を目指してみました。どうでSHOW! そして照れる曽良くんをかいたつもりなんですが…あれ…? 芭蕉さんの一言一言に一喜一憂してるけど、表に出さない曽良くんでした。 でも芭蕉さんは気付いてた。だいたいそんな感じです。 |