服を全てぬぐなり、たぷん、と熱めの湯船につかる。
はー、と息をつくと、腹の中のものが湯にとけていくよう。

「夕飯、一緒に食べれたらいいな…。」

うっすらもやのかかった小さな空間に、妹子のぼんやりとした声が響いた。




30分後。
妹子は風呂からあがり、首にタオルをかけながらケータイをひらいた(妹子はノースリーブの赤ジャージ姿だ)。
メールはきていなかった。
とりあえず、鬼男に太子が閻魔さんと飲みにいくことと、相談をうけることをメールで伝えた。
きっとこれで安心するだろう。
さて、夕飯をそろそろ作ろうかな。





夕飯を作っている最中、妹子はなぜだかそわそわとしていた。
若手芸人が大声を張り上げるテレビではなく、何も声をあげないケータイをちらちらと見、炒めている野菜を焦がしてしまった。





台所には、太子の大好物であるカレーの匂いがただよっている。
「お腹すいたなあ…。」
妹子は皿が向かい合わせに二枚並んだテーブルに突っ伏した。

どれほどの時間そうしただろう。
眠気にうとうとし始めた頃、ケータイのバイブレーションが、けたたましくテーブルをふるわせた。
妹子はがばりとおき、すぐさまケータイを確認した。
鬼男からだ。
『今すぐ太子さんに連絡して大変だ』
届いたのは、不可解なメール。
しかし、切羽詰まっているようなので、妹子は太子のケータイに電話した。
すると、背後から机をふるわせる音。
「ケータイくらい持っていけよ…。」
太子のケータイであった。
訳がわからないので、鬼男へ返事を送った。
『どうしたの?』
『大王のこと
太子さんと出掛けるって聞いて、さっきまで大王の部屋探ってたんだ
そしたら、見つけたんだ
大量のタオルやビニールでくるまれ、タンスに隠してあった血塗れのナイフ』


妹子はまた太子のケータイに電話した。
しかし、部屋には虚しく振動音が響くだけだった。
何度も何度も、妹子は留守番電話を告げる声を聞いた。




テレビの笑い声が響く部屋。
部屋のすみっこで、妹子は寒くもないのにガタガタと震えていた。
「どうしようどうしようどうしよう、嫌だ、太子。」

嫌な予感しかしない。
頭の中全てが、どす黒く塗りつぶされる。

ブーン、
響くバイブレーション。
今度は妹子のケータイだった。
妹子はゆっくりと立ち上がり、震える手でケータイをひらいた。

『あ』

「あ、ああ、鬼、男…」
届いたのは、一文字だけの、寒々しいメール。
見た瞬間、妹子のケータイは床と派手な音をたててぶつかった。

そんなまさか。鬼男まで。

その音と共に、着信を告げる音が響く。
それがスイッチになったかのように、妹子はがくりと床に手をついた。

息がうまく出来ない。
全てが不安定だ。

次は自分?

そんな考えが浮かんだ瞬間、涙がボロボロとあふれたが、とりあえずケータイをひらいた。
鬼男からの連絡かもしれない。さっきのメールは誤送信だ、という。
案の定、表示されたのは彼の名前だった。

『ごめん。
さっきの冗談だよ(笑)』

ああ、なんだ。
そう思った途端、太鼓のように響いていた胸の鼓動がおとなしくなってきた。
よかった。今までのは全部悪い夢だったんだ。

妹子が抗議の返事を本文に打ち込もうとしたとき。


ピンポーン。


インターホンの音。
太子かな?やっと帰ってきた。
ああ、こんな情けない顔は見られたらまずい。
太子のことだ、きっと「何泣いてるんだ!」と心配するに違いない。
妹子は簡単に目を洗い、両手で頬をパチンッ、とたたいた。再び鳴るインターホン。
もう、せっかちだなあ。
うんざりとしたセリフとは裏腹に、妹子は笑みを浮かべながら玄関に向かった。
待ち焦がれた夕飯。
一連の出来事を太子に話したら、太子はどんな顔をするだろう。
いや、もしかして三人グルになってわざわざ僕を騙したのだろうか?

さっきまであんなに不安定だったのが嘘のように、妹子の足取りは軽やかだった。
「はいはい、今出ますよ。」
がちゃり、鍵をあけた。


あれ?


ある違和感に気付いた妹子。

鬼男は、こんなたちの悪い冗談を言うような人か?
彼はまじめな人だ。

それに、メールでは、wを使ってなかったか?

(笑)なんて、使ってたっけ?


扉は、ゆっくり開いていく。

最期に見たのは、あの夕日のように真っ赤な口元。




(2011/08/22)

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ごめんなさい...
芭蕉さんとか殺してごめんなさい...
元ネタのコピペがわかった方は私と握手(…)


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